2019年11月、SAPジャパンとアクセンチュアはエグゼクティブ向けの共催セミナーを開催しました。

会場は「SAP Experience Center Tokyo」。SAPがお客様やパートナー企業とともにデジタル変革を推進するための「共創イノベーション施設」と位置付けている最新鋭の環境です。これからの日本企業が「いかにしてインテリジェント・エンタープライズへの変革を実現していくか」について、SAP及びSAP S/4HANAの活用事例紹介を交えて議論された本イベントの模様をダイジェストでご紹介します。

【第1部】SAP S/4HANAの第一人者が登壇。SAP S/4HANA活用の最新事例

オープニングに登壇したのは、SAPジャパンの森川 衡氏。

森川氏はイベントの開幕として「今日のデジタル技術は顧客や消費者の趣味嗜好・行動データの的確な取り込みを可能にし、ビジネスの高度化を支援するソリューションを実現しています」と語り、デジタルトランスフォーメーションについて現況を解説しました。

森川 衡 氏 SAP ジャパン株式会社 バイスプレジデント ソリューション統括本部⻑ 兼 インダストリーバリューエンジニアリング統括本部長

続く講演セッションのタイトルは「SAPシステムおよびオープンソース/マルチクラウドを活用した SAP HANA プラットフォーム、SAP S/4HANAへの移行。デジタル・デカップリングによるインテリジェント・エンタープライズの実現に向けたクラウド移行」。登壇者はアクセンチュアにおけるSAP HANA領域の第一人者、アレクサンダー・ザイヤーです。

アレクサンダー・ザイヤー Alexander Zeier SAP HANA共同設計者 アクセンチュア SAPビジネスグループ チーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)
[略歴]SAP ビジネスグループのチーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)、インメモリ・ソリューションのグローバルマネジング・ディレクター、およびアクセンチュアイノベーションセンター for SAP HANA&グローバルHANA CoE(Center of Excellence)のディレクター。
SAP HANAの共同設計者であり、インメモリ技術とアプリケーションに関する多くの特許の共同発明者。2009年よりマサチューセッツ工科大学客員教授に就任、2013年よりドイツ・マクデブルク大学コンピュータサイエンス学部教授に就任。

「現代社会を一言で表すと『著しい変化が現在進行形で起きている時代』です。その変化ゆえに『現代は面白い時代だ』ともいえるでしょう」と、ザイヤーは開口一番に強調しました。

「私はこれまで、数百社以上のお客様のデジタル変革をご支援してきました。こうした実装のお手伝いを通じて得た、様々なデジタル・デカップリングの経験やアナリティクス/機械学習の最新事例・成果をお伝えします」(ザイヤー)

ザイヤーは、お客様のイノベーション創出のために設立されたアクセンチュアの専門施設でSAP HANA及びSAP S/4HANAのインプリメンテーションのリードを担当しています。現在では、お客様企業の総計数十万人以上の方々がSAP HANA 及びSAP S/4HANAのテクノロジーを日常的に活用しているほか、戦略立案からコンサルティング、スケーラブルなシステムの構築まで幅広いビジネス変革を推進しています。

ザイヤーが「共同開発者」としてSAP HANAの開発に参画したのは2006年。アクセンチュアは、SAPと共にインダストリー・ソリューションを開発する唯一のパートナー企業として、あらゆる業種・業界のお客様をご支援してきました。

その中でも、SAP HANAの特性を十分に生かした、SAP S/4HANAの誕生はSAPの歴史の中でも特に大きな変化の1つだといえるでしょう。クラウドインフラの上にデジタルプラットフォームを搭載し、さらに機械学習などのサービスやソリューションを実装する仕組みが整っていることから、「SAP S/4HANAは世界中で期待と関心を集めています」とザイヤーは語ります。

「かつて、ビジネスでデータを活用するには膨大な種類のデータテーブルを参照する必要がありました。しかしSAP S/4HANAの登場によって、1つのテーブルを参照するだけでよくなり、かつインベントリ管理も非常にシンプルになりました」(ザイヤー)

経営者が期待するROIの観点でも、ランニングコスト低減などの財務的メリットのほか、メンテナンスの容易化やシステム運用の柔軟性向上などによってSAP S/4HANAは2年程度で投資を回収可能だとザイヤーは強調します。

同時に、マイクロサービスの活用を含むシステム全体のモダナイズによって拡張性も向上します。たとえば、従来はカスタムコードなどをエンコードしておく準備を必要としましたが、SAP S/4HANAとSAP Cloud Platformを活用する事で、ステップ・バイ・ステップでのコーディングと最新化が可能です。また他のERPやWorkdayなどのソリューションとの連携もシンプルに実行できます。

