中小企業は国内雇用の約7割を占める日本経済の屋台骨であり、その生産性向上は、日本全体の競争力強化に直結します。一方で日本の中小企業の多くは、大企業に比べてデジタル化そのものが大きく遅れているのが現状です。

こういった背景・課題を受けて、アクセンチュア・イノベーションセンター福島では、地域産業活性化を目的として、中小製造業の生産性向上プロジェクトConnected Manufacturing Enterprises (CMEs)を推進しています。CMEsは、中小製造業の生産性向上を目指し、「SAP S/4HANA」をベースにアクセンチュアが中小の製造企業向けに用意した各種テンプレートで構成される業務システムの共通プラットフォームです。産官学一体となり、中小企業間でデジタル基盤を共有して生産性向上の仕組みを構築し、会津地域のみならず全国の中小企業への展開を目指しています。

今回はCMEsのファーストユーザーとして2021年4月​に利用を開始したマツモトプレシジョン株式会社(以下、マツモトプレシジョン)の代表取締役社長 松本敏忠氏、取締役 関口昭仁氏を招き、導入の背景や、どのような変化が起きているのかお話いただいた内容をお届けします。

(文中敬称略)

マツモトプレシジョン株式会社 代表取締役社長 松本 敏忠氏

中小製造業へ転身「会社を変革する必要性」を認識

―― マツモトプレシジョンは「コネクテッド・マニファクチャリング・エンタープライゼス(CMEs)」をいち早く導入しましたが、それまでどのような課題を抱えていたのでしょうか。

松本 マツモトプレシジョンは1948年に創業した福島県喜多方市の精密機械部品メーカーです。私自身は当社の経営を継承するために2014年に入社し、2017年に社長に就任しました。前職の小売業から畑違いの製造業へと転身したわけですが、入社してすぐに経営課題として感じたのは、従業員数が約150名という企業規模でありながら、それに見合う収益が上がっていないことでした。従業員は残業や休日出勤も行うなど日々忙しく働いているのに、なぜか儲かっていない、十分な給与を支払えていないという現実を目の当たりにし、業務の生産性向上に取り組むことが急務だと考えました。

そうした中、会津産業ネットワークフォーラムで行われたアクセンチュア イノベーションセンター福島 共同統括 マネジング・ディレクターの中村彰二朗さんの講演をきっかけに、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進して業務を見直し、会社を変革していく必要性を強く認識するようになりました。

とはいえ既存システムを刷新してDXを進めていくには、まとまった金額の投資が必要になるという経済的な不安がありました。また、デジタル技術に精通した人材が社内にいない状態でデジタル化を推進しても、果たしてうまくいくのかという不安もありました。

―― そうした不安を乗り越え、CMEsを導入するまでの経緯を教えてください。

松本 CMEsを導入したのは2021年4月ですが、導入に向けた準備は2018年5月から始まりました。当時、会津産業ネットワークフォーラムにおいて「コネクテッド・インダストリーズ」をテーマに、私たち地場企業の経営者、アクセンチュア、会津大学など立場の違う人たちが集まって中小製造業の生産性を向上させるための議論が行われましたが、当社もそれを出発点とし、まずは私自身が経営者としてシステム刷新の必要性についての知識を身につけ、さらにその思いを役員やIT担当の社員に伝えていきました。このプロセスにおよそ1年半から2年を費やしています。

関口 私は以前、半導体メーカーに勤務していました経験から、ERPを維持・運用していくには専門スタッフが必要で、イニシャルコストもランニングコストもかかることを知っていました。ITを担当するプロパー社員もERPについての知識がほとんどありませんでした。

しかし、これはむしろ良かったと思います。下手に知っていると、ERPの課題や問題点が先に出てくるからです。今回はERPを導入するとどのようなメリットが得られるかといった部分を前面に出して、アクセンチュアの皆さんに丁寧に説明してもらいました。またCMEsを利用すれば、イニシャルコストはゼロ、ランニングコストも非常に安価だということが理解できたこともあり、CMEsの導入機運が一気に高まりました。

