モダイナゼーションとDXを手堅く同時に実現するには ――現場に残された根深い課題
2022/04/12
所要時間:約10分
2022/04/12
所要時間:約10分
西尾 友善 テクノロジー コンサルティング本部 インテリジェントソフトウェアエンジニアリングサービス グループ マネジング・ディレクター
水上 廣敏 テクノロジー コンサルティング本部 ITソリューション マネジング・ディレクター
中野 恭秀 テクノロジー コンサルティング本部 インテリジェントソフトウェアエンジニアリングサービス グループ アソシエイト・ディレクター
上田 朋佳 テクノロジー コンサルティング本部 テクノロジーストラテジー&アドバイザリーグループ マネジャー
上田 朋佳(以下、上田): 「2025年の崖」という言葉は、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の重要性を強く訴えた『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』(経済産業省)で登場し、日本中の経営層やITシステム担当者に衝撃を与えました。2025年の崖とは、そもそも何を意味しているのでしょうか。
西尾 友善(以下、西尾): 2025年の崖は、数十年にわたって再構築や更改が行われずにいた基幹系システムが複雑化・肥大化・老朽化した結果、ビジネスの足かせとなっていき2025年以降に最大12兆円の経済損失が生じるという転落の予測を端的に表現したものです。10年ほど前までならば、既存のITシステムのロジックを再現しながらの新規構築はそれほど難なく可能でした。いわば「崖を飛び越える」ことができたのです。
しかし40年近くにわたって運用され続けてレガシー化したシステムは、再構築しようにも崖の幅は広がり、深さが増してしまっています。そのため、対岸という未来へ進むにしても、新規システムをどのように設計するか、既存システムをどの程度まで切り捨てるのかといった判断や見極めが非常に難しくなっています。日本国内のレガシーモダナイゼーションのうち、50%程度は途中で何らかの方針変更を余儀なくされたり、プロジェクトが頓挫したりといったケースに遭遇していると思われます。
中野 恭秀(以下、中野): 今から40年前といえば1980年代。私は当時からシステム開発に従事していましたが、当時の感覚や常識では、20年以上使い続けるシステムは想定していません。なぜならITシステムは、テクノロジーやインフラの進化に合わせて適切なタイミングで再構築するものだからです。おおよそ20年以内に作り替える前提で設計開発されていました。
基幹システムの再構築は、テクノロジーに関するノウハウだけでなく、自社の業務に関する知識や本質的な理解を含めて次世代へ継承するための貴重な機会です。20年おきに社殿を作り替える「伊勢神宮の式年遷宮」は、まさに技術や伝統を引き継ぐという思想の点で、モダナイゼーションと共通しています。しかし昨今では、メインフレーム製品の提供やシステム開発を請け負っているメーカー企業やSIerも崖に直面し、事業の撤退が進行中です。
上田: それはなぜですか?
中野: 現在ではユーザー企業がメインフレームを新規購入してCOBOLやPL/Iといったレガシー言語でアプリケーションをゼロから開発するケースが皆無だからです。かつて、メーカー各社にとってメインフレーム事業は最先端のビジネスでした。しかしユーザー企業の減少に合わせて、メーカー側も事業規模を段階的に縮小しています。とはいえメインフレームに関する既得権益を持つ企業・事業部門にとっては、ビジネスを続けなければならない事情もあり、状況は複雑化しています。
昨今は「崖」の幅も深さも広がり、モダナイゼーションの難易度が増しています
– 西尾 友善
水上 廣敏(以下、水上): メインフレーム事業自体を売却する動きもあるのでしょうか。
中野: 経営者は株主に対する責任もありますから、利益が縮小する事業への継続的投資には消極的になります。株主は事業の成長を強く求めますので、DXや新規事業創造へと投資配分が傾くことは自然の成り行きです。
西尾: 事実としてメーカー各社もメインフレーム事業は終了やスピンアウトを加速させています。同時に、本体側ではクラウドへシフトを進めているのを実感します。
上田: SIerによる内製化は難しいのでしょうか?
