体験の「質」がビジネスの成否を決める


"Why"が心を動かす時代。想像を超えた「顧客体験」をいかにデザインするか

田川 欣哉
Takramディレクター/デザインエンジニア
番所 浩平
Accenture Song マネジング・ディレクター 兼 Fjord Tokyo共同統括 グループ・ビジネス・ディレクター

はじめに

ビジネスの世界においてデザインの重要性が叫ばれて久しい。 プロダクトやサービスを通して得られる体験の「質」が、ビジネスの成否を決める時代。グローバル企業においてデザイン思考を活用した経営はもはや常識になっている。 かたや日本企業は、経営判断においてデザインを軽視する傾向がいまだ根強く、実際のところその重要性と本質的な意味がいまいち理解されていないという声も耳にする。 ではデザインの力を発揮し、世界に通用するプロダクトやサービスを生み出すために必要な視点とは何か。

日本を代表するデザインファームTakramディレクター/デザインエンジニアの田川欣哉氏とアクセンチュア インタラクティブのデザインスタジオFjord Tokyo(フィヨルド東京)共同統括グループ・ビジネス・ディレクター番所浩平氏が語り合った。

デザインの役割とは

──そもそも「デザイン」という言葉をどのように捉えていますか。

田川 欣哉(以下、田川) あえて一言で表現するのであれば、「テクノロジーと人間の間をつなぐ翻訳家」のような役割だと考えています。デザインが経営視点で注目を集めるようになったのは、インターネット以降、企業がユーザーと真摯に向き合うために「エクスペリエンス(体験)」を重要視するようになったから。そして、このエクスペリエンスを高めるのに大きな役割を果たすのがデザインの仕事だからです。

かつての産業界では、デザインを必要とするプロダクトは限られました。なぜなら人間と道具の関係が極めてシンプルだったから。椅子に座れば姿勢を保持できるし、ウォークマンの再生ボタンを押せば音楽を聴ける。ユーザーとプロダクトの関係が自明だったので、機能・性能・価格を突き詰めればユーザーベネフィットの高い製品を作れました。

ところがコンピュータやスマートフォンの登場により、人間と道具の関係は一気に複雑化しました。パソコンもスマートフォンも、人間が操作を繰り返さなければ道具として機能しない。人間の関与がなければ、ただの箱です。そして同時にサブスクリプションや無料のサービスが台頭したこともあり、企業と顧客の接点は「購買」から「使用」に移りました。そこでビジネスの成否を決める要素として、「ユーザーの体験価値」が重視される時代になったのです。

「ユーザーが喜んで使い続けるプロダクト」を作ることにおいて、デザイン思考は圧倒的な効果を発揮してきました。いまや、デジタルプロダクトを作る際に、デザイン思考やUXデザインのプロセスを使わない人の方が少ないでしょう。

デザインが産業においてパワーを持ち始めた背景には、こうした潮流があります。

番所 浩平(以下、番所)昨今のテクノロジーの進化のスピードに人間の理解が追いついていないということもありますね。デザインによって人々の生活の中にテクノロジーをいかに自然に組み込むか、というようにデザインの役割が変化してきたのだと思います。

田川 本来であれば、デザイン思考を持ち出すまでもなく、企業がユーザーに目を向けるのは当たり前のことですよね。「自分たちにとってのユーザーとは?」「ユーザーの困りごととは?」と自問することは、誠実なものづくりをしている企業なら当然の振る舞いです。

しかし、縦割り化が進行した組織では、ものづくりの先にいるはずのユーザーに目が向かず、自分の役割内での個別最適に走ってしまう。結果として、誰も望んでいないプロダクトを延々と作り続けてしまうサイクルに陥ってしまうことがある。

番所 私が日本企業のお客様と話していても、やはり「組織のサイロ化」は大きな壁です。

企業と生活者をつなぐタッチポイントには、プロダクト、アプリ、web、店舗、従業員、コールセンターなどがあります。構想フェーズでは、それらを包括した優れた体験を描くのですが、話を進めるうちに組織の壁にぶつかる。そして「◯◯部門の部長が了承しないから、ここは諦めよう」などと、どんどん小さな取り組みになっていく。最後は「今回はモバイルアプリだけ開発しよう」「ECサイトだけリニューアルしよう」といった個別のタッチポイントを最適化するだけの取り組みに落ち着いてしまうことがある。

日本企業から世界中の人々に利用されるプロダクトやサービスを生み出すためには、開発過程にデザイン思考を取り入れるだけでなく、企業変革をセットで実行する必要があります。
番所 浩平
インタラクティブ本部 マネジング・ディレクター 兼 Fjord Tokyo共同統括 グループ・ビジネス・ディレクター

エンターテインメント企業向けのコンサルティングに従事した後、2012年、モバイルビジネスのサービス戦略におけるエキスパートとしてアクセンチュアに入社。2014年よりUX/UIデザインを専門とするデザイナー組織の統括を行う。2019年に世界最大級のデザインスタジオFjordの東京拠点を立ち上げ、現職に就く。

顧客体験は企業全体で創る

──デザインの力を発揮するには、日本企業が縦割り組織から脱する必要がありそうです。

田川 世界のデザイン思考の先駆者たちと話していても、「デザイン思考の敵はサイロカルチャーだ」という話はよく耳にします。これは「会社とは何か?」という問いにもつながる話です。

──会社とは何か?

