「デジタルツイン」と都市

2020年1月7日~10日にかけて米ラスベガスにて開催された世界的な展示会CES2020において、大きな注目を集めたのがトヨタ自動車の代表取締役社長・豊田章男氏によるスピーチ1 と、そこで語られた未来の実証都市「Woven City」2 だ。2020年末に閉鎖が予定されている静岡県裾野市の工場跡地(約70万平方メートル)を利用して、人々が生活するリアルフィールドにおいて、実証を行う環境を構築するという大規模な構想である。このスピーチの中で、語られたキーワードの一つが「デジタルツイン」だ。

デジタルツインとは、リアルの対象物と対になる「双子(ツイン)」をバーチャル空間上に構築し、モニタリングやシミュレーションなどに用いるものである。
もともとデジタルツインのコンセプトは製造業などにおいて、検討や実証、実装が先行していた。
代表的な例として、米ゼネラル・エレクトリック(GE)の発電用タービンや航空エンジンを対象としたデジタルツインの取組3があげられる。GEは航空エンジンの3D図面と、機器に設置された大量のセンサーから得られる情報をもとに、バーチャル空間上に実際にエンジンがどのように稼働しているか、どのような環境にあるかを収集・解析している。これらのデータは、メンテナンスタイミングの最適化、トラブルの事前予兆の検知などに活用することができ、これにより同社は製品売り切りのモデルからアフターマーケットでのサービスモデルへとビジネスを拡張することに成功している。

製造業の中でもより大規模な実装例として、工場のデジタルツインなども議論が進んでいる。例えば、工場のラインや機器から得られる最新・リアルタイムの情報をもとに、工場全体をバーチャル空間に再現し、保守・点検の最適化、配置見直し、また遠隔地での設備の設計・製造などに活用するユースケースがある。

こうしたコンセプトを都市のスケールにまで拡張しようという試みが、都市の「デジタルツイン」だ。 3Dマップなど都市の地理空間データ上に、様々なインフラに設置されたセンサー端末を通じて取得できる情報を重ねあわせ、バーチャル空間上に都市全体の姿を、そのままツインとして再現することを目指している。

世界に目を向けてみると、シンガポールでは、「バーチャルシンガポール」構想4として、早くから都市のデジタルツインプラットフォームの開発へ7,300万シンガポールドル(約60億円)を投資することを表明し、開発を進めている。日本国内でも、国土交通省が「国土交通データプラットフォーム整備計画」5において、デジタルツインの構築を目指している。また、民間企業独自の動きでは、大成建設が仏ダッソー・システムズのプラットフォームを活用して、銀座エリアのバーチャル都市モデルを開発していることが公表されている6

冒頭に取り上げたトヨタ自動車による構想も含めて、様々な動きが国内外、官民双方において見られる一方で、それぞれの組織が目指す、都市のデジタルツインの姿は大きく異なるのが実態だ。そこで本稿では、都市の「デジタルツイン」とは何を指すか、どのような可能性を秘めているかを議論したい。

都市のデジタルツインの構成要素

バーチャル空間に再現されるツインのインプットは、大きく3つに区分される。

1つ目が「リアルタイムデータ」だ。これはリアル空間に設置されたセンサー端末などから得られる動的データや、その断面で最新の静的データを指す。2つ目として、リアルタイムデータを蓄積することで得られる「時系列データ」も、過去の傾向や因果関係の分析などに活用する重要なインプットとなる。3つ目は実際のリアル空間とは異なる「仮想条件」であり、リアル空間とは異なる状況下の分析・予測などに必要となる、操作可能なインプットだ。

具体的にインプットとなるデータの種類は利用の用途に応じて、様々なものが含まれうる。事実、前述した各地の取組においても、ツインに再現される情報はそれぞれ異なるが、その中でも共通的に導入が検討されている項目をカテゴリとして指摘することができる。例えば、バーチャル空間におけるツインを再現する基盤となる地理空間データ(都市の3Dマップや施設・設備の図面)、GPS情報やカメラなどより取得できる人流データ、公共交通機関などの時刻表・車両位置を含む交通データ、天気や温度・湿度などの気象・環境データなどが該当する。