西尾: とても難しいと言えます。人材(エンジニア)の確保や育成が極めて困難だからです。特にCOBOLなどのレガシー言語は優秀な若手エンジニアには人気がありません。優秀なエンジニアの生産性は、並のエンジニアの10倍以上あると言ってよいでしょう。優秀な人材を確保できない技術領域やプログラミング言語は風化し、状況が悪化していきます。
水上: 私の周囲の若手を見回しても、COBOLを積極的に学びたいという人はいません。エンジニア同士のトレンドやニーズは人材確保の観点でも無視できないと思います。
上田: テクノロジーやビジネス環境の変化、人材確保の困難さなどが絡み合って、2025年の崖の問題が構成されていることがよくわかりました。
レガシーを構成する古いプログラミング言語は、エンジニア育成の観点でも障壁です
– 水上 廣敏
上田: 2025年の崖をキーワードとしてレガシーシステムを取り巻く状況を検討してきましたが、改めてレガシーモダナイゼーションがなぜ困難であるのかを掘り下げていきます。
アクセンチュアではお客様企業のモダナイゼーションを推進してきた中で、課題は5つに類型化できると考えています。
課題1「増え続けるトランザクションデータを見据えた設計が必要」
西尾: レガシー脱却プロジェクトは、えてして「今あるシステムの移行」に主眼が置かれがちですが、COBOLのプログラムをJava変換したことによる接続性の向上を利用して、API化したいというご要望もほぼ確実に出てきます。ですがトランザクションの急増に対応できる設計になっているかどうかについては、多くの場合で疑問が残ります。つまり、既存システムを単にJava化して動かせば良いという次元ではなくなります。
水上: キーポイントは、外部からのアクセスに対して、柔軟に対応できる設計になっていなければならないという点でしょう。レガシーモダナイゼーション自体はゴールではなく、その先にあるDXが目標です。DXの実現ではアクセス性が重要となりますが、3倍以上に膨れ上がると予想されるトランザクションに耐えられるかどうかを見据えた設計が不可欠といえます。
課題2「新しいプラットフォームへ移るだけでは、事務は変わらない」
中野: COBOLで作られたメインフレームのシステムの多くは1970〜80年代の設計です。当時は、紙ベースの業務の効率化を第1の目的としていました。たとえば、支店が営業活動し、受注データを生産拠点へ受け渡してバッチ処理で集計し、生産計画を立て、生産し、工場・倉庫から出庫、配送する。この一連の手続きの積み上げで設計されています。
これらの処理をどこまで効率化しても、業務そのものは何も変化しません。DXに向けて取り組むべきことはリアルタイム化のほか、必要なモノを必要なタイミングで、必要な人・場所への迅速な提供の実現です。これがDXの本質の1つだと考えます。つまり、現行業務(事務)のあり方の見直し・刷新といった「攻めの展開」と、レガシーからの撤退という「守りの取り組み」を両立させながら変革していくことが必要となります。
課題3「現行ベンダーの方が現行を知っているから、とモダナイゼーションでも頼る」
上田: 現行業務をしっかり把握している現行ベンダーや、そのメインフレームを長期にわたって扱ってきたSIerは、モダナイゼーションの取り組みにおいても適任だという発想に至るのは自然のように感じられます。どのような点で課題なのでしょうか。
中野: ベンダーは、お客様へ十分な支援を提供するべく、何よりもまず業務の理解に努めます。そのうえでアプリケーションを設計開発し、お客様のビジネスへの最大限の貢献を目指しています。私自身もかつてその立場でした。問題は、ユーザー企業もベンダーも、モダナイゼーションを実行するタイミングを1回以上スキップしてしまっている点にあります。そのため現行ベンダー側であっても、既存アプリケーションの設計思想を業務内容と紐づけて深く理解している人が、現場にほとんどいません。
西尾: 現行ベンダーにとっては、モダナイゼーションのプロジェクトが成功しても、失敗して現行システムを当面維持することになっても、ビジネス上のリスクが小さい仕組みとなっています。また現行のメーカーやベンダーにとっては、既得権益を維持したい経営上・営業上の事情もあります。ならば既得権益を持たない第3者はどうでしょうか。失敗が自社にとってビジネス上のリスクに直結するという覚悟があれば、自ずと本気度が違ってきます。冷徹な観点で俯瞰すると、モダナイゼーションを得意とする企業に依頼することが、DXのためのモダナイゼーション成功の可能性を高めることは間違いありません。
