ヘルスケア業界における体験の再創造


医療の未来を診断・治療から予防へと転換するパーソナライズ体験を実現するには

浜野 雅之
Accenture Song マネジング・ディレクター
2022/02/14

概略

  • ヘルスケア業界における体験再創造の鍵は「ヘルス・トゥ・シェア」。健康データを共有し、互いに支え合う社会が目指すべき姿です。
  • セキュリティが高いデータ基盤の構築と責任ある管理はもちろん、データ共有を促すのは提供先への信頼。信頼はパーソナライズされたサービス提供を通して築かれます。
  • 市民中心のヘルスケア体験再創造を軸とする「バーチャルホスピタル会津若松」構想を事例として解説します。
  • 体験再創造には、顧客(市民)目線での抜本的な取り組みが必要です。製薬、保険、通信、行政など、各領域の企業・団体に求められる取り組みを紹介します。

ヘルス・トゥ・シェア――ヘルスケア業界における体験再創造が目指す姿

本記事は2022年2月14日に実施した、Accenture Song マネジング・ディレクター 浜野 雅之と会津若松スマートシティの取り組みを10年以上にわたり精力的に推進してきたアクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター共同統括 マネジング・ディレクター 中村 彰二朗(取材時の役職)の対談の様子をまとめたものです。

浜野 雅之(以下、浜野) アクセンチュア インタラクティブ(現アクセンチュア ソング)は顧客体験を起点としたビジネス変革をご支援していますが、各業界が体験をどのように変えていけるかについて「体験の再創造」(EXperience Reimagination:EXR)と呼び、様々な提言をしています。

その中でも、ヘルスケア業界における体験の再創造で目指す姿は「ヘルス・トゥ・シェア(Health to Share)」です。

ヘルス・トゥ・シェアの考え方は、①自分の健康状態に関する情報やデータを社会(家族や友人、ヘルスケア関連企業や組織含む)とシェアし、②お互いの健康を支え合う社会の実現を目指すものです。言い換えれば、健康への考え方を診断・治療から予防に転換させること。充実した国民皆保険制度の存在やヘルスケア業界の中心に製薬企業がいることから、日本では「健康が失われてはじめて病院に行く」という発想が根付いていますが、加速する高齢化に伴う医療費の増加という課題があります。なにより、「病気にならない」「早期発見できる」価値は個人にとっても極めて高い。

診断・治療から予防への転換には、データとテクノロジーを最大限に活用して届ける市民一人ひとりにパーソナライズされたヘルスケアサービスの実現が鍵だといえるでしょう。

中村 彰二朗(以下、中村) パーソナライズされたサービスは行動変容を促します。例として、コロナ禍における報道と対比してみましょう。「主要駅の人流が3割増えた」と知らされても、視聴者は「大変なことになった」という感想を持つだけで自らの行動を変えようとは思わないでしょう。しかし、自分のデータに基づいてパーソナライズされた情報として「あなたは今日の行動を〇〇に変更するとXXのリスクを減らせます」とその場で提案されたら、どう感じるでしょうか。その助言に従ってみよう、という気が起こると思います。そして成功体験を得たらサービスの提供元に対する信頼感が高まります。

市民の意識や行動を変えるのは、ビッグデータではなくディープデータの活用です。業務処理のためだけに各企業・団体がバラバラにデータを持っている現在の状態から、データを使ってパーソナライズされたヘルスサービスを実現することで「延命長寿」から「健康長寿」を目指すというビジョンのもと、議論が必要です。ここで「市民中心」という視点が非常に大事になってきます。市民の体験を中心に考えることで、エコシステム全体として協働できるからです。

日本のヘルスケアサービスの課題と対策

浜野 パーソナライズされたヘルスケア体験の実現における課題は、大きく分けて2つあると考えています。

課題1:ヘルスケアサービスのアクセシビリティと質が低い

国民皆保険制度のおかげで病院に比較的気軽に通える日本は、一見するとヘルスケアへのアクセシビリティが高いように感じるかもしれません。しかしそれは診断・治療に非常に偏っています。また、「あなたに適切なトレーニングプログラム」や「適切な食事メニュー」を提案するサービスはパーソナライズされているかのように感じますが、これは非常に大雑把なセグメンテーションに基づいた助言に過ぎず、真に一人ひとりに最適化されたものではありません。この課題の根幹には、ヘルスケア業界の各事業者がバラバラの状態で活動しているということがあります。

課題2:データ統合が進んでいない

心身の状態や健康は個々人で異なります。そのため、市民一人ひとりに最適なヘルスケアサービスを届けるには「どのような治療履歴を持っているのか」「どのような医薬品を服薬しているのか」といった個人の健康データをPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)として統合していくことが不可欠です。しかしこのデータ統合の遅れが日本では顕著です。