  • あるグローバル化学企業での事例:16万行におよぶカスタムオブジェクトのコードを抱えていたこの企業では、基幹システムをSAP S/4HANAで構成し直したところ、8000のオブジェクトへの集約に成功しました。開発期間は従来よりも短く、業務部門からの要望への対応も達成しました。

「これがSAP S/4HANAの力であり、モダナイゼーションの効果です。SAP S/4HANAではビジネスケースに基づいてコンポーネントを選択できることもメリットです」(ザイヤー)

  • あるドイツのガス会社の事例:この大手ガス関連企業では、SAP S/4HANAの高速なレスポンス性能を高く評価しています。
  • シーメンスの事例:同社では従来から経営の意思決定にデータを活用してきましたが、SAP S/4HANAは経営層が求める迅速なデータ提供の実現をしています。
  • ユニリーバの事例:同社はSAP S/4HANAへのトランスフォーメーションとデジタル・デカップリングを行い、アジャイルな環境を実現しました。レガシーとなった資産の95%をデコミッションしてPaaSへの移行も実施したことで、システムの稼働率は99.96%を達成しています。
  • バンク・オブ・アメリカの事例:レガシー化した巨大なデータウェアハウスを運用していた同銀行では、分析基盤の再構築とマイグレーションを進める一方で、ビッグデータの活用方法を模索していました。バンク・オブ・アメリカでは現在、「カスタマーエクスペリエンスの分析結果から知見を得て、経営の意思決定を行う」というデータドリブン経営へと、方針転換を進めています。
  • ウォルマート事例:世界最大級の流通小売企業であるウォルマートは、保持している膨大な量のデータセットをマルチコア化された巨大システムを用いて秒単位で処理しています。具体的には、SAP HANAの活用によるデータ分析、レポーティング、予測、フォーキャスティングを行なっています。

効果的なSAP S/4HANA導入を実現する要諦――ロードマップ策定と積極的なインフラ投資

SAPは2019年に製造ライン向けプログラムの提供を開始し、SAP S/4HANAへの組み込みを完了しました。これによりお客様はアクセンチュアと共に「的確な移行ロードマップ」を描くことができるだけでなく、グリーンフィールド(新規導入)へのインフラ投資を積極的に進めることで、早期回収も実現可能になっています。

その一例として、NASA(米国航空宇宙局)やダイムラー、FitBitなど業種・業界を問わない幅広い企業が、SAP S/4HANAを活用した効果的な事業成長を達成しています。

「これらの企業における成功要因は、『クラウド戦略へ踏み出す』という経営層の強い意思決定と実行力にあります。グリーンフィールド(新規導入)で着手する企業が多数派ですが、近年ではブラウンフィールド(テクニカルバージョンアップ)で取り組んで成功する企業も増えています。」(ザイヤー)

アクセンチュアのSAP S/4HANA関連サービスはマーケット分析アナリストからも高く評価されており、グローバルにおけるトップレベルのサービスプロバイダーとして位置付けられています。

昨今は、SAP S/4HANAの日本国内事例も増えています。アクセンチュアはデジタル化推進のパートナーとして、お客様企業の潜在能力を引き出し、デカップリング実現をご支援いたします。ザイヤーはこのように語り、講演を締めくくりました。

【第2部】日本企業がインテリジェント・エンタープライズへの変革を実現するための要諦――SAP ソリューションのキーパーソンによるディスカッション

セミナーの後半では、日本のビジネスシーンとSAPの最前線を知り抜いている有識者3名によるパネルディスカッションが実施されました。

登壇者
シュネード・カイヤ氏
(Sinead Kaiya)
SAP Labs Japan マネージングディレクター 、SAP アジア太平洋・日本地域イノベーション部門責任者

森川 衡 氏
SAP ジャパン株式会社 バイスプレジデント、ソリューション統括本部⻑ 兼インダストリーバリューエンジニアリング統括本部長

アレクサンダー・ザイヤー(Alexander Zeier)
アクセンチュア SAP ビジネスグループ チーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO))

このパネルでは、「日本企業がインテリジェント・エンタープライズへの変革を実現するための要諦」をテーマに、以下の3点をアジェンダとして議論されました。

  1. インテリジェント・エンタープライズとは
  2. 先進的事例の紹介
  3. インテリジェント・エンタープライズを実現する上での要諦

左から シュネード・カイヤ氏、森川 衡 氏、アレクサンダー・ザイヤー

「インテリジェント・エンタープライズ」とは

――「インテリジェント・エンタープライズ」とはどのような企業や組織なのか、概念からご説明ください。

カイヤ氏 インテリジェント・エンタープライズは2つの要素で成り立っています。1つは統合(インテグレーション)。もう1つはイノベーションです。

インテリジェント・エンタープライズにおける「統合されたシステム」とは、エンド・ツー・エンドで機能するシステムを意味します。もちろんデータベースも統合された単一のもので運用されます。同時に、領域がデジタルであれ、クラウドであれ、共通化されたプラットフォームを基盤として展開します。