アクセンチュアがモダナイゼーションを担当させていただく場合においても、現行ベンダーからソースコードやデータ資産をお預かりしてプロジェクトを進行しますが、完了後の保守運用は現行ベンダーが引き続き担当するケースが多数です。つまり、アクセンチュアのようなモダナイズに高い専門性を持つ企業と現行ベンダー、そしてお客様の3者が適切な協力関係を持って取り組むことで、モダナイゼーションの成功率が格段に高まることは確実です。
モダナイゼーションを現行ベンダーだけに頼ることは、プロジェクト失敗のリスクとなり得ます
– 中野 恭秀
課題4「従来型の基幹業務・システムを再構築する人材がいない」
中野: 人材の問題は極めて深刻です。メインフレームのオープン化が一気に加速した2000年〜2007年頃の時期までならば、1970〜80年代のシステムを作り上げた「第1世代人材」がまだ現役でした。しかし団塊世代の大量退職期は過ぎ去ってしまいました。これが昨今の人材不足という課題の直接的原因の1つです。現在では要件定義をしようにも、どうしても抜け落ちてしまう箇所やブラックボックス化して内容がわからない部分が多く出てきます。
西尾: パッケージ製品の利用であれば、寄せていくアプローチが取れます。しかしスクラッチで(ゼロからの)の構築となると、ゼロからビジネスを設計していくような高難易度のプロジェクトとなり、人材にも高いスキルが要求されます。しかも移行後のシステムに欠落があれば、業務側にも迷惑をお掛けしてしまいます。現行アプリケーション構造を理解し、あるべきデータ構造やモデルを考え、システム設計へと落とし込むには、個人だけでなく、チームとしての高いパフォーマンスも重要となります。そうした人材・チームを確保するには、モダナイゼーションの経験を豊富に持つ専門家集団を起用するほかありません。
水上: 刷新は必要、しかし既存業務やシステムもすぐには停止できない。その両立をいかに実現するかは、私たちも常に手探りでスタートします。難しさを熟知したうえで、過去の知見を活用しながら取り組む正攻法こそが確実な手段だと考えています。
課題5「しかし一部はリビルドできると信じている」
西尾: モダナイゼーションにおいて、リビルドを前提として取り組まれているケースは実際かなりの数に上ります。しかし、その成功例は少ないでしょう。私たちも、リビルドはなかなかうまくいかないとお客様にお伝えするケースが大半です。レガシーシステムは、いわば鉄筋コンクリート製の巨大建築物です。そうした構造物を日曜大工のDIY感覚で組み立てることは不可能です。事実、DIY感覚でリビルドに着手し、結果として100億円規模を損失しているケースもあると感じています。そうした不幸な失敗プロジェクトが起こらないように知見を提供していくことも、私たちの重要な役割の1つと考えています。
アクセンチュアには実際に手を動かしてコードを書くメンバーがたくさんいます。私自身も現場でそうした経験を積んできました。一方で、外部ベンダー管理だけをしてこられた管理者の方々は「システムは意外と簡単にできるものだ」と思い込みがちです。そうした誤解を払拭し、現実に即したモダナイゼーション・プロジェクトを実行することが肝心です。
モダナイゼーションの現場で起きている課題は、多くの場合は当事者の意識に由来します
– 上田 朋佳
上田: 本記事では、2025年の崖とDXの昨今の状況を俯瞰しつつ、モダナイゼーションの取り組みにおける課題を5つへと整理しました。
課題1「増え続けるトランザクションデータを見据えた設計が必要」
課題2「新しいプラットフォームへ移るだけでは、事務は変わらない」
課題3「現行ベンダーの方が現行を知っているから、とモダナイゼーションでも頼る」
課題4「従来型の基幹業務・システムを再構築する人材がいない」
課題5「しかし一部はリビルドできると信じている」
特に、現行ベンダーが最も上手くモダナイゼーションを実行できるに違いないという期待や憶測は、非常に多い誤解であることがご理解いただけたと思います。
アクセンチュアでは、お客様企業の数々のモダナイゼーションの取り組みのご支援を通じた知見を蓄積してきました。2025年の崖の問題を乗り越えるために、モンダナイゼーションの課題解決を目指されているお客様はぜひアクセンチュアへご相談ください。