調査レポート

概略

概略

  • 小売企業が持続的な成長を実現していくためには、商品の価値や目先の価格競争力だけではない、独自の「パーパス(ビジネスの社会的意義)」を示しながら、変化する消費者からの信頼を獲得していかなければなりません。
  • パーパスの再設定で求められる要素は3つあり、消費者や人材、そして取引先企業までを惹きつけることで、新規事業の開拓や新たな成長戦略の実践に踏み出していかなくてはなりません。
  • 従来の企業経営で重視されてきた売上げや利益、資本、キャッシュフローなどの「財務指標」にとどまらず、「非財務指標」を幅広く取り入れ、多様な価値観に応える全方位型「360°バリュー」経営にシフトすることが重要です。


日本の小売(リテール)業界は現在、大きな過渡期を迎えています。高度成長期のように商品がそれ自体の価値だけで売れる時代は終わり、消費者は企業に対する信頼感や、自らが求める価値をどのようにして実現してくれるのかといったこと基準に購買の意思決定を行うようになっています。こうした中で大きな注目を集めているのが「パーパス経営」という新たな道標です。これからの小売企業が持続的な成長を実現していくためには、商品の価値や目先の価格競争力だけではない、独自の「パーパス(ビジネスの社会的意義・自社の存在意義)」を示しながら、変化する消費者からの信頼を獲得していかなければなりません。本論考では、人口減少社会の到来や需要の飽和が指摘される現在の市場環境の中でパーパス経営を推進していく上で、日本の小売企業は何をしなければならないのかについて考えてみたいと思います。

FVの低迷が続く日本の小売業界の現状

日本の小売業界を全体でみると1990年前後のバブル期以降、約30年間にわたって停滞を続けてきました。この状況の打開に向けて、小売各社は店舗の増設や売場の拡大といった施策を推進してきましたが、売場面積あたりの売上げは下降の一途を辿っています。国内において人口減少が想定され、今後もこのトレンドが想定される中、日本の小売企業の将来の企業価値に影響を与えるフューチャーバリュー(FV)は下がり続けています。

その大きな要因の1つとして、日本企業の投資戦略の方向性がまったく変わっていない点が挙げられます。グローバルに目を向けてみると、同じ小売業でも海外の大手小売チェーンの中には、デジタル投資を積極的に行うことで、低迷していた業績を大きく回復させている例がいくつも見られます。

一方、日本の小売業界はいまだに新たな店舗の出店や設備にコストをかける傾向が強く、潜在需要が見込めないにもかかわらず、従来と同じ施策を繰り返しています。こうした旧態依然とした投資戦略に依存していては、時代の変化に対応できないのは自明の理です。

つまり、日本の小売業は、まだまだ新たなプロフィットプールにリーチすることができていません。企業によっては業態を多角化して、新たな分野に投資をシフトしているところもありますが、ここでは明確な根拠に基づく成長分野の見極めが必要で、ただやみくもに手を広げるばかりでは成果につながりません。結果として、このことがFVをさらに低下させる要因になっています。

加えて、約2年前から現在も続く新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、小売市場に大きなインパクトをもたらし、その中で消費者の行動も確実に変容しつつあります。このかつてない市場の変化の中で成長を維持するためには、日本の小売業はいっそうのスピード感をもって新たな価値を創造し、利益へ転換していかなくてはなりません。そのためには、自社がどのような事業目標を掲げて、それをどのように実現していくのかの行動指針、企業経営そのものの羅針盤としてのパーパスが、今強く求められているのです。

パーパスの再設定で求められる3つの要素

では、持続的な成長を支えるパーパスとは、そもそもどのようなものなのでしょうか。アクセンチュアでは、パーパスを構成する要素として以下の3つを定義しています。

  1. 共感:消費者が重視する価値観を事業で体現し、市場の共感を醸成する
  2. どれだけ素晴らしいパーパスを掲げても、肝心の消費者からの共感が得られなくては意味がありません。自社のパーパスを多くの人が肯定し、それを実現する意義を理解して、日常生活の中で親近感を抱いてもらうことが重要です。

    最近では、SDGsESG、地域社会への貢献といった観点から自社のパーパスをアピールする企業が増えています。いずれにしても、消費者の共感につながる事業の価値をあらためて棚卸しして、明確なパーパスとして内外に発信することが最優先の課題となります。

    同時に、パーパスの重要性は消費者との信頼関係だけに当てはまるものではありません。メーカーとの取引や従業員の採用においても、パーパスは大きな意味を持ちます。

    ECの拡大によって小売業はコモディティ化が進み、小売企業は必ずしもメーカーと消費者の間に介在しなくても済む存在になりつつあります。こうした観点において、パーパスはメーカーに対して自社の存在意義を示す上で不可欠です。

    また、新たな価値を創造する上では、外部からの積極的な人材登用も重要なテーマとなります。変革の原動力となる優れた人材を獲得する上でも、パーパスは大きな価値を発揮するはずです。