2つ目のイノベーションには、「統合だけでなく、アジャイルかつフレキシブルな展開が必要」という意味が込められています。インテリジェント・エンタープライズのシステムは、SAPシステム同士あるいは非SAPのシステムを含めて連携して動作することが不可欠です。

そして、アクセンチュアをはじめとするパートナー企業とともに新しいアプリケーションを構築し、SAP S/4HANA、SAP Cloud Platformへと統合していくことが、インテリジェント・エンタープライズ実現への具体的なステップです。

森川氏 一昨年頃からSAPの製品群にインテリジェンスを組み込んでいくという話を聞いていましたが、実は営業現場では腹落ちしていませんでした。「他社もAIやブロックチェーン、アナリティクスを推進している中で、SAPはなぜ統合とイノベーションなのか?」というわけです。

カイヤ氏 私たちは「インテリジェント・テクノロジーそのものが価値なのではない」と考えています。真の価値は、ビジネスバリューを生むことです。たとえばサプライチェーンにおいては透明性とトレーサビリティが不可欠です。ブロックチェーンはこの課題に対応できる技術ですが、技術だけが存在するのではなく、ビジネスとしっかり結びつくことが重要だといえます。

森川氏 お客様へ製品を提案する立場としても、最近は先端テクノロジーがサービスや製品、つまりビジネスに溶け込んできていることを強く感じます。インテリジェント・エンタープライズにおいて「主役」は私たち自身。つまり「人」です。テクノロジーが主役なのではありません。人の仕事をいかに最適化していくかが重要な観点です。

ザイヤー おっしゃる通りです。「目的」はビジネス価値の獲得にあります。SAP S/4HANAはその目的の達成に貢献するテクノロジーを組み込むためのコア基盤であり、その本質は超高速の処理能力。SAP S/4HANAはこの能力によって、数々のイノベーティブな企業のCEOやCIOのアジェンダの解決に寄与しています。

加えていえば、SAP S/4HANAは、オープンなインターフェースでインテリジェント・システムを構築できる点も特徴です。あるお客様企業では、SAPのビジネスプロセスを取り入れながら自社の強み・差別化ポイントを強化したことで、サービスのスマート化に成功しました。結果的にこのお客様は飛躍的成長を遂げた成功企業となりました。

カイヤ氏 オープン性は現在のSAPにおける重要なキーワードです。かつてのSAPシステムはクローズドでしたが、現在はオープン化していますし、オープンソースも利用しています。利用するクラウドインフラも特定のベンダーでなければならないということはありません。

ザイヤー SAP自身も現在はオープンな組織を志向していますね。お客様企業における働き方も変化しつつあります。従来のような「バラバラの組織運営」では、ディスラプティブなビジネス環境では生き残れません。IT部門とユーザー部門が相互に協力しあい、助け合いながら1つのプラットフォームを使うことでビジネスがスケールする時代です。

森川氏 そうですね。近年、特定のベンダーのシステムやソリューションに縛られないことの重要性が増しています。また、データの流量をコントロールすることでクラウドインフラにかかるコストを管理することもできます。

日本にもある、SAP S/4HANAを活用する先進的な事例

――事例をぜひご紹介いただけますでしょうか。

森川氏 海外の先進事例は先ほどの講演でザイヤーさんがご説明くださったとおりです。

一方、日本国内はどうでしょうか。しばしば「日本企業にはデジタルトランスフォーメーションはできない」とか「日本は継続的改善が得意だが、イノベーティブな抜本的改革は苦手だ」という意見を耳にします。本当でしょうか? BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)に取り組んだ頃を振り返ってみてください。当時も日本人にBPRはできないと言われましたが、実際のところ「BPRは1回で成功するものではなく、トライアルを重ねていくことが重要」と知られてくると、「それは継続的改善そのものではないか」と言われて広まります。1980年代のシックス・シグマにおいても同様でした。

ビジネスの成長性をより高めていくには、自社の経営戦略に最適なデジタル技術の実装が求められます。その点で実は日本でも、先進的なデジタルトランスフォーメーションの事例がすでに複数登場しています。日本国内で公開されている事例から3つ、代表的なものをご紹介します。