こうした情報を用いて構築されたデジタルツインが提供する機能は大きく、「モニタリング」、「分析・シミュレーション」、「フィードバック」に分けることができる。
モニタリングとは、リアル空間から得られたデータをもとに、バーチャル空間上に再現されたツインを通じて、リアルの状況を可視化・監視するものである。2つ目の分析・シミュレーションは、様々な情報や仮想条件のもとで、リアル空間がどのように変化するか分析、シミュレーションを加えるものである。

これらの機能だけでも様々な利用価値があると考えられるが、更に大きな価値をもたらしうる機能として、3つ目のフィードバック機能がある。これはモニタリング、分析・シミュレーションの結果を踏まえて、都市のインフラや設備の自動制御、人の行動変容の促進などを通じ、再度、リアル空間に対して直接的・間接的に働きかける機能を指す。社会インフラがIoTにより制御されるデジタル時代には、デジタルツインを通じてバーチャル空間での判断をもとに、自動的に都市の運用がなされるかもしれない。

製造業におけるユースケース例であれば、これらの3つの機能はそれぞれ、稼働状況や機器の故障などの「モニタリング」、故障リスクやレイアウト変更による影響の「分析・シミュレーション」、機械の自動制御やメンテナンス計画の最適化などを通じたリアル空間への「フィードバック」などに、デジタルツインが活用できると議論されていたが、これらのものはそのまま都市にも応用できるはずだ。

これらの機能区分をどこまで実現するかによって、デジタルツインの構築に求められる要素は異なる。モニタリングに特化したデジタルツインであれば、データのインプットを収集・集約する機能、データの蓄積・加工を行う機能、それらのデータを表現する機能だけで完結するだろう。
一方、分析・シミュレーション、フィードバックまでをデジタルツイン上に実装するのであれば、それぞれの機能を追加的に組み込んでいくことが求められる。

デジタルツインを巡っては、従来のデジタルテクノロジーを活用した監視との違いが分かりにくいという声も聞かれる。
例えば、各地の道路管制センターでは、以前からカメラや気象観測機器、非常電話などから得られる情報をもとに、管制センターから遠隔で事故や交通渋滞などを把握、緊急車両・工事の手配、道路情報板などでの情報発信を行っている。また、警察や消防、航空などでも類似の取組がある。

こうした取組は一部、デジタルツインと重複する部分があるが、ここまでに見てきたような都市のデジタルツインを構成する要素と見比べると、違いが見えてくる。
1つ目の大きな違いが、インプットである。従来の監視システムはリアルタイムデータの活用が中心であったが、デジタルツインでは時系列データ・仮想条件も重要なインプットとなる。2つ目の違いはその活用面であり、従来のものがモニタリングを主たる目的としていたのに対して、デジタルツインでは分析・シミュレーション、フィードバックが重要なユースケースとなる。

都市のデジタルツインがもたらす価値

冒頭に製造業におけるデジタルツインのユースケース例をご紹介した。都市のデジタルツインでは、どのようなユースケースが考えられるだろうか。

例えば、台風や大雨などの災害時には、河川水位・治水設備の稼働状況、孤立地帯、避難施設の収容状況などのモニタリングが考えられる。こうしたデータを踏まえて、堤防の決壊リスクの分析や決壊時の人的・社会的被害のシミュレーション、避難施設や災害時物資の過不足の分析などが行える。また、これらのモニタリング、分析・シミュレーションの結果をもとに、治水設備の自動制御、避難の呼びかけ、避難ルート・移動手段の確保、災害時物資の確保・輸送など、オンライン/オフラインの手段を通じて、リアル空間へのフィードバックまで実現しうる。

先の道路管制センターの場合であれば、デジタルツインを利用することで、オリンピック・パラリンピックなどの大規模イベントや道路工事に伴う交通規制などにおける交通需要の変化の影響を予め、精緻にかつ目に目得る形で表現し、対策を練り、演習に活用することができるようになるかもしれない。同時に個人に対しては、代替ルートの提案などがデジタルツインにより、実際の状況を踏まえた形で実現することができる。道路で事故が発生した場合には、その事故情報をもとに周囲のインフラや交通・人流などのデータをインプットに懸念される影響・リスクをシミュレーションして、より適切な情報発信や処置ができるようになるかもしれない。また、将来的には事故発生時にも緊急車両が到着するよりも先に、サイバー空間からのフィードバックをもとに自動でドローンや小型ロボットが現地に急行して、処置にあたるといったユースケースも考えられる。

