デジタルヘルス普及に向けた考察
2022/02/01
2022/02/01
前編の調査の分析から得られた知見をもとに、日本におけるデジタルヘルスの普及に向けた考察を行っていきます。
プライマリケア医制度によるデジタルヘルスの普及
すでに前のページでふれた通り、 日本ではデジタルヘルスの利用意向が高いにもかかわらず、実際に使っている人は非常に少ないという傾向があります。この理由としては、諸外国と比べても突出して「病院好き」な日本人の国民性があります。OECD 加盟国の年間あたりの医療機関での受診回数を比較すると、OECD 平均が6.8回であるのに対して、日本は12.6回とほぼ倍です。
年間1人当たり受診回数
6.8%
OECDの平均
12.6%
日本
この数字には、諸外国との医療制度の違いが大きく影響していると考えられます。たとえば、アメリカなどでは「ゲートキーパー型」と呼ばれる、患者が自分のプライマリケア医を登録しておき、その医師が主治医となって患者の健康・疾病管理を行い、受診すべき医師や病院を指示する仕組みが広く社会に定着しています。 これに対して、日本やドイツでは患者が自由に受診先の病院や医師を選択できる「フリーアクセス型」が中心となっており、その結果、これまで利便性・質ともに良い医療が提供されてきました。しかし、対面を前提とした制度のため、デジタル化の要請が弱く、ゲートキーパー型の各国と比べてデジタル化の進展が遅れています。
【図表⑦:検査頻度が高い傾向にあるフリーアクセス型の日本などの国はデジタルヘルス利用率が低い一方、検査頻度が低い傾向にあるゲートキーパー型の国はデジタルヘルス利用率が高い】
新薬の早期開発を阻害する臨床データの不足
デジタルヘルスの利用率が低い現在の状況が今後も続けば、現場で日々生み出される診療実績はほとんどデータ化されず、医療のデジタル化はいつまでたっても進まない悪循環に陥ってしまう可能性があります。 ここで特に懸念されるのが、医薬品開発の遅れです。より効果の高い新薬の開発においては、リアルな臨床データが欠かせません。しかし、日本では受診回数や検査数は多くても、それらがデータ化されていないことから臨床試験数の伸びにつながらず、国内における新薬の開発が遅れて、いわゆるドラッグ・ラグ(医薬品の開発から実用化までの時間の遅延)が拡大する傾向にあります。 この状況が続けば、今後は医療におけるデータ活用の国際的なトレンドから取り残されていく可能性があります。
【図表⑧:入手可能な実臨床データが少ないことで創薬や医学研究の質において国際的に取り残されてしまう恐れがあるため、今後の日本の医療ではデータ利活用に向けた基盤整備の重要度が高まる】
日本のヘルスケアの未来を創出する具体的な取り組み
ここからは、当面における日本のデジタルヘルスの利用促進を後押しする、具体的なユースケースや導入事例などを紹介していきます。
ここでは大きな可能性が期待される領域が2つあります。1つは、慢性疾患の管理や治療の精度をデジタルで向上し、重症化の予防につなげていくための仕組み作り。もう1つは、デジタルを使った在宅での受診相談や診療支援、オンライン診療など、デジタルによる診療効率化の領域です。
【図表⑨:現在の日本の医療環境と本サーベイ結果を踏まえたデジタル化の余地がある分野として、①受診先を案内する在宅でのデジタル受診相談・診療支援、②慢性疾患における疾病管理・重症化予防 が挙げられる】
慢性疾患における疾病管理・重症化予防におけるデジタル化
慢性疾患の管理と重症化予防のデジタル化の事例として、ロシュ社による取り組みが挙げられます。ここではウェアラブルデバイスを使ったモニタリングや、医療従事者とのデータ共有によって、慢性疾患の治療・管理方法を個々人の状況に応じて最適化しています。また、検査結果をもとにしたアドバイスによって患者の行動変容を促し、重症化を予防する仕組みも実現しています。
