「炭素循環」への挑戦 ~サプライチェーンを横断した脱炭素時代の企業経営~
2022/04/26
2022/04/26
脱炭素化に向けた現在の世界の動きは、パリ協定の思想を反映したSBT(Science Based Targets、温室効果ガス排出削減目標)のフレームワークに則って展開されています。すべての企業は「SBT認証」を取得することにより、グローバルスタンダードに準拠した脱炭素に取り組んでいることをステークホルダーに明示することができます。SBT認証の取得において、企業はScope3の定義に基づいた削減目標を掲げることが求められ、このことがカーボンニュートラルを目指す企業にとっての急務の課題となっています。
SBTにおける Scope3の定義は、サプライチェーンの上流と下流に相当するもので、購入(調達)した製品・サービス、輸送・配送、販売した製品の使用、販売した製品の廃棄など15のカテゴリーに分かれています。Scope1(燃料の燃焼)とScope2(電気の使用)が、CO2の削減に向けた主に企業内の取り組みであるのに対し、Scope3はサプライヤーやユーザーに対する働きかけが必要となる取り組みであり、企業単独ですべてをカバーすることは難しく、材料や部品のサプライヤーなどパートナー企業との広い連携が不可欠です。
CO2の主な排出源は業界によって異なりますが、Scope3のカテゴリーにおいて、製造業からサービス業まで幅広い業界で共通しているのが「材料調達」と「製品の廃棄」の2つで、ここに脱炭素に向けた大きな可能性が潜在しています。そして、この中で特に期待がかけられているのが「炭素循環」の施策です。たとえば、素材のリユースやリサイクルなど、素材を廃棄しない形で再利用することで、CO2排出量を大きく削減することが可能になります。
脱炭素の実現に向けて、多くの企業は日々の改善活動や調達改革からスタートし、徐々にサプライチェーンの上流から下流を横断した取り組みへと変革のスコープを広げてきました。その中でも、サーキュラー・エコノミーモデルへの転換、CCUS、またDAC(カーボンオフセット)といった炭素循環に関わる施策を推し進めていく意義は極めて大きいと言えます。
炭素循環の取り組みには、サプライチェーンを横断した取り組み以外にも、技術革新、ビジネスモデルの革新に至るまでさまざまなハードルがありますが、この分野においてグローバルで最も先行している企業の1つが米国のApple社です。同社はすでに電力の100%を再生可能エネルギーで調達し、Scope2に伴う排出量ゼロを実現しています。さらに、同社は独自のサーキュラー・エコノミープログラムによって、分解用のロボットを使ったハードウェアの回収、リサイクル、スクラップ化を実施して、鋼鉄やタングステンなどの回収率を高める素材リサイクルを積極的に推し進めています。
サーキュラー・エコノミーの実現においては、従来のような供給視点の長くて遅いサイクルから脱却し、利用視点に立ったバリューチェーンを「短く」「速く」回すことで、モノやアセットの潜在価値をいち早くマネタイズのモデルに転換し、利益創造につなげていくことが重要です。
以下では、現時点において大きな成果が期待される「回収とリサイクル」と「循環型サプライ」の2つについて、いくつかの事例を見ていきたいと思います。
テラサイクル社(米国):小売事業者を巻き込んだ容器のリユース
米国のテラサイクル社は、消費財メーカーの製品を再利用が可能な容器に入れて販売し、その後、回収・洗浄してリユースする循環サービス「Loop」を、小売事業者を巻き込んで展開しています。こうしたリユースの取り組みでは、サプライチェーンの中で消費者に容器を持ってきてもらう回収ルートの構築が重要になりますが、同社は消費者が容器を返却すると2週間後にアプリで返金する仕組みを用意することで小売事業者の負担を軽減し、回収率を高めることに成功しています。
エフピコ社(日本):クローズドループによるプラ容器リサイクル
容器のリサイクルでは、日本の食品トレー容器のリーダー企業であるエフピコ社がスーパーなどから使用済みの食品トレーを回収する際、自社製品を納入した「帰り便」で引き取る、いわば動脈と静脈の物流を1つにするモデルを実践しています。これにより物流コストが削減されることはもちろんですが、帰り便で自社が納品した食品トレー容器をほぼそのまま回収できることから、素材組成や成分の把握が容易で、リサイクル時の材料変換の品質が向上します。このクローズドループのリサイクルモデルで、同社は大きな成果を上げています。
