都市のデジタルツイン整備のコスト

以前の記事1で、都市の「デジタルツイン」というアイディアについて紹介し、それがもたらす様々な可能性に言及した。今回の記事では、その実現に目を向けたとき、どのような投資が求められ、その実現に向けてどのようなアプローチを採りうるのかということを整理したい。

世界を見たときに、都市のデジタルツインの取組に先行しているのはシンガポールだ。
シンガポール政府による「バーチャルシンガポール」の構想2では、研究開発への活用、仮想空間での実証実験・テストベッド、意思決定支援をデジタルツイン構築の目的としている。

バーチャルシンガポールの詳細な仕様は十分には明らかにされていないが、同国政府傘下の研究機関のNational Research Foundationによれば、地図、建物、設備、自然・地形等の地理空間データに加え、人口等の各種統計、人流・交通・気象等の分野の動的データをリアルタイムに反映することを想定している。例えば、地理空間の3Dデータと気象データとを組み合わせて、特定の建物・設備における太陽光発電のポテンシャルを測定するシミュレーションツール等を導入することが、構想におけるユースケースとして描かれている。

これらの構想を実現するために必要な費用は大きい。シンガポール政府は、この都市データプラットフォームの開発へ7,300万シンガポールドル(約60億円)を投資するとしている。しかも、この金額ですらデジタルツイン整備のための費用全てをカバーできていない可能性もある。シンガポール政府では、バーチャルシンガポールの構想に先立ち、陸運局(Land Transport Authority)が中心となって行政府間で利用可能な国土データの整備に取り組んできた経緯3があり、データ蓄積において既に利用可能なリソースがあったものと推察されるからだ。国内において同様の取組を行う場合にはこうしたデータ整備のための投資も必要になる。加えて、当然ながら、シンガポールと日本とでは国土の大きさが異なる。

日本でも国土交通省は、令和2年度の概算要求において、デジタルツインを見据えた「国土交通データプラットフォーム」に言及した「オープンデータ・イノベーション等による i-Construction の推進」に28億円の予算を要求している。
これらの予算規模がどこまでデジタルツインのプラットフォーム、データ整備を念頭においたものか、またどの程度までを射程とした投資であるかは、明確に把握できないが、データ整備や機能拡張のために継続的な投資が必要になるだろう。更にはリアル空間の状況をリアルタイム、或いは最新化して常にバーチャル空間上に投影するデジタルツインの特性上、データのリアルタイム・定期的な更新に一定の運用費も見込んでおく必要がある。

都市のデジタルツイン実現に向けたアプローチ

こうしたコストサイド、特に初期投資の大きさを踏まえると、都市のデジタルツイン構想を打ち立てた後に、採りうる3つのアプローチを検討する必要があるだろう。

1つは、「面的展開」である。デジタルツインが対象とする全エリアについて、一定のデータ数を確保して、一気に整備を進めていくアプローチだ。但し、現実的には整備するデータの優先順位をつけながら、継続的にそのデータを拡充していくことが求められるだろう。デジタルツインを整備する自治体にとって、本来的に必要なエリア全ての情報を面的に捉えることができるため、行政の立場からの利用価値を考えたときには、最も利用しやすい可能性がある。一方で、データセットが制限されるほど、ユースケースにも制約が課されるため、十分にメリットを享受できない可能性もある。
上述したバーチャルシンガポールの例は、この面的展開のモデルに該当する。

2つ目のアプローチは「エリア限定」型で、一部のエリアに限定した形でデジタルツインの整備を開始し、徐々にそのエリアを拡大していく方法だ。一定のコストで、充実したデータセットの整備が行えることから、様々なユースケースでの利用が期待され、投資対効果の見極めには適している。行政の判断によりメリットが生じるエリア、そうでないエリアが分かれるため、何らかの意義づけや誘導ができることが必要だろう。例えば、災害のあった地域のレジリエンス強化、或いはコンパクトシティ等におけるエリア誘導等の政策とセットにすることが考えられる。

この例に近しいものとして考えられるのは、大成建設による銀座や西新宿でのデジタルツイン整備になるだろう。また、米・アルファベット社の傘下にあるSidewalk Lab社がカナダのトロント市と共同で進めるウォーターフロント地区の開発事業では、「デジタルツイン」という表現されていないものの、地域のリアルタイム情報をバーチャル空間に再現して活用することがうたわれている。こうしたプラットフォームは、初期の対象エリアのデータ整備後に横展開され、拡張していくことになるかもしれない。

3つ目のアプローチは、「パッチワーク」型と呼びうるもので、対象となる全てのエリアについて基盤となるデータ(例えば地理空間のデータ)を面的に整備した上で、個別の場所に紐づくその他のデータについては、場所などの事情に応じて、いわばパッチワークのように、分散しながら整備を進めていく方法である。この方法が望ましい理由として、「限られたエリア×限られたデータ」さえあればよいとする固有のニーズを持つ民間企業や商店街等の運営団体、個人等の幅広いステークホルダーを巻き込みながら、それらのプレイヤーの便益を生みやすいことが指摘できる。一方で、整備の主体である行政機関にとっては意味のあるデータセットとなるように、一定の誘導を図っていくことが必要かもしれない。

こうしたデジタルツインの取組例として適切なものは執筆時点で見当たらないものの、参考になる例として、英国のFixMyStreetのイニシアチブ、日本のBmapsの取組を紹介したい。FixMyStreetはもともと、地域の課題解決において市民参加を求める動きから英国で開発されたプラットフォームであり、利用する市民等が道路の破損、不法投棄等の身近にある課題を報告し、行政等に対応を求める仕組みである。こうして報告された課題は、自治体職員が地図上で見ることができ、市民の通報に対応することができる仕掛けだ。個の取組は英国以外にも広がっており、日本においても、FixMyStreet Japanとして、利用可能なプラットフォームを国内企業が独自に開発した4。また、日本のBmapsでは地域のお店や施設等のバリアフリー情報を詳細に検索・閲覧可能なプラットフォームであり、そのデータ整備自体にもユーザーが投稿という形で貢献している5