【図表⑩:医療用ウェアラブルを活用したモニタリングや医療者とのデータ共有により、慢性疾患における治療の個別化や患者の行動変容による重症化予防を実現】
在宅でのデジタル受診相談や診療支援で、医師や患者の負担を軽減
次に在宅でのデジタル受信・診療支援についての事例をご紹介します。アプリを使った予約システムで患者の予約待ち時間を短縮する、あるいはリモート診療による患者と医師双方の負担の軽減や、地方などでは医療リソースの不足や医師の偏在といった課題の解決が期待されます。すでに諸外国ではこうした取り組みが具体的な成果を生み出しており、日本での実現可能性も十分高いと考えられます。
実際、こうした試みは草の根的なプロジェクトとして日本国内の各地で進められています。これはアクセンチュアが支援した事例ではありませんが、コロナ禍の最中の2021年2月、京都では「KISA2隊(きさつたい)」というCOVID-19の自宅療養者を支援する訪問診療チームが結成されました。現在は行政の支援も得ながら、大阪にもKISA2隊大阪が結成、他の県にもKISA2隊が結成されつつあります。 KISA2隊は地域で在宅医療に関わってきた医師や看護師をはじめとする医療従事者有志による在宅でのコロナウィルス患者を支援する試みで、往診やオンライン診療を組み合わせて、流行の第5波までに1,400回以上の訪問診療と200人以上の患者のケアを行ってきました。医療従事者による自発的な取り組みであると同時に、デジタルを効果的に活用した事例として、今後の動向が注目されます。
【図表⑪: KISA2隊とは、孤立状態にあるCOVID-19自宅療養者に対して、往診やオンライン診療を組み合わせて医療と安心を届けている、関西エリアで活動する訪問診療チームである】
自治体、地元医師会との連携を通じて、すべての市民の健康管理を支援
最後に、日本のデジタルヘルスの未来像の実現に向けて、アクセンチュアが長年にわたって取り組んでいる事例を紹介します。アクセンチュアでは、福島県会津若松市における東日本大震災から復興支援策として、同市における「スマートシティプロジェクト」を2011年から支援してきました。同プロジェクトの一環として未来のヘルスケアのあり方を提言し、当地では実現に向けた実証を進めています。
例えば、市民は腕時計型のデバイスを装着し、毎日自動的に計測される血圧データなどが医療機関と共有されます。ここで問題が発見されれば、医師がオンライン診療や検査受診を促し、治療の開始後も継続的な健康状態のモニタリングや運動メニューなどの提案がアプリを経由して個々人に送られます。このようなサービスの実現に向け、今後も様々な企業との実証やサービス導入が進められていく予定です。
【図表⑫:日々の生活データの標準化・統合が進み、暮らしデータや低コストな在宅検査から疾病リスクが検知、必要に応じて医療サービスに早期に案内され、健康長寿を実現する新たな日本型デジタル医療の将来像が目指される】
【図表⑬:会津若松市が提言する将来の市民生活像では、ウェアラブルデバイスを利用して疾病リスクが検知され、患者はアラートを元にオンラインで検査予約できるという一気通貫のサービスが提供される】
日本におけるデジタルヘルス利用の促進に向けた4つの提言
ここまでで紹介したサーベイの分析および考察に基づいて、今後の日本におけるデジタルヘルス利用の促進に向けた提言として、大きく以下の4つのポイントを挙げます。
グローバルな視点から見ると、ヘルスケアおよびライフサイエンス領域における日本のデジタル活用はまだまだ十分とは言えず、デジタルヘルスの利用促進が必要であることがわかりました。 本論考で明らかにした課題とその解決のための方針を踏まえ、最適な医療サービスとの連携を可能にする新たなデジタル医療の仕組みの創出が今後の重要な課題となります。 すべての人が生涯を通じて健康で快適な生活を送れる豊かな社会の実現に向けた取り組みを、アクセンチュアは今後も積極的に支援していきます。
著者について