デジタルテクノロジーの進化は、産業の川上に位置する化学・素材業界においても大きなインパクトをもたらしつつあります。化学・素材分野のデジタル活用においては海外企業が先行しているのが現状ですが、昨今では日本においてもデジタルに関心を持つ企業が増えてきました。今回は、「化学・素材業界におけるデジタル変革の潮流」とというタイトルで開催された講演の内容をご紹介いたします。

テクノロジーが既存の業界地図を塗り替える

デジタル技術の進化は、化学・素材業界に大きな変化をもたらしています。特に、データ量の急増、高速通信・マシンパワーの増大、分析技術の進化、ロボティクスの進化がめざましく、これらの技術進化・汎用化は化学・素材業界のビジネスモデルや事業ドメインにも影響を与えています。
こうした技術障壁の低下にともない、データがあれば誰でも付加価値を生みだし得る時代となりつつあり、従来は商流の川下に位置していたユーザーやサービスサイドの企業も、求められるサービスを提供するため、それを可能にするべく最終製品や素材そのものにアクセスする流れが起こっています。

一例として、MaaS(Mobility as a Service)という概念も生まれている自動車業界では、自動運転やコネクテッドカー、シェアリングエコノミーの文脈において、移動サービスのプラットフォーマーとなるべく、自動車メーカーやサービスサイドの企業が互いに提携もしくは競争していますが、さらに川上の化学・素材業界に目をやると、豊富な資金力を持つGAFA系企業が素材開発に進出し、トヨタやサムスンが電池材料の開発に着手するなど、川下のメーカーやサービスサイドの企業の川上進出がさまざまな場所で起こっています。どのプレーヤーが覇権を握ることになるのか、まだ先行きは見えません。

熾烈な覇権争いの中、化学・素材業界においては、先んじてユーザーニーズをクイックに具現化する目的で、サービスサイドの企業と協力してUXスタジオを立ち上げる企業も続々と生まれており、さらに開発スピードを従来の10倍〜100倍へと引き上げるべくマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を活用する企業なども現れてきています。

組織自体を変革する動きが加速中

こうした変化やスピード感に対応するため、グローバル企業では組織や働き方を抜本的に改革する動きも加速しています。
従来は機能軸による縦割り組織、緻密なウォーターフォール型のモノづくり、対面顧客のニーズ起点といった組織のあり方が主流でしたが、グローバル企業が向かう先は、組織横断型、失敗を許容するアジャイル型、川下ユーザーのニーズ起点です。例えば、BtoBtoCビジネスにおいて対面顧客を大きく飛び越えて、自ら最終ユーザートレンドを読もうとする化学・素材企業など、川下のユーザーニーズを把握し、製品開発や販売につなげようとする動きもあります。

また、若い企業だからこそ実現できた事例ではありますが、ある素材開発メーカーでは新製品開発の上市スピードを高速化させるため、開発スキームを大きく変革しました。R&Dから購買、生産、販売に至るすべてのプロセスにおいて開発権限と責任を持つ「開発オーナー」を設置しています。開発オーナーはすべての情報のアクセス権を持ち、柔軟に人員を入れ替えながらアジャイルでの開発を推進します。技術検証の段階から市場性の評価を行い、開発に必要なリソースは外部からも積極的に調達したうえで、最終的な売上にまでコミットします。その結果、通常は1〜2年かかる開発期間を数ヶ月に短縮することに成功しました。

続けて、失敗を許容する文化という観点で例示されたのは、欧州の某化学・素材メーカーです。同社では、従来とまったく異なる価値観や働き方を作り上げるため、社内人材を集めてデジタルトランスフォーメーションに特化した子会社を設立し、抜本的に新しい評価体系まで導入を進めています。これは多くの企業が取り組みやすい例のひとつだといえるでしょう。

また別の化学・素材メーカーでは、素材加工に特化した「UXスタジオ型」のR&Dイノベーションセンターを立ち上げ、CADや3Dプリンタなど試作に必要な設備や専門家を置くことで、アイデアの想起からプロトタイプ作成までを数日で実現するケースも出ています。

デジタルSCMでサプライチェーン全体の最適化を図る

ここからは、3つのテーマに分けてデジタルを活用した各サプライチェーンにおける取り組み事例を紹介します。

・サプライチェーンの効率化

最初のテーマは「サプライチェーンの効率化」。デジタル技術をフル活用し、サプライチェーンを一気通貫で情報連携することにより、調達、生産、物流、販売の地域をまたいだ最適配置を可能にするものです。