健康データは秘匿性が高く、共有することに慎重になります。ここでは、「安全な環境で管理されるか?」「データが使用される範囲は自分で管理できるか?」という不安を解消することが鍵になります。

信頼してデータを提供してもらい、より高度なヘルスケアサービスを提供するという好循環をいかに生み出すか。セキュリティが高いデータ基盤の構築と責任ある管理・運営、解析ロジックの整備を進めると共に、医療機関や製薬会社だけでなく、行政・自治体、健保組合などの組織、さらには各種サービスを提供している保険会社、通信会社など、ヘルスケア業界を構成するプレイヤーが一体となって議論し、ヘルスケアのエコシステムとして協働する必要があります。

中村 中央政府が強い権力を握っている国家であれば、描くモデルの実現へ向かって行政指導で強烈な推進ができます。しかし日本のような民主主義国家では、政府と国民が相互に信頼する関係をつくり、データの使用方法・範囲について承諾した上で提供するオプトインに基づいてデータを活用する社会を築く以外に道はありません。生活者自身がDXやデータ活用について腹落ちしていなければ、結局強い反発を招いてしまうからです。

信頼関係は、データ提供がどのように自分に返ってくるかを市民自身が知る手助けを積み重ねることで築いていけるでしょう。つまり、先程例に挙げたような「データ提供にオプトインしたことで健康を失わずに済んだ」という成功体験を提供するわけです。

この成功体験をきっかけに、市民一人ひとりからボトムアップで変わっていく。そして、市民は自身の健康長寿を実現し、事業者はサービス提供を通した収益化を、行政はよりよい自治体運営と財政健全化を可能にするという「三方良し」を目指す。しかし現状は、そうした仕組み化がうまくいっておらず「三方悪し」の状態といえます。

浜野 信頼構築の鍵となる成功体験の提供は、まさにヘルス・トゥ・シェアの話につながりますね。例えば、若い方々の健康については本人よりも家族の方が関心を持っている場合も多い。そこで家族から「このような助言が届いているが、大丈夫か?」と促され実際に予防につながるなど、お互いに気づかせ合う仕組みです。これが広がると、自分の提供したデータによってサービス開発や医療の研究が活性化し社会の誰かの役に立つ。病気で苦しんでいる他の利用者を助けられる。健康を支え合う、ヘルス・トゥ・シェアが目指す姿です。

ヘルス・トゥ・シェアの実現には、データ基盤の構築から、営利団体である企業が新たなサービスを収益化できる仕組みが必要です。もちろん、予防への転換の牽引役としての行政の役割も大きい。アクセンチュアが貢献できる部分は、データ基盤の構築と各サービスデザイン支援に加え、ヘルスケアのエコシステムのまとめ役として企業や組織をつなげていくことです。ヘルスケア業界を「三方悪し」に陥らせている構造的課題の解決を構想し、健康長寿なライフスタイルをビジネスと組み合わせて体系的に具現化していきます。

体験を軸にした医療変革を推進する会津若松市 ―「市民目線」で業界の常識を打ち破るサービスを

浜野 このまとめ役としての知見・実績に長けているところがアクセンチュアの強みだと言えますが、まさにこれをスマートシティの取り組みの一環として推進しているのが福島県会津若松市ですね。

中村 会津若松スマートシティにおいてヘルスケアの取り組みは重要領域の一つです。その中で各プレイヤーと連携して検討をすすめているのが「バーチャルホスピタル会津若松」です。これはまさに市民のヘルスケア体験の再創造を軸とする医療改革です。IoT、AI、データ分析などのデジタル技術を活用して地域全体の医療機関・医療従事者を連携し、未病対策から治療、予後管理までを包括的に行う「地域全体を仮想的な1つの総合病院とみなして医療サービスを提供するモデル」として実現を目指しています。

会津地域スマートシティ推進協議会では「市民目線での価値判断(自分自身が企業人・組織人である以前に、その都市の市民である)」を重視しています。そうでなければ「市民にとって幸せかどうか」という判断基準が軽んじられ、「自組織にとって有益かどうか」へと人の意識はつい向いてしまうからです。体験価値の再創造においては、この視座を優先し続けなければなりません。

「バーチャルホスピタル会津若松」は地域全体の医療サービスの質向上という、大きな体験変革に向けた取り組みです。この実現には地域医療のリソース再配置など抜本的な改革も必要となります。