田川 個人商店なら、自分1人で商品を作り、売ることもできます。その過程では、「お客様はどんな商品が好きかな?」「これを使ったらどう感じるだろう?」と一生懸命考えるだろうし、「先日の商品はいかがでしたか?」と顧客の感想を聞きながら、さらに喜ばれる商品を作ろうとするはずです。

ところが1人なら当たり前にやることを、1万人の会社になるとやらなくなる。それは一体なぜだろう、そう考えることがあります。もし人間がパソコンもスマホも自動車も1人で作れるなら、きっと会社なんて作らず自分だけ、もしくは少人数で作ると思うんですよ。でも、それは不可能なので、1万人が集まってやることになった。そしてその1万人を効果的に動かすには、組織をピラミッド型に積み上げた方がマネジメントしやすい。

しかし副作用として、組織はサイロ化し、社員はユーザーと向き合うことを忘れてしまいがちになる。もちろん、大企業でも社員が「自分はユーザーのためにものづくりをしている」と思える環境を作り出している会社も存在します。そのような企業では経営者が1人のユーザーとして自社のプロダクトを愛し、組織構造や企業文化もユーザーファーストを前提としている。わざわざ「デザイン思考が大事です」と言わなくても、企業哲学としてユーザー目線が根付いているんですよね。

番所 経営トップがプロダクトやユーザーへの強い思いを持っていれば、それが自然と組織全体に伝わりますよね。私も熱意あるマネジメントの方たちと話していると、「一緒に変革を起こせるかもしれない」と前向きな気持ちになります。

全てのタッチポイントで総合的に優れた体験をデザインするためには、企業変革もセットで実行する必要性があることについてお話をしましたが、それには経営層のプロダクトとユーザーへの強い想い、そしてコミットが大きく影響すると日々実感しています。
田川 欣哉
Takramディレクター/デザインエンジニア

主なプロジェクトに、日本政府の地域経済分析システム「V-RESAS」のディレクション、メルカリのデザインアドバイザーなどがある。経済産業省産業構造審議会 知的財産分科会委員。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー。東京大学総長室アドバイザー。著書に『イノベーション・スキルセット~世界が求めるBTC型人材とその手引き』(大和書房)がある。

デザイン思考は
「Why」を教えてくれない

──ではユーザー中心の顧客体験をデザインするために、作り手にはどのような視点が必要でしょうか。
番所 1点目は前述した通り、顧客体験のデザインと企業変革をセットで行うべきだと認識すること。2点目は、「企業と顧客」の関係だけでなく、「社会と顧客」の関係を捉えることです。

企業が顧客に与える影響は皆さん意識されますが、一方で顧客も社会から様々な影響を受けています。顧客の声を聞くことは、もちろん重要です。ただその背景にある世の中の潮流を理解しないと、表層的な理解に終わってしまうケースもある。
私たちは、この先1年間で企業がおさえておくべきデザイントレンドをまとめた「Fjord Trends」と題したレポートを毎年発表しています。企業の皆さんに世の中の潮流をお伝えし、社会と顧客の関係を理解した上で、プロダクトやサービスを作るために役立ててもらうのが目的です。

昨年発表した「Fjord Trends 2020」では、企業は利益の追求だけでなく、社会環境問題への対応を意識しなければユーザーから選ばれるブランドにはなれないこと。また、人々が「どんなサービスやブランドを選ぶか」という消費行動によって自己表現し始めていることを踏まえたブランドパーパスの重要性をトレンドとして紹介しました。

そして今年発表した「Fjord Trends 2021」では、メタトレンドとして「新しい領域の地図づくり」を掲げています。パンデミックによって、前述したような消費行動の変化はより加速し、ブランドパーパスの重要性はより高まっています。人々が新しい体験を試みることを余儀なくされるなかで、こうした課題に前向きに取り組み、人々に居場所を与えることのできる企業にこそチャンスがある。2021年の行動が、21世紀を再定義していく。そういった視点を「新しい領域の地図づくり」という言葉に象徴させています。

このような社会潮流に目を向けることで、より広い視野に立った顧客体験のデザインが可能になるはずです。

田川 同感です。すでにデザイン思考自体は、ソフトウェアプロダクトを動かすために必須の基礎能力。もはや新しいトレンドでも何でもなく、普通のことです。

ただデザイン思考自体は、"How"は提供できますが、その起点となる"Why"は提供できない。 つまり「どうやって物事をうまく機能させるか」を考えるメソッドではありますが、「なぜやるか」については教えてくれません。例えばメルカリは「限りある資源を循環させ、より豊かな社会をつくりたい」という創業者の課題意識からミッションを定義しています。ただこのテーマ設定は、デザイン思考のプロセスからはなかなか出てくるものではありません。"Why"は誰かの強い思いが生み出すもので、あくまで属人的なもの。

