本論考では、難治性のがんの治療法として新たに開発された「CAR T細胞療法」の概要と現状、および製薬メーカーが取り組むバリューチェーンの構築を支援するアクセンチュアのソリューションについて紹介します。日本国内でCAR T細胞療法の提供を検討する製薬メーカー、医薬品卸売業界が事業展開を進めるうえでの参考となる海外情報などに触れつつ、CAR T細胞療法の最新動向を概観しています。本論考の要点は以下の通りです。

要約

  • 難治性のがんに対する新たな治療法として、患者自身の免疫機能を利用するCAR T細胞療法が注目されています。
  • CAR T細胞療法には、患者の血液採取から製薬メーカーの製造工程、医薬品の投与までに関する複雑な治療プロセスが存在します。
  • 治療プロセスが複雑化するため、従来の製薬サプライチェーンとは異なる観点や発想によるバリューチェーンの構築が必要です。
  • 日本のマーケットへの展開に向け、日本に特化したプロセス定義、業務・システム機能の構築が求められます。
  • アクセンチュアは、細胞・遺伝子治療領域を担当する専門部署CGT CoE(Cell and Gene Therapy Center of Excellence)を組織し、製薬メーカーの取り組みを支援しています。


新たながん治療法として注目されるCAR T細胞療法

厚生労働省の人口動態統計によると、がん(悪性新生物)は日本人の全死因で第一位、死因の約3割を占めています。近年は新たな治療法の登場によってがんと診断されてからの生存率に上昇傾向が見られますが、罹患部位によっては治療の難しい難治性のがんも存在します。そうしたがんの一種として、“血液のがん”と呼ばれる白血病やリンパ腫が知られています。

長年、がん治療に用いられてきた抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常細胞まで傷害してしまうため、様々な副作用を伴いました。研究が進むにつれ、がん細胞だけに的を絞って増殖を抑える低分子化合物などを用いた分子標的治療薬が開発されましたが、化学合成が可能な治療薬の限界も指摘されています。そうした中、製薬メーカーが注目し、研究開発の進行している新しい治療法の1つが「CAR T細胞療法」です。

CAR T細胞療法には自己由来のものと同種異系由来のものの​2タイプあります。ここでは自己由来のCART療法について説明します。CAR T細胞療法では、人の免疫機能で中心的な役割を果たすリンパ球のT細胞を患者1人ひとりから取り出し、「キメラ抗原受容体(CAR)」と呼ばれる特殊なたんぱく質を作り出すように遺伝子を改変します。がん細胞の抗原を認識して攻撃する働きをもつCARを作り出せるT細胞が「CAR T細胞」であり、これを患者に投与してがんを治療します。

CAR T細胞療法における主要な利点と特徴は次の通りです。

  1. 患者自身の免疫機能を用いてがん細胞を撃退するため、治療にかかる時間が短く、回復の早期化が期待されます。
  2. CAR T細胞は体内に長期間存続するので、再発した場合もがん細胞を認識・攻撃できる可能性があります。
  3. これまで他の標準治療が失敗していた患者のうち、CAR T細胞療法を受けたリンパ腫患者の約4割が15カ月後も寛解状態、小児急性リンパ芽球性白血病患者の約3分の2が6カ月後も寛解状態にあった研究データが存在します。
  4. たびたび、がんが再発していた患者においても、CART細胞療法で回復した臨床試験結果が発表されています。

なお、CAR T細胞療法には患者1人当たり3,000万円以上の医療費がかかると言われていますが、2019年から公的医療保険が適用されるようになりました(薬事承認された一部の製品)。対応可能な医療機関が限定されているのが現状ですが、今後はさらに身近な治療法になっていくものとして注目されています。

CAR T細胞療法における治療プロセスの流れ

CAR T細胞療法はまず、患者から血液を採取する白血球アフェレーシスと呼ばれるプロセスから始まります。採取した血液は低温管理のもと輸送され、製造工程に進みます。通常、製薬メーカーの国内施設にてT細胞の採取をしたうえで、海外施設に輸送され、後続の工程に進みます。国内から国外への輸送ロジスティクス・品質管理などのプロセス整備が求められます。

製造施設では、特定の抗原を発現するがん細胞を認識して攻撃するCARを作り出せるように、ウイルスベクターなどの遺伝子医療技術を用いて患者のT細胞を改変します。さらに改変されたT細胞(CAR T細胞)をがん細胞の撃退に十分な数量まで増殖させ、T細胞の状態の確認など厳密な品質検査の実施を経て、最終製品として医療機関へ送ります。

この製造プロセスの間に、医療機関では患者がCAR T細胞を受け入れやすくするため、白血球レベルを下げるリンパ球枯渇化学療法が行われます。その後、製薬メーカーの製造施設から届いた最終製品を投与して治療を開始するという流れになります。この投与は基本的に1回のみ行われ、血液採取から投与まで、おおよそ1カ月程度の時間を要します。