たとえば地域の医師を専門別に一覧化し、客観的なデータに基づき患者が医師を比較可能な「Dr.インデックス」というものを構想中です。これは、患者がベストな医師と出会うためという市民目線で設計するものです。将来的には自分のヘルスケアデータと医師データを分析し、AIによるレコメンドを受けるといった選択も可能にしたいと考えており、まさにヘルスケア体験の再創造の一つといえます。

また、医療機関での滞在時間を診療上必要最低限にする取り組みも構想しています。これは、AI問診や遠隔診療により不要な対面受診を避け、対面診療が必要な場合も予約システムや順番待ちの管理とモビリティー・アズ・ア・サービス(MaaS)との連携や自動決済、オンライン服薬指導により必要な医療を少ない負荷で受けられるというもの。病院関係者にとっては非常に難度が高いことを承知のうえで、「市民目線ならばぜひ実現したいと考える」という発想からスタートしています。

「病院は待ち時間が掛かるものだ」という思い込みがありますが、通院で半日が潰れてしまうのはもったいない。かといって通院を後回しにしてしまうことで結果的に病気が進行するケースもあります。しかし、例えば「15分」と分かっていれば、多忙なスケジュールの中でもやりくりしやすくなります。つまり、ヘルスケアのサービスを受けることへのハードルが大きく下がります。

この取り組みのような体験再創造の過程では、医師や病院、薬局、交通機関や決済事業者まで、関与する全プレイヤーの変革が必要です。もちろん、課題は一つひとつ解決していくほかありません。

しかし街全体で市民の健康な生活を支援しているとなれば、その都市のブランディングにもなります。その先の未来像としてヘルス・トゥ・シェアの考えが日本全国へ展開していけば、日本の健康長寿社会が叶うと期待できます。

ヘルスケアの体験再創造における、業界ごとの取り組み

浜野 会津若松市の取り組みは、ヘルスケア業界の体験再創造の取り組みをスマートシティの一環として取り入れている点でも革新的です。

理想的な「三方良し」の取り組みを実現する好循環をどのようにして生んでいくか。最後にヘルスケア業界に関わる企業・団体ごとに求められる取り組みについて整理しながら見ていきます。

  1. 製薬会社 薬剤開発に加えて、医学的エビデンスに基づく予防・予後に役立つデータやアルゴリズムを磨く必要があります。具体的には、疾病発症リスクの予測、予後の投薬における推移や変化です。これらの知見はヘルスケアのエコシステム全体に資するため、他のプレイヤーと協働しながら健康の根幹に関わる新しいサービスをエコシステムで創出できるかどうかは、製薬会社の取り組みに掛かっていると言えます。
  2. 保険会社 ヘルスケアのプラットフォームにサービスを載せる主要プレイヤーです。生活者のバイタルデータを反映する保険商品がすでに登場しはじめています。例えば、保険加入者の健康状態が改善したら割引するなど、加入者のデータと保険料が連動する商品です。この先には、顧客にとっての保険を「不測の事態に備えるためのサービス」から「健康増進を支援するより積極的なサービス」へとビジネス領域の拡大が期待できます。
  3. 通信会社 顧客と密度の高い接点を持っている通信会社は、パーソナライズされたヘルスケアサービスのプラットフォーマーになっていけるでしょう。すでに構築が進んでおり、通信業界を超えて新たな市場に進出していく大きな機会があります。
  4. 行政機関 会津若松市同様、牽引役として医療機関やサービス事業者の連携を促進する役割が求められます。
  5. 医療機関・病院 診断・治療については当然、中心的役割を担います。サービス事業者とのデータ共有をはじめ課題はありますが、他のプレイヤーと協働し業界のDXを共に推進することが期待されています。

ヘルス・トゥ・シェアの構想を実現するには、エコシステムをつなぐまとめ役が必要です。アクセンチュアはその役割を果たせる知見と経験を蓄積してきました。また、私たちには各業界を代表する組織との親密なネットワークに加え、ベンチャーのネットワークもあります。各プレイヤーとビジョンを共有しながら、顧客(市民)体験の再創造を推進していきたいと考えています。

中村 まさに、その取り組みを推進している現場が会津若松市です。スマートシティの実現に向けて10年以上にわたって活動を継続してきた実績がその能力を証明しています。

現場である地方都市に拠点を構え、推進者たちが定住することでようやく課題を自ら発見でき、地域と対等の立場で議論できるようになります。体験の再創造とは、そのような発想と行動のもとに生み出されるものだといえるでしょう。

浜野 未来の健康長寿なライフスタイルの実現は、日本社会全体にとって価値ある取り組みです。アクセンチュアは、各業界の知見やサービスデザイン力、テクノロジーなどを駆使してまとめ役として貢献してまいります。

豊富な業界知識と専門家の協働により、体験を起点としたビジネス変革をご支援しています。

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