例えば、某グローバル化学・素材企業では予算、調達計画、実績データを統合して一元管理できるデータベースを構築することで、生産・加工、在庫・配送、販売価格など、各サプライチェーンにおいて効率化を実現しています。結果、納期遵守率は90%に改善、在庫回転日数は25%減、生産から配送までのリードタイムは20%短縮などの成果が生まれました。
特に最近の欧米企業の動きとしては、サプライチェーン全体の最適化を図るため、グローバルプラットフォームを軸に一気通貫で管理する「サプライチェーンコントロールタワー」の整備に取り組む企業が多くあります。
コントロールタワーでデータが十分に蓄積されれば、やがてはAI解析によって意思決定を半自動化することも可能になります。ただし、ほとんどの企業が目指しているのは、完全自動化ではなく半自動化であり、AIはあくまでも人間の意思決定をサポートするもの、という考え方が現在の主流です。

・デジタルR&Dで新規開発テーマを探索

次のテーマは、データドリブンで開発テーマを探索・事業化する「デジタルR&D」。社内外の膨大な情報をデジタル化してAI解析などを行うことで、新規開発テーマを発掘し、上市スピードを超短縮化します。 新規開発テーマ発掘のPoCアプローチ例としては、テキストマイニングを活用して論文やニュース情報から市場のトレンドなどを分析し、技術キーワードとの組み合わせによって潜在的な展開余地が見込める組み合わせをリストアップするというものです。実例として、論文などの査読スピードを100倍に効率化、新規テーマにつながる文書を10以上発掘するなどの成果をあげています。研究員の働き方改革という文脈でも意義のある取り組みです。
その他、新規化合物のレシピ探索への応用、顧客の生産プロセスに最適な新製品の開発といった事例も生まれています。また、グローバルの部品開発メーカーでは、高度シミュレーション技術を活用することで試作品の開発スピードを短縮し、顧客とのコミュニケーションを高頻度化することで受注確度を高め、ブランディング向上も同時に実現しています。

・顧客との接点、コミュニケーションのデジタル化

3つ目のテーマは、ウェブサイト活用による「顧客接点のデジタル化」です。従来の化学・素材企業のウェブサイトは、製品カタログをそのままウェブ化したような「ライブラリ型」のサイトが多く存在しました。しかし、これからのウェブサイトは営業プロセスの一部を担う「Web as a Sales Person型」に移行していきます。
今後はウェブサイトを通じ、顧客の興味を可視化することで、新製品の開発に活用していくことになります。例えば、展示会などの場で出会った潜在顧客がウェブサイトを訪問し、誰が、どの技術・製品の情報を見ているかをツールで分析することで、潜在的な顧客ニーズを営業工数をかけることなく、掘り起こすことが可能になります。
グローバル化学・素材の先進企業では自社でプラットフォームを立ち上げ、ECサイトによる営業の自動化に始まり、SCM・生産ライン自動化までをプラットフォーム化しています。今後はプラットフォームを他社向けにオープン化することも想定しており、BtoBのAmazon型ビジネスモデルへの転換を図っていこうとしています。

日本の化学・素材企業がデジタル変革を推進するには

これまでの多くのご支援に基づく当社知見から、ここまで述べてきたデジタルSCMで特に大きな効果が認められるのは、セールス&マーケティング、プラント、サプライチェーンの3つの領域ですが、その裏にあるのは一気通貫のデータ分析基盤と標準化されたオペレーションです。製造、販売、調達など、それぞれのデータを横串でつなぐことが必要になります。
10年前であれば、デジタルへの投資が競争力の源泉に直結しづらかったのですが、AI解析やデータサイエンスの発展によって、デジタルがオペレーション全体を大幅に効率化・高度化する動きにまで昇華しています。欧米の先進企業は、早くからERPなどの基盤構築に先行投資・推進を行ってきたため、デジタルSCMの土壌が既に整っているというアドバンテージがあります。

一方、日本企業はデータ整備に取り組み始めた段階です。さらに、匠の技をデジタルに置き換えるような個別の取り組みが多いのですが、それだけでは横串でデータをつなげる大きな成果は生まれにくいといえます。本当に効果が出るポイントで、効果が出ることを行うべきでしょう。
具体的には、変革の道標を戦略的に立てること、取り組むべき変革に資するテーマを見極めること、組織自体を全社で抜本的に変革していくこと、テクノロジーとビジネスの整合性を常に取ること、投資の効果をしっかりトラックして適切なアクションを取ること、などが必要です。
デジタル活用において日本企業の取り組みは遅れている現状ではありますが、各社が保有するユニークな素材力の高さは依然大きな強みであり、これからの投資と変革次第では遅れを取り戻すだけでなく、大きく追い越すことも不可能ではないでしょう。

日本の化学・素材企業がデジタル変革を推進するには

デジタル変革における失敗例と成功の要諦

田中耕平

アクセンチュア株式会社 素材・エネルギー本部 マネジング・ディレクター


前田琢磨

アクセンチュア株式会社素材・エネルギー本部シニア・マネジャー

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