マツモトプレシジョン株式会社 取締役 関口 昭仁氏

―― マツモトプレシジョンがCMEsの導入を決断するまでに、アクセンチュアはどのような情報提供を行いましたか。

相川 アクセンチュアは大企業に対してSAPをはじめとするERPの導入を支援してきた豊富な実績があります。しかし大企業の場合、ERPの機能に合わせるのではなく、自社の業務要件に合わせてカスタマイズするため、高額なイニシャルコストが必要になるということをまず説明しました。

それに対してCMEsは、いわば既製品です。あらかじめ用意されているERPの標準機能に合わせる形で各社に業務プロセスの見直しを促します。これによりコストをかけずに導入し、運用できるわけです。そして多くの企業がCMEsを導入すれば、各社同士が共通の言葉で会話しやすくなります。これこそが、まさにコネクテッド・インダストリーズであり、CMEsは製造業企業のサプライチェーンを真の意味でつなげる役割を果たすことを理解していただきました。

佐々木 コネクテッド・インダストリーズは企業や部門の違いを超えて、つながる世界を実現し、付加価値を創出していくというコンセプトに基づいています。ここにたどり着くには、まず個別化・局所化・サイロ化した社内の業務プロセスから標準化して生産性を向上させる必要があり、その先に企業同士のつながる世界が出来上がっていくと考えています。CMEsはこのコンセプトを具現化したものであり、マツモトプレシジョン様にもそこをご理解いただけたため、導入に至ったのだと認識しています。

アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター統括 相川 英一

「既製品に業務プロセスを合わせる」苦労を乗り越える

―― CMEsの導入後、業務はどのように変わりましたか。また導入を進めるにあたり、何か苦労された点はありますか。

松本 CMEsではさまざまな業務システムを利用していますが、なかでも最も活用しているのが原価計算です。正しいデータに基づいた原価構造を前提に、あらゆる業務を推進するという活動をすでに始めています。ただし正確な原価を求めるには、常に正しいデータを入力することが求められます。その点でまだ不安はあるものの、原価を見える化したことにより、業務に対するモチベーションは明らかに変わったと感じています。

関口 苦労しているのは「既製品に合わせる」という部分です。業務の現場では20~30年という長い間、自分たちの属人的なやり方で仕事を進めてきました。そうした業務プロセスを既製品に合わせるわけですから「以前はこの作業ができたのに、できなくなって困っている」といった声もあがってきます。例えば協力工場に生産を依頼する担当者は、これまで電話一本で事が済みましたが、CMEsの導入後はマスター登録してどこに何を発注するかという入力が必要になりました。担当者はこうしたところに煩わしさを感じていますが、こうした業務の在り方も含め、アクセンチュアの力を借りながら一つずつ解決していくという取り組みを進めているところです。

佐々木 「既製品に合わせる」部分の難しさはあると思います。特に今まで管理していなかったデータを見える化するには、どうしても初手として定量的なデータに落とし込むのに手間がかかります。このトレードオフについては乗り越えなければならない部分です。最終的に、見たい指標が見えるようになればそれが業務改善につながり、従業員にも還元される構図となります。

アクセンチュア株式会社 テクノロジー コンサルティング本部 アソシエイト・ディレクター 佐々木 学

―― CMEsの運用にはまだ課題も残っているようですが、CMEs導入の成果や成功要因を教えてください。

松本 社内にはCMEsを導入する以前から、企業文化を変えるところから始めるという話をしてきました。そこから始めて従業員の心を動かさない限り、システム移行や業務改革は難しいと考えたからです。2020年に策定した5カ年の経営計画では、現在を第二の創業期と位置づけ、それを大きく変わっていく動機にするという流れもつくりました。また企業価値を高める「サステナブル経営」、DX推進による「生産性向上」、自己研鑽による「技術力向上」を3本の成長戦略として掲げました。

そのうえで、集大成として基幹システム刷新すなわちCMEsの導入に踏み切ったことが、経営視点による成功要因だと思います。そしてCMEsに合わせて業務プロセスを改善したことにより、これまで気づいていなかった無駄な作業や無理な計画などが見えてきたことは、CMEs導入の成果と言えるでしょう。

関口 製造現場では、ロットの進捗管理などCMEsに含まれるMES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)機能を導入できたことが大きな成功要因です。従来は紙と鉛筆を使ってデータ収集していた部分がシステム化され、現場が見えるようになるという成果が得られました。