  • トヨタ自動車
  • トヨタ自動車はSAP S/4HANA及びSAP HANAを全社共通の経理情報基盤として採用しています。プレスリリースには、その核心に触れるコメントがあります。同社の北沢様のお言葉を抜き出します。

    「今回のシステム導入により、今後10年、20年先を見据えたトヨタの全社経理情報基盤の整備が実現します。経理部門は“経営の羅針盤”として、事業の成長戦略策定や潜在リスク、将来リスク管理などに能動的に対応できるようになり、さらに経営者や幅広い事業部門がタイムリーかつ精度の高い経理情報を活用することで、トヨタ全体としても将来の変化に迅速に対応することが可能となると期待しています」

    トヨタ自動車は、日本で最高の時価総額を持つ企業であり、最高益も更新しています。そうした企業が「将来の変化への迅速な対応」を重視し、経理システムをリスク管理の起点の1つとしています。

    昨今の自動車業界には、CASE*に代表される変化の大波が押し寄せています。経営の舵取りを誤らないためにSAP S/4HANA及びSAP HANAを採用し、さらに言えばデジタルトランスフォーメーションを推進していらっしゃると言えます。

    * CASE:Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(シェアリングとサービス)、Electric(電動化)

  • トラスコ中山
  • 現在、SAPユーザーグループの会長はトラスコ中山の取締役 情報システム本部長である数見 篤様が務めておられます。同社は流通企業であると同時に、自社ブランド製品のメーカーでもあります。

    プレスリリースの通り、同社が扱う品目は膨大であるため、取引先企業の「必要なもの」を「必要な数量」、「必要なとき」に届けることが非常に大変です。見積り依頼はデイリーで数万件あり、カスタマイズのニーズにも応えていきます。同社ではテクノロジーを使って仕入先との関係性を強化するポータルを構築したり、IoTとAR技術を使って取引先企業のニーズを先回りしたりして品物を提供するサービス品質を向上させています。

    こうしたトラッキングは、SAP S/4HANAだからこそ実現できている価値です。

  • 三井不動産
  • 経費精算・経費管理の領域で導入したSAP ConcurとSAP S/4HANAを組み合わせていらっしゃいます。ですが経理の領域にとどまらず、経理業務標準化、監査対応強化、改正電子帳簿保存法対応、ペーパーレス化、セキュリティ対応負荷の軽減など、働き方改革につながる文脈も見えています。これらはプレスリリースで公開されている情報です。

    このような文脈でSAPソリューションを採用・導入いただくデジタルトランスフォーメーションの事例が多数誕生しているのが昨今の現状です。

インテリジェント・エンタープライズ実現の要諦

――そうした事例を参考として、自社のインテリジェント・エンタープライズを実現する上での要諦は何でしょうか?

カイヤ氏 まずはビッグ・ピクチャーを描くことです。そのためにはCEOのマインドセットの変革が必要だといえるでしょう。自社が20〜30年後にも存続しているためには、新しいリーダーを育成し、自社を持続的に成長させ、お客様へ新しい価値を継続的に提供する発想が必要です。リレーションシップも、オペレーション改革も、すべてはCEOのマインドセットから始まります。

それがインテリジェント・エンタープライズ実現に不可欠の要素です。

森川氏 かつてのSAPソリューション導入では、「自分たちは昔からこのやり方をしてきた」という現場とIT部門が泥仕合をした末に本稼働するというのがよくあるパターンでした。しかし今は時代の変化を感じます。

お客様が自らの消費者や取引先を視察し、その現場をヒアリングして「お困りごと」を集めます。次に自社内のユーザー部門を顧客として捉え、その部門の課題解決に協力します。こうしたコラボレーティブな動きが増えています。

ユーザーインターフェースも以前と比べて格段に洗練されてきています。既成概念を取り払って導入検討することが不可欠です。

また、デザインシンキングのための場作りも進んでいます。SAPと三菱地所が運営している「Inspire Lab」では、スタートアップ企業やデザイナーが日々議論しています。この環境にいる方々にもディスカッションに参画してもらい、新しい視点を取り入れることが重要です。現実問題として、「男性・中年・大企業勤務」といったような同一属性を持つ人物が何人集まってもイノベーティブなアイデアは生まれないからです。

ザイヤー 進化のスピードは加速度的に早くなっています。インテリジェント・エンタープライズ実現には、ディスカッションすることと、自社のシステムをいかにモダナイズするかを考えることが要諦です。SAP S/4HANAをどのように使えるか。その基盤としてのポテンシャルに期待していただきたいと思います。

――ありがとうございました。

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