J-CEP(日本):広域プラスチックリサイクルの実証実験
複数の企業や団体が共同で取り組んでいる事例として、産官学民連携のJ‐CEP(ジャパン・サーキュラー・エコノミー・パートナーシップ)の取り組みがあります。持続可能な社会の実現を目指す企業などが住民・行政・大学などと連携して、サーキュラー・エコノミーの推進に取り組むコンソーシアムであるJ‐CEPは、広域プラスチックリサイクルの実証実験を日本全国で展開しています。J‐CEPの取り組みと自治体による資源ゴミ回収との違いは、回収するゴミを細かく分別しているところにあります。小売店や公共施設に分別BOXを設置し、硬質容器、軟質容器、パウチといった素材別に回収して、素材ごとの循環フローを可視化することにより、資源循環の最適化と持続可能なビジネスの創出を目指しています。
CO2を回収・分離・貯留する技術であるCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)、また分離・貯留したCO2を利用する技術であるCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)は、炭素循環を前進させる画期的な手法として大きな期待がよせられています。国際エネルギー機関(IEA)は、バイオエネルギーとCCSを組み合わせたBECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage)は、2030年半ばから2040年にかけてカーボンニュートラルを実現していく上では重要な施策になると予測しており、特にバイオ技術を使ったCCUSは高い注目を集めています。
たとえば英国のA社では、農作物や農業残渣を原料として発酵させることで、メタンガスを生成する取り組みを行っています。メタンガスを生成する過程では同時にCO2が発生しますが、この農業残渣を原料とすることで排出量としてカウントされないCO2を固定することで、カーボンネガティブとして得たクレジットを販売することができます。こうしたバイオガス由来のCO2を固定し、そこで得られたクレジットを販売するビジネスは、すでに1つのモデルとして成立しつつあります。
またドイツのB社では、バイオガスを作ってメタンガスとCO2を分離し、それに水素と組み合わせることでエネルギーを生成するメタネーションという取り組みを進めています。バイオガス由来のCO2を原料とするメタネーションを推進しつつ、カーボンネガティブも実現している点が特徴的で、早期に経済合理性が得られる取り組みとして注目に値します。
バイオ由来のCO2を使ったメタネーションでは、水素の安定大量供給が重要になります。英国のある産業地区では、洋上風力によってグリーン水素や低炭素水素を生産し、水素を共有するインフラを構築することで2040年までに世界初のネットゼロ産業地区を実現しようとしています。この取り組みの見通しが立てば、さまざまな産業地区にロールアウトすることも可能で、想定以上のスピードで成果が拡大していくことも考えられます。
ここまで見てきたように、リユースやリサイクル、CCUSに代表される炭素循環の目的は、小さなバリューチェーンを組み合わせながら経済合理性を実現し、それを広域化していくことで社会全体の脱炭素を推進していくことにあります。そのためには、素材イノベーションによる新たな社会価値の創造、サーキュラー・エコノミーによる経済的価値への変換、デジタル改革による価値の可視化の3つを実現していくことが重要です。
しかし、CCUSにおけるCO2の回収・分離・貯蓄は価値として目に見えにくいことから、これらを可視化してデータで経済的な価値を立証するためには、特にデジタル改革が欠かすことのできない重要な課題だと言えます。
サーキュラー・エコノミーは企業が単独で実現できるものではありません。そこでは企業間連携を支えるプラットフォームの存在が不可欠で、バリューチェーン、サプライチェーンを縦断してプラットフォームを構築し、企業をまたいでイノベーションに取り組んでいく必要があります。アクセンチュアは、リアルとバーチャルのプラットフォームとエコシステムの構築も積極的に支援し、脱炭素化に向けたお客様の取り組みを長期的な視点で支援してまいります。