  3. 独自性:自社のブランド価値に基づく独自のパーパスの発信
  4. 事業を再び成長軌道に乗せるためのパーパスの発信も、自社がコア事業で築き上げてきた実績や市場におけるイメージとあまりにも乖離していては、顧客からの評価がバラバラになり、ブランドの放棄にもつながりかねません。「この会社らしいパーパス」「この会社だからこそできるパーパス」であることを、広く既存顧客、潜在顧客に理解してもらうことは非常に重要です。

  5. 具体性:消費者がイメージしやすい具体的な未来像の提示
  6. パーパスへの共感を通じた消費者や従業員による主体的なエンゲージメントの構築においては、未来をイメージしやすい具体性が不可欠です。フューチャービジョンといった漠然とした概念では、その先に広がる未来を具体的にイメージすることができません。特に、人々の生活に密着した多くの商品やサービスを提供する小売業では、実際の暮らしに根差したイメージを消費者や従業員に描いてもらえることが重要です。

「非財務指標」であるパーパスを利益に転換する成長戦略

今こそ小売企業は、自社のパーパスを再検討・再設定し、消費者や人材、そして取引先企業までを惹きつけることで、新規事業の開拓や新たな成長戦略の実践に踏み出していかなくてはなりません。その取り組みを進めるにあたって重要となるポイントについてご紹介します。

ポイント1:多くの共感を呼び、明確、新鮮なメッセージが伝わるパーパス

まず、すでに挙げた3つの要素とも関連しますが、パーパスは多くの人々の共感を呼び、明確かつ新鮮なメッセージが伝わることが何よりも重要です。「人々のため」「社会のため」「より良い世界を創造する」「地域に貢献する」といったスローガンが掲げる小売企業は多く存在します。しかし、これらは普遍的なパーパスである反面、どうしても独自性に欠けています。

かつての高度成長期であれば、創業者のカリスマ性や過去の実績に裏付けられたブランド力でパーパスを補完することもできましたが、絶え間ない変化にさらされている現在の市場において、消費者はデジタルプラットフォーム上で提供される多くの選択肢の中から自由な意思決定を下せることから、過去のブランド力に依存した戦略はもはや通用しなくなっています。

こうした状況を踏まえても、小売業界のすべての企業は、今まさに自社のビジネスの社会的意義や目標の再設定を迫られる大きな転換期を迎えています。実際、アクセンチュアのビジネスにおいても、近年は小売企業をはじめとする多くの国内企業からパーパス経営に関するご相談が寄せられるようになっています。

ポイント2:パーパスは非財務指標

パーパスは基本的に非財務指標であり、その成果は利益率や成長率といった従来の財務指標とは異なる手法で評価されなくてはなりません。明確なパーパスを設定した後は、次の段階として売上げや利益に転換するための新たな投資を行うといった計画を立てる必要もあります。

たとえば、初期の段階は海外における新規拠点の展開に投資を集中して、それが完了したら事業をドライブするためのデジタル基盤の強化に投資をシフトするなど、一貫したパーパスに基づく大胆な意思決定が求められます。

多様な価値観に応える全方位型「360°バリュー」経営の重要性

アクセンチュアでは現在、小売業をはじめとする日本企業のパーパス経営の実践に向けて、新たな価値指標のモデル「360°Value Meters」を通じて、FV向上に向けた取り組みを積極的に支援しています。

「360°Value Meters」は、アクセンチュアが独自に開発した全方位型経営を実践するためのフレームワークです。ここでは、これからの企業経営に欠かすことのできない6つの価値基準として、①財務、②提供価値、③サスティナビリティ、④人財、⑤インクルージョン&ダイバーシティ、⑥イノベーション が掲げられています。

このフレームワークの大きな特長は、従来の企業経営で重視されてきた「財務指標」、すなわち売上げや利益、資本、キャッシュフローにとどまらず、それ以外のいわゆる「非財務指標」を幅広く取り入れている点にあります。こうした指標は、利益の獲得を最優先するこれまでの企業経営においては、あまり重視されてきませんでした。

しかし、これからの企業経営においては、多くの消費者のニーズに応えるための多様な価値の提供が求められます。しかも、その要求は製品やサービス単体の価値にとどまらず、より豊かな地球環境の実現や地域社会への貢献、さらには性別、国籍、人種などの多様性の尊重といった広範な領域に及びます。

アクセンチュアでは、日本の小売企業が再び成長軌道を歩むためにパーパスの再検討・再設定に取り組むにあたって、すでに多くの企業に向けて「360°Value Meters」をはじめとする科学的なアプローチを提案しています。消費者が本当に求めているものは何か、それに対する貢献の可能性、さらには従業員のエンゲージメント分析などを通じて、日本の小売業は新たな成長の道を模索することができます。自社のパーパスを今一度見つめ直し、再設定に取り組む上で、こうしたアプローチは具体的かつ有効な指標となるはずです。

江川 恭太

ビジネス コンサルティング本部
ストラテジーグループ
流通・小売 プラクティス日本統括
マネジング・ディレクター


平林 尚人

ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ 流通・小売 プラクティス シニア・マネジャー

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