佐々木 私たちの立場からは、松本社長がトップダウンで強力に推進していただいたことが大きな成功要因になったと感じています。特にERP導入の場合、現場ユーザー側とベンダー側の意識のすり合わせが難しく、変革を受け入れてもらえないことも多々あります。その点、マツモトプレシジョン様ではCMEsによる業務について来ていただける土壌が出来上がっており、チェンジマネジメントを推進しやすかった面もあります。

現場の改善については、アクセンチュアでも当初は基幹業務だけに機能を絞ることも検討しましたが、やはり現場まで行き届いた業務改革を実現しない限り、本質的な生産性向上にはつながらないと判断し、MESの領域にも踏み込んだソリューションをつくり上げました。このように現場まですそ野を広げたことも成功要因と言えます。

CMEs導入で芽生えた「従業員の変化に対する意識」

―― 通常は基幹業務領域の改革に成果が得られるまで1年以上かかるものですが、マツモトプレシジョンではCMEsの導入から半年余りでさまざまな成果が得られています。実際に達成できたこと、実感している変化を教えてください。

松本 企業文化の変革という観点からは、業務品質に対する意識が大きく向上したと見ています。CMEsを通じ、すべての業務が部署をまたがってデータでつながっていることを認識できるようになったため、従来の「自分の部署だけ良ければ」から「後続部署に正しいデータを流さなければ」に社員の意識が変わりました。同時に、データに対する意識も高まっています。データドリブンな経営は正しいデータがあってこそ実現できるものですから、管理職の間では「正しいデータ」が合言葉になりつつあります。さらにCMEs導入という大変革を成し遂げたことで、従業員の間に「変化して良いのだ」という意識が芽生えたことは最大の成果です。

関口 製品別の原価が見える基盤ができたことは、生産性向上を実現するうえで最も大きな効果です。実際に見えるようになるのはこれからですが、そこに向けて継続的なデータ精度の向上に取り組んでいるところです。データ入力については、これまで頻発していた手作業による誤入力や入力し直しがなくなり、大幅な工数削減が実現されました。また以前は定時勤務時間の終了後に入力作業を行っていたのに対し、CMEs導入後は定時内に入力管理が行えます。このように現場の工数削減や労働時間短縮を達成したことにより、業務時間を別の生産活動に活用できるようになるなど、リソースシフトも実現できました。

―― 今後の取り組みについてお聞かせください。

松本 コロナ禍の反動もあり生産キャパシティを超える受注をいただいていますが、このようなキャパシティを超えた受注変動に対する生産計画はCMEsによる標準化が実現できておらず、これから解決に取り組むべき課題です。ただし、すべての業務をシステムの活用により百点満点にすることは不可能ですし、目指すべきでもないと思っています。そこには人間でなければできない判断・調整もあります。今後はそうした部分に工数を割けるように、CMEsの活用方法を模索していきたいと考えています。

―― 最後に今回の導入や経過を振り返りながら、全国の中小企業の皆様へメッセージをお願いします。

松本 多くの中小企業が慢性的な人手不足に喘いでいると思います。当社もそうでしたが、実際には属人化した仕事や部署ごとに個別最適化された業務による生産性の低さ、精度・鮮度の低いデータが原因でした。CMEsを導入しなければ、それにも気づかなかったかもしれません。その意味でも、最先端のデジタル技術を活用してDXを推進することをお勧めします。

関口 CMEsが提供する業界標準の業務システムは、当社のシステムや業務の「立ち位置」を改めて認識させてくれたとともに、変革のための「型」を示してくれました。自社だけの資金・ノウハウ・人材ではこれほどの改革を1年で成し遂げることはできなかったと思います。中小企業だからこそ、CMEsのようなプラットフォームを積極的に活用するべきだと思います。

相川 CMEsは生産性向上を通じ、「実現したいビジョン」のある経営者を支えるプラットフォームです。ぜひ全国の中小企業にCMEsを活用していただき、経営者の目指す業務改革や生産性向上を実現して、ともに日本の製造業を盛り上げていきたいと考えています。

※なお、本記事で紹介しているCMEsの取り組みが、SAPジャパン株式会社が先進的なDXの取り組みを表彰するSAP Japan Customer Award 2021にて「Innovation部門」を受賞しました。詳しくはこちら をご参照ください。

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