自動車産業のDXを阻む "問題の本質"【後編】
2021/03/03
2021/03/03
さて、ここまで見てきた日本企業の問題点や克服課題、留意点をもとに、わが国の自動車メーカーは具体的にどのような戦略を立て、なおかつそれをDX推進に結びつけていくべきなのでしょうか。以下で、その4つのヒントをご紹介します。
1.「シリアス」と「カジュアル」を両立させる組織のあり方とは?
日本の自動車メーカーは、人命にかかわる「シリアス領域」=走る・止まる・曲がるためのハード・メカトロや安全技術では、疑いなく世界トップレベルです。しかし、この先のモビリティ市場では、より高度なUX(ユーザーエクスペリエンス)の提供、すなわち新しい車の楽しみ方や活用提案といったソフト人材中心の「カジュアル領域」が、ますます強く求められてきます。ここで問題となるのは、これら2つの領域がまったく相反する性格だという点です。
まず「シリアス領域」は、1.失敗の許されない計画重視の文化 2.減点方式の評価 3.多重の承認系統を要する意思決定4.変更は慎重かつ時間をかける世界。
一方「カジュアル領域」は、1.スピード重視 2.失敗は成功へのステップという文化 3.加点方式の評価 4.シンプルで迅速な意思決定 5.顧客の要望や技術変化にはアジャイルに対応など、どれをとっても正反対の世界です。
この2つの世界では、求められる人材のマインドやスキル、そしてガバナンスも大きく異なってきます。この先、日本の自動車メーカーがグローバル市場で生き残っていくには、一つの企業組織や自動車という製品、さらにはディスプレイのような一つの部品の中にすら、この2つの世界を共存させるための組織づくりや人材づくりが求められてくるのです。
もともと自動車は「シリアス領域」の製品です。3万点の部品を組み合わせながら、厳しい使用環境に長時間耐える複雑で重厚長大な製品を、高い生産技術によって供給する。とうてい、シリコンバレー流は受け入れがたい文化です。DXだからと言って、そこに無理やりシリコンバレー流を合流させても成立しません。
そこで「シリアス領域」の開発・製造部門は従来通りでも、「カジュアル領域」である新しいUXを開発する部門や新規ビジネスを創出する舞台は、東京や別ロケーション、別文化の傘下に置く。もしくはアイディアが浮かんだらすぐに実行できるよう、社内の承認プロセスを大幅にシンプル化するといった、市場のスピードに負けないアジャイルな組織作りにチャレンジする企業も増えています。
2.機械ができることは機械に任せ、人間にしかできないことに注力する
現代の自動車産業は、100か国以上に販売し、10か国以上で生産するグローバルビジネスです。これらを国境を越えたサプライチェーンで結び、なおかつ高性能・高品質を維持しながら、Just in Timeの生産を実現し、最終的に高い顧客満足を達成する。こうした厳しい環境の下で、正確で迅速な経営判断を達成するには、高度なビジネスインテリジェンスツールの活用が、今後ますます競争優位を獲得する上で重要になってきます。
たとえば「数字主義・即断即決」を掲げるソフトバンクの役員会議では、トップから数字の根拠を尋ねられた役員は、手元の端末からBIツールを使って即答するのが原則です。マイクロソフトやGEなどのグローバル企業でも、そうした経営判断や報告・情報共有の仕組みを構築・活用しています。もし、いまだに海外拠点の売上データをいったんリージョン本社で集約して、それが日本の本社に届くまでに半年かかるような企業があれば、自社と世界のトップ企業のDXとのギャップを今一度自覚する必要があります。
しかし、人間ができることには限界があります。そこで機械ができるところは、生産でのIoT、開発でのPLM(製品ライフサイクル管理)、MBSE(モデルベース システムズ エンジニアリング)などを活用して、最新データ・情報を迅速にそろえる。一方、人間にしかできない高付加価値の領域やコンティージェンシープラン(危機対応計画)の作成や、経営判断・意思決定に集中できる、「人にしかできない大事なことを人が行う」体制の整備がより求められてくるのです。
3.DXの前段階としての「コーポレート・トランスフォーメーション」