デザイン思考の次のフェーズでは、企業が「自分たちはこれがやりたい」というビジョンや信念をいかに研ぎ澄ませることができるかが問われています。そしてデザイン思考はミッションやビジョン、ブランドを具体化するフェーズでこそ活躍するものとして再認識されるでしょう。

僕は常々「ビジョナリーな経営者は優秀なデザイナーを見つけた方がいいし、優秀なデザイナーはビジョナリーな経営者との出会いを求めている」と思っています。これからはブランドパーパスやビジョンとデザイン思考が手を結ぶことで、インパクトのある変化が生まれてくると思います。

番所 まさに「Fjord Trends 2021」でも触れている内容です。2020年は世界全体が「歴史的転換」を経験し、人々が物事を体験する方法や場所が変化したことで、 ブランド認知をこれまでと同じ方法で向上することが困難になりました。

提唱している7つのトレンドのうち、「インタラクションの旅立ち」というトレンドがありますが、これは先程の田川さんのお話と近しい内容です。従来は顧客が店舗に足を運び、店頭で実物を触り、五感でモノの良さを体験してから購入していました。それがパンデミックによって、体験の場の多くがリアルからデジタルへ切り替わりました。企業はデジタルの世界でどうやって商品の質感であったり、没入感やワクワク感を提供できたりするのかを再考する必要性に迫られています。そのためには、自分たちのブランドパーパスやビジョンを明確にし、それに紐づいたユーザー体験をデジタルの世界でどのように提供できるかを真剣に考えることが不可欠です。

継続的な企業活動の中では、いったん立ち止まって自らのミッションやビジョンを考え直すタイミングがなかなかありませんが、この歴史的転換期にある今こそチャレンジすべきです。

──デザインの力が、そのチャレンジに貢献できると。

番所 アクセンチュアがデザインスタジオFjordの拠点を東京に開設したのも、まさにそれが目的です。コンサルティング部門と連携し、企業のトップマネジメントが抱える課題感を正しく理解した上で、デザインの力でどう解決するかを考える。Fjordが個別のタッチポイントの最適化ではなく、企業全体を変革に導きやすい立ち位置にいるのは間違いありません。

私は日本企業の優れた技術力を武器に、日本から世界中の人々に継続的に利用されるプロダクトやサービスを生み出せると信じています。

田川 企業の変革を達成するには、BTC(ビジネス・テクノロジー・クリエイティブ)の全てに通じる人材が必要です。でもそんな人材は、需要に対して圧倒的に足りていない。ですからFjordのように実績のあるスタジオが東京に拠点を開いたことは、日本企業や社会にとって、とても意味のあることだと思います。

いかにユーザー視点を養うか

──日本から世界に通用するプロダクトやサービスを生み出すために、ビジネスパーソンが今日からできることはありますか。

田川 1つは、自分が好きなものを人に勧めること。これを日常的なトレーニングにすると、「自分がユーザーである」という健全な感覚が養われます。

UXのリサーチ手法で、デザイナーが考えたコンセプトをユーザーに見せて、自分の知人に勧めるロールプレイをしてもらうテストがあります。するとデザイナーが考えもしなかった意外な勧め方をするんですよ。言葉に出してみることで、モノの魅力や価値の本質が浮かび上がる。それを自分自身もやってみましょうというTipsです。例えば「この店のコーヒーがいかに美味しいか」を人に語ると、昨日より10倍も100倍も高い解像度でそのコーヒーというものを捉える訓練になります。

番所 私はお客様から「こんなサービスを作りたい」と相談を受けると、ひと通りお話を伺った後に、「あなたがユーザーだったら、そのサービスにお金を払いますか?」と質問するようにしています。 「自分がユーザーだったら」という前提で考えたサービスならイエスと答えるはず。ですが実際は「上にやれと言われたので」とか「とにかく何か新しいものを作らなければいけない」といった答えが返ってくることもあります。作り手がユーザーの視点を持てるかは本当に大事です。

田川 もう1つ勧めたいのは、「自分は何のために仕事をしているのか?」と自問自答すること。日本の教育ではビジョンを考える訓練が手薄です。ビジョンやミッション、パーパスを作るのに必要な"Why"を考える力は、一朝一夕では身につかないので、常に考え続けるしかない。

ミッションは日本語で「使命」。「何のために自分の命を使っているのか?」と問うことでしか、その答えには近づけません。自分の心の奥に潜って「なぜ?」と問い続けるのは根気のいる作業かもしれませんが、デザイン思考のその先へ進むには必要なことだと思います。



構成:塚田有香
編集:君和田 郁弥
撮影:竹井俊晴
デザイン:月森恭助

NewsPicks Brand Design制作
※当記事は2021年4月26日にNewsPicksにて掲載された記事を、株式会社ニューズピックスの許諾を得て一部編集、転載しております。
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