なお、主要なCAR T細胞薬3製品(Kymriah、Yescarta、Tecartus)を基にしたアクセンチュアの推計によると、CAR T細胞療法を受けた患者数は2022年までに全世界で1万人を超えると予想されています。

CART細胞療法バリューチェーン構築の課題と解決策

上述した治療プロセスの流れで進められるCAR T細胞療法ですが、患者1人ひとり専用の治療薬を製造するという複雑なプロセスを経るため、従来の低分子薬を中心としたサプライチェーンとは異なるバリューチェーンを構築しなければなりません。

たとえば、治療を受ける患者情報の一元的な管理や、医療機関/ロジスティクスなどすべての関係者で情報共有を行うプラットフォームの構築といった、新しい設計思想によるバリューチェーンの整備が製薬メーカーに求められています。もちろん、コンプライアンス遵守を前提とする取り組みであることは自明です。

製薬メーカーが高品質な製品を迅速に製造・供給し、製造コストを低減するためにも、治療プロセスで得られた知見や技術に関する情報を統合的に管理するバリューチェーンは有用です。さらにCAR T細胞療法のような個別医療では、治療プロセスの流れを追跡できるトレーサビリティの仕組みも不可欠です。

そうしたバリューチェーンの基盤となるITシステムには、個人情報保護などのプライバシー保護とセキュリティ対策、遅延のない安定した高速通信が可能なネットワーク、透明性のあるリアルタイム情報の可視化などの厳しい要件が求められます。このようにバリューチェーンのエコシステムの新規構築は容易ではなく、製薬メーカーにとっては大きな課題になっています。

こうした課題に対してアクセンチュアでは、CAR T細胞療法のプロセスに対応したバリューチェーン構築のソリューションを提供しています。このソリューションには、製品の受発注、供給リスク管理、固有の製造戦略、プロセスの自動化、研究データ管理、医療プラットフォームとツール管理、法規制への対応など、細胞・遺伝子治療に取り組む製薬メーカーが必要とする、あらゆるソリューションが含まれています。

Our strategic acquisitions and investments have enabled us to meet our clients’ objectives…

またアクセンチュアでは、すでに細胞・遺伝子治療領域を専門に担当するグローバル組織CGT CoE(Cell and Gene Therapy Center of Excellence)を立ち上げ、活動を展開しています。この組織のリードは細胞・遺伝子治療領域の管理コンサルティングに豊富な経験を持つ業界随一の有識者であり、メンバーもライフサイエンス分野を専門に活躍する多くの専門家で構成されています。

日本展開における要点

細胞・遺伝子治療領域向けのソリューションおよびサービスの提供は、すでに日本国内でも始まっています。これらのプロセス・ケイパビリティを日本に導入するにあたっては、考慮すべき要点が多数あります。

  • プロセスのローカライズ:日本には海外製造を考慮したロジスティクス、関係者間のコミュニケーションをはじめ、医薬品卸売企業の存在といった商習慣の違い、健康保険制度といった欧米市場とは異なるプロセスが存在しています。日本企業には、先行事例が少ない中、日本マーケットに特化したオペレーションを準備していくことが求められています。日本国内・海外の間での役割分担・機能配置については、日本のマーケット特性や製品の特性を考慮したうえで、詳細まで設計していくことが重要なポイントになります。
  • 事業の立上げ:CAR T細胞療法の事業立上げにあたっては、受注から売上までのケイパビリティについても、従来の医薬品とは大きく異なります。社内においては、従来の医薬品の事業モデルとどのように統合していくかといった点も主要な論点になります。そのため、社内のチェンジマネジメントや、グローバル組織との合意、関係各社や医療施設との契約手続きなど、時間をかけて取り組むことになります。
  • マネージメント体制:全体を通して、国内外多数のステークホルダーが関与するため、全体を管理するマネージメント体制の確立も求められます。情報を共有するためのプラットフォーム、コミュニケーションプランの構築は必須です。
  • マインドセット:はじめての患者さんから確実に成功させるために、事前にプロセスやシステムの入念な検証やリハーサルをすることで、リスクを軽減するだけでなく、関係するステークホルダーに対し、「最初から適切な方法で進める」というマインドセットを醸成することにつながります。
  • CGTのナレッジ:CGTを熟知したリソースは不足しています。企業内で知見を深めていくことが求められます。
We are supporting our clients define and implement several elements of commercial strategies

アクセンチュアでは上記の専門組織であるCGT CoEとの密接な連携しながら日本固有のバリューチェーンの構築に取り組んでいます。

以上、本論考がCAR T細胞医療に関する知見を求める関係者の一助となれば幸いです。

山本 真季子

ビジネス コンサルティング本部 コンサルティンググループ シニア・マネジャー


Sanjay Srivastava, PhD

Cell & Gene Therapy Lead Managing Director

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