DXを実現するには、本稿でここまで述べてきたような「失敗の本質」に学び、インテリジェンスを生かしてそれを克服する必要があります。しかしながら、日本企業が自分たちのベースにある企業文化やガバナンス、判断基準、仕事の進め方の見直しといった変革=コーポレート・トランスポーテーションが不可欠だという認識はまだまだです。この実現には、人材の多様化やリスキル、仕事の規範の変化など、企業とビジネスの根幹に関わる部分の大きな変革が求められてきます。最近発売された「コーポレート・トランスポーテーション---日本の会社を作り替える」(文芸春秋・冨山和彦著)」も、この問題点を明確に指摘しています。
日本の製造業は、人材の「同質性・閉鎖性・固定性」をむしろ利点として、ボトムアップ・コンセンサスでオペレーションの改善に邁進し、企業もそれを優遇する形で発展してきた歴史があります。しかしこの先、デジタル・トランスポーテーションを実現し、それをDX推進に生かすためには「多様性・開放性・流動性」への転換が欠かせません。それには自社の現状を見つめ直し、人材と組織のあり方を厳しく見直していくことが求められてきます。
ようやく日本においてもDXが声高に叫ばれ始め、実際にさまざまな施策に着手している企業も少なくありません。しかし残念ながら、いまだその取り組みが欧米の先進企業の「モノマネ」に終始している感も否めないのが現状です。とりあえずネットワークインフラやシステムを導入して、リモート会議や教育・能力を測定できるようにしても、それはあくまで表面的な取り組みでしかありません。「本質的なDX」とは、まったく次元が異なることを認識すべきです。
では、DXの本質とは何かについて、今回のテーマである「インテリジェンス」という視点から解釈してみましょう。まずDXのベースとなっているのは、以下のような要素です。
今や時代は変わりました。この先の時代にどんなサービスやUXが受け入れられるのか、そこに唯一の正解などありません。社会や人々の要望、ニーズは、企業の想像を超えるスピードで変遷を続けていくからです。ここにキャッチアップしていくには、先ほど挙げたの①~⑤が必須の要件となります。かつてのように人が考え、手を動かしていては追いつけないものを、デジタルの力でインテリジェント化することで追いつき、先取りしていくのです。
最後にもう1つ、もっとも重要な「構想力」と「人材」について触れておきます。というのも、経営層やマネージャーの中には、あたかもDXが最終目的であるかのように考えている方が少なくないからです。そして、デジタルによる情報システムや分析ソリューションを導入すれば、自社のDXが実現するかのように思い込んでしまう。しかし、最新のデジタル機器を導入したからといって、それを使って何をするのでしょう?
DXは壮大な技術の集合体です。しかし、あくまで目標を実現するための手段であり、その目標となるアイディアや市場への想像力は、人間の中からしか生まれてきません。すなわち大義としてのビジョンを掲げ、皆が共感・共鳴し、その達成のために必要な文化や考え方、ガバナンス、組織、運営を常時アップデートすることが土台となります。そして、それができるのはヒトです。真のDXを実現するには、そうした知識と想像力を兼ね備えた人材を集め、必要であれば既存の人材に新しい理論や技術を使いこなせるよう再教育を施していく不断の取り組みが必要です。つまりDXと人材育成は表裏一体であって、同時に別のものとして捉えなくてはならないのです。
経営者の立場にある皆さんは、皆が見つめるべき将来のビジョンを明確化し、本稿でDXの本質を理解したその次は、ぜひ人材育成・教育に目を向けていただきたいと思います。GAFAと呼ばれるプラットフォーマーも、独自のビジョンを掲げ、そのもとに優れた人材を集め、育てることに大きなコストと労力をさいている事実が、DX推進における人材の重要性を物語っています。ご参考までに、下に人材育成のヒントとなる図をご紹介しておきます。
我が国の自動車メーカーにおけるDX推進を目指す皆さんは、本稿で述べてきた「インテリジェンス」「テクノロジー観」、そして「構想力と先駆者的実行」という原点に立ち戻って、これからの活動を進めていただきたいと思います。
真のDXに近道や特効薬はありません。トップからボトムまで、一点の抜けもなく組織と人々の意識を変革していくことが求められています。ぜひこの変革の王道を、強い意志と決意をもって進んでいかれることを願っています。