浜野 パーソナライズされたヘルスケア体験の実現における課題は、大きく分けて2つあると考えています。
課題1:ヘルスケアサービスのアクセシビリティと質が低い
国民皆保険制度のおかげで病院に比較的気軽に通える日本は、一見するとヘルスケアへのアクセシビリティが高いように感じるかもしれません。しかしそれは診断・治療に非常に偏っています。また、「あなたに適切なトレーニングプログラム」や「適切な食事メニュー」を提案するサービスはパーソナライズされているかのように感じますが、これは非常に大雑把なセグメンテーションに基づいた助言に過ぎず、真に一人ひとりに最適化されたものではありません。この課題の根幹には、ヘルスケア業界の各事業者がバラバラの状態で活動しているということがあります。
課題2:データ統合が進んでいない
心身の状態や健康は個々人で異なります。そのため、市民一人ひとりに最適なヘルスケアサービスを届けるには「どのような治療履歴を持っているのか」「どのような医薬品を服薬しているのか」といった個人の健康データをPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)として統合していくことが不可欠です。しかしこのデータ統合の遅れが日本では顕著です。
健康データは秘匿性が高く、共有することに慎重になります。ここでは、「安全な環境で管理されるか?」「データが使用される範囲は自分で管理できるか?」という不安を解消することが鍵になります。
信頼してデータを提供してもらい、より高度なヘルスケアサービスを提供するという好循環をいかに生み出すか。セキュリティが高いデータ基盤の構築と責任ある管理・運営、解析ロジックの整備を進めると共に、医療機関や製薬会社だけでなく、行政・自治体、健保組合などの組織、さらには各種サービスを提供している保険会社、通信会社など、ヘルスケア業界を構成するプレイヤーが一体となって議論し、ヘルスケアのエコシステムとして協働する必要があります。
中村 中央政府が強い権力を握っている国家であれば、描くモデルの実現へ向かって行政指導で強烈な推進ができます。しかし日本のような民主主義国家では、政府と国民が相互に信頼する関係をつくり、データの使用方法・範囲について承諾した上で提供するオプトインに基づいてデータを活用する社会を築く以外に道はありません。生活者自身がDXやデータ活用について腹落ちしていなければ、結局強い反発を招いてしまうからです。
信頼関係は、データ提供がどのように自分に返ってくるかを市民自身が知る手助けを積み重ねることで築いていけるでしょう。つまり、先程例に挙げたような「データ提供にオプトインしたことで健康を失わずに済んだ」という成功体験を提供するわけです。
この成功体験をきっかけに、市民一人ひとりからボトムアップで変わっていく。そして、市民は自身の健康長寿を実現し、事業者はサービス提供を通した収益化を、行政はよりよい自治体運営と財政健全化を可能にするという「三方良し」を目指す。しかし現状は、そうした仕組み化がうまくいっておらず「三方悪し」の状態といえます。
浜野 信頼構築の鍵となる成功体験の提供は、まさにヘルス・トゥ・シェアの話につながりますね。例えば、若い方々の健康については本人よりも家族の方が関心を持っている場合も多い。そこで家族から「このような助言が届いているが、大丈夫か?」と促され実際に予防につながるなど、お互いに気づかせ合う仕組みです。これが広がると、自分の提供したデータによってサービス開発や医療の研究が活性化し社会の誰かの役に立つ。病気で苦しんでいる他の利用者を助けられる。健康を支え合う、ヘルス・トゥ・シェアが目指す姿です。
ヘルス・トゥ・シェアの実現には、データ基盤の構築から、営利団体である企業が新たなサービスを収益化できる仕組みが必要です。もちろん、予防への転換の牽引役としての行政の役割も大きい。アクセンチュアが貢献できる部分は、データ基盤の構築と各サービスデザイン支援に加え、ヘルスケアのエコシステムのまとめ役として企業や組織をつなげていくことです。ヘルスケア業界を「三方悪し」に陥らせている構造的課題の解決を構想し、健康長寿なライフスタイルをビジネスと組み合わせて体系的に具現化していきます。