こうした行政サービスにおけるデジタルツインの活用は、市民の生活の質向上に直結するだけではない。データによる意思決定がなされることは、行政機関において必要性が叫ばれているEBPM(Evidence based Policy Making: 証拠に基づく政策立案)の動きとも符合する。また、行政の意思決定、執行プロセスが自動化・簡素化することで、行政機関の生産性改善も期待される。

加えて、都市のデジタルツインが民間にも開放されれば、民間企業のビジネスの生産性改善や研究開発の推進においても、大きな価値がもたらされる可能性がある。
例えば、シンガポール政府による「バーチャルシンガポール」では、構築した基盤を通じて太陽光パネル設置時の発電量のシミュレーションなどが民間企業により利用されることを想定している。これにより、太陽光パネル設置による投資対効果の事前検証が行えたり、より発電量が大きいと予想される建設物・敷地のオーナーに営業を集中させたりすることが実現し、企業の生産性向上が期待される。

また、都市のデジタルツインといった形でこれまで表現されていなかったものの、サイバー空間が研究開発目的で利用されている例として、3D地図や仮想の道路上での自動運転の走行実験があげられる。米アルファベット傘下で自動運転車両の開発を行うWaymoの場合、公道での走行試験や都市を模した大規模な専有地での実証実験に加えて、バーチャル空間上での走行テストを開始している。報道によれば、同社の公道での実験走行が1,600万kmに及ぶ 一方で、バーチャル空間上での自動運転車の走行試験距離は100億kmにも達する8とされている。このように自動運転の研究開発にバーチャル空間を活用する動きは、BMW、トヨタなどのOEMメーカー、Amazonなどのテクノロジー企業にも広がっている9
もちろん、民間企業だけでなく、NPOや大学、個人などの社会の幅広いステークホルダーにおいても、様々なユースケースが考えられる。

こうした大きな潜在的価値を持つ都市のデジタルツインの構築は、これから本格的に国や自治体、企業によって進展することが期待される。
こうした世界観の実現する上で、行政機関の果たす役割は極めて重要である。

都市のデジタルツインはある程度の規模のエリアが面的に包含される形で構築することが求められるが、そのためには道路・公園などの公共空間の利用や、プライバシーの配慮などが重要になるからだ。加えて、民間企業がデジタルツインを整備する場合、競合する企業同士がそれぞれ同じ対象空間のデジタルツインを整備することになりかねない。これでは投資としても非効率なものになってしまう。
一方で全てのデータやシステム、仕組みを行政機関が整備する必要もない。民間が既に収集・構築している、または整備の知見・技術がある要素については、民間の主体ともうまく協業しながら、整備を進めていくことが有効になる。

これらの点を踏まえ、都市のデジタルツイン実装に向けて、まず行政機関に求められるのは、行政機関自体におけるユースケースを深堀するとともに、旗振り役として方向性の提示、民間プレイヤーの巻き込みを図ることだろう。

1 トヨタ自動車株式会社 グローバルニュースルーム 「CES 2020 トヨタプレスカンファレンス 豊田章男スピーチ」

2 トヨタ自動車株式会社 グローバルニュースルーム 「トヨタ、『コネクティッド・シティ』プロジェクトをCESで発表」

3 GE Research | Digital Twin Creation

4 National Research Foundation Singapore 「Virtual Singapore」

5 国土交通省 報道発表資料:「国土交通データプラットフォーム整備計画(原案)」に対する意見募集を行います

6 ダッソー・システムズ株式会社 公式ブログ 「【プレスリリース】大成建設がバーチャル都市のために ダッソー・システムズの 3DEXPERIENCEプラットフォームを採用」

7 TechChrunch Japan 「Waymoが自動運転車のテスト走行で1000万マイルを達成」(数字は2019年10月10日時点)

8 Engaget 「Waymo's self-driving system has driven 10 billion virtual miles」(数字は2019年7月10日時点)

9 The Road to Autonomous Driving | BMW.com TechCrunch 「Toyota doubles down on Nvidia tech for self-driving cars」 THE VERGE 「Amazon is creating detailed 3D models of suburbia to train its new delivery robots」

​榎原 洋​

​アクセンチュア株式会社
公共サービス・医療健康本部
マネジング・ディレクター​


佐藤 平太郎

​アクセンチュア株式会社
戦略コンサルティング本部
シニア・マネジャー​


​江頭 由佳

​アクセンチュア株式会社
戦略コンサルティング本部
アナリスト​​

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