こうした形で収集されるデータは、恐らく投稿者により内容や粒度、その質に差があり、かつエリアに応じてデータの投稿数などにも差があるであろうが、大事なのは利用者の目的の用途次第でそれらのパッチワークのデータが十分に機能することだ。全てのエリアを網羅的にカバーしたデータでなくても、パッチワーク的に可視化されたデータを見た利用者である行政職員や障がい者・子育て世代等にとっては、様々な利用価値があるものと考えられる。

これらのアプローチのうち、どれを採用すべきかという点については、デジタルツインが対象とするエリアの広さ、投資可能な予算、実装の目的・ユースケースなどに依存するだろう。
ある程度、狭いエリアを対象にした構想であれば「面的展開」を優先することもできるし、広いエリアであっても居住区・オフィス街などの機能集約が進んでいる地域や、コンパクトシティなどの構想のもと特定エリアに限定することが正当化される地域などでは、「エリア限定」で着手することがよいかもしれない。

パッチワーク型のメリットが生きるのはデータの提供者であり、かつ利用者として巻き込むことができるステークホルダーが幅広く想定される場合だ。市民を巻き込む前述の例が代表的であるが、これらの他にも例えば中央政府が一元的に基盤となるデータを構築し、自治体にそのデータを開放して、その上に重ねるデータはその地域の特性に合わせたデータの整備を進めてもらう方法が考えられる。
例えば、防災におけるユースケースであっても、ある地域では河川の氾濫リスクが大きいのであれば浸水が想定されるエリアや河川の水位などのデータ整備を優先し、噴火のリスクが想定される地域であれば火山の活動に関するデータ整備を優先する。中央政府は横断的にデータを比較することはできないが、どの自治体がどのデータ整備を優先しているか、ということ自体もなんらかのインプットになるかもしれない。また、農業などの一次産業におけるユースケースであれば、地域において問題となっている特定の農作物の病害や鳥獣害の発生状況に特化して先行的にデータ整備を行うことも考えられるし、先端的な農業に取り組む農家に限定した形で詳細なデータを拡充して、地域内外の農家が参照できるようにすることなども有効であろう。

デジタルツインのレイヤーと行政の役割

パッチワーク型のデジタルツインは複数のレイヤーで考えると、整備のイメージが具体化されるかもしれない。一番下にあるレイヤーは、「基盤」となるもので、対象範囲を定めるとともに、その座標軸の表現方法やデータ連携の方法を定める。このデータがないままに、様々なデータセットを寄せ集めてしまうと、データ相互の参照性がなくなり、利用価値が限定的になってしまう。

その他のレイヤーは、対象範囲によって整理している。具体的には、対象エリア全域をカバーする「マクロ」のデータ、一部のエリアを対象とする「セミマクロ」のデータ、ヒト・モノ・行動等のごく小規模な範囲での「ミクロ」のデータによるツイン部分だ。これらを基盤の上のレイヤーに重ねることによって、様々なデータセットの整備、活用が進む可能性がある。

マクロのデータは、行政機関自らが持つ公共データ等が含まれ、この中には既にオープンデータとして公開されているものもあるだろう。また、民間企業であっても地図会社、通信会社、交通事業者、ITのプラットフォーム企業など、面的なデータセットを持つプレイヤーは数多く存在する。セミマクロのデータを持つ、或いは新たに整備するインセンティブを持つのは、基礎自治体や町内会、商店街振興組合、エリアマネジメント団体、デベロッパー等が考えられる。また、ミクロなデータの担い手には、個人や自動車などの特定のモノなどが含まれる。

こうした複層化されたデジタルツインのレイヤーを考えたときに、行政が主に担うべきはデジタルツインのプラットフォームの構築に加え、「基盤となるデータセットの面的な整備」、「公的情報を中心とするマクロデータの整備」、「マクロ・セミマクロ・ミクロデータを持つプレイヤーへの働きかけ」になるだろう。

上で見たように、複層化する上では対象エリアを定義するとともに、そこでの座標軸やデータ連携の方法を、ベースレジストリとして整備することが必要不可欠である。ここが整備されていないままで、様々なステークホルダーの持つデータセットを統合することはできない。 また、行政自身が主導したマクロデータの整備にも取り組んでいく必要がある。初期段階では既に行政が持つデータの公開から着手し、徐々にデータを拡充していくことが望ましい。特に、民間に任せては整備が進まないデータセットを見極めて、優先順位をつけながらデータ整備に取り組むことが求められる。

最後に、マクロ・セミミクロ・ミクロのデータを持つプレイヤーへの働きかけだ。ここでの働きかけの中には、データの公開に留まらず、新たな整備を働きかけることも含まれる。これらのプレイヤーに対して、情報発信、直接的な営業を行うとともに、データ公開へのインセンティブ設計を図ることが必要だ。インセンティブは金銭的なものに限らない。

通常ユーザーとは別に、データ提供者に限定的な形でなんらかの機能を提供することや、民間企業が自ら整備することが投資対効果の観点から難しい基盤部分を充実させることで、民間企業との相互にメリットをもたらされるようができるだろう。

​榎原 洋​

​アクセンチュア株式会社
公共サービス・医療健康本部
マネジング・ディレクター​


佐藤 平太郎

​アクセンチュア株式会社
戦略コンサルティング本部
シニア・マネジャー​


​江頭 由佳

​アクセンチュア株式会社
戦略コンサルティング本部
アナリスト​​

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