レポートはスマホで

2018年7月11日、日本でのiPhone導入が10年を迎えた。この10年で我々の暮らしは大きく変わってきた。年間に1,000枚以上の写真を撮り人と共有し、クラウドで音楽を聴き、常に人とつながる暮らし。仕事ではメールが主流だがプライベートではLINE、Facebookメッセンジャーなどを使い、メールにアクセスしなくなった人も多いのではないだろうか。

調査会社のニールセンによれば、2015年頃に日本におけるインターネット利用は、PCとスマホで逆転したようだ*1)。これまでも若者のスマホ利用は進んでいたが、中高年での利用が進んだ結果、全世代平均でもスマホ利用にシフトしている。この頃に筆者にも印象的なできごとがあった。当時、高校生であった筆者の娘が4000文字の小論文の宿題に取り組むためPCのキーボードを打ち始めたが、開始して10分ほどたったころ、「もうやってられない」という表情で突然iPhoneを取り出すと小論文を書き始めた。私もキーボードを打つ速度には自信があるが、彼女のフリック入力は明らかに私のキーボードの速度を凌駕している。あっという間に4000文字を書き上げてしまった。普段からLINEで会話している彼女らは話すスピードで文字入力ができるのである。そんな彼女もすでに大学生。もう数年すると、そんな若者達が我々の職場に登場する。

ライフスタイル改革からワークスタイル改革へ

モバイルは我々のライフスタイルを変えてきたが、この数年でワークスタイルも変え始めている。利用シーンは営業による接客、店舗運営、フィールドサービス、プラントメンテナンスなどに広がり、難しかった職場のペーパーレスも一気に進んだ。データを駆使し、いつでもどこでも判断と実行が可能になるモバイルはワーカーのワークスタイルを変えている。

モバイルにより仕事の現場化がすすむ。オフィスにこもって仕事をするのではなく、マーケティングは街で、営業は客先で、生産管理は生産現場で、調達はサプライヤー先で仕事をすることで、データだけではない肌感覚の情報もつかむことができ、より仕事の精度を高めることができる。現場にモバイルが浸透する効果は絶大で、最前線の情報の粒度が細かくなり、データ更新頻度が数十倍になることも珍しくない。現場に情報が行き渡ることで本部での経営判断もまた精度を増すことができる。

図1) 業務の現場化を加速させるモバイル

以下の情報にもとづき、アクセンチュア推計 内閣府「年産業社会・労働市場の未来の姿と求められる人材像」(2014年7月23日)第13回「選択する未来」委員会(2014年11月14日)成長・発展ワーキング・グループ報告書より

このように仕事の現場化を背景に、企業における業務のモバイル化は進んできた。導入当初は在庫の確認・更新、売上の確認などシンプルな業務がモバイルの対象であったが効果が高まるにつれ、従業員の仕事の大半をモバイルに移行する企業も増えている。

その結果、新たな問題が起き始めている。作りすぎたのである。


ハンバーガーメニューの登場

モバイルが仕事で使われた当初は、最もモバイルに有効な業務やデータを中心にアプリ化された。そのためデザイナーはひとつひとつのUIを磨くことで業務に革新をもたらすことができた。これまでのPC画面と異なり、機能がシンプルに絞られ洗練された画面を活用することで、ワーカーの業務効率は高まり、意思決定も早く正確になった。しかし業務の大半がアプリ化されていくと、多くの機能を小さな画面に押し込まなければいけない。その結果、登場したのがハンバーガーメニューである。

モバイルアプリの隅にある横棒3本のハンバーガーメニューと呼ばれるアイコンを見かけることが多くなった。正しくデザインされたハンバーガーメニューであれば、ユーザーをナビゲートすることができるが、その一方で多くの行き場のない機能の吹き溜まりとなっているアプリも少なくない。仕事のしやすさを阻害しているこんなハンバーガーメニューはすぐにやめたい。

図2) ハンバーガーメニューの登場

従来は定型化・ルール化されたひとつひとつの「作業」を自動化していたが、今後は一連の「業務プロセス」や「判断」、「対人コミュニケーション」についても自動化が進むと予想される

PCよりも画面の小さいモバイルアプリを画面デザインするには、業務を整理しユーザーをナビゲートできるようにしなければならない。シンプルな機能だけの時は、業務フローにまとめ画面遷移を設計できた。しかし業務領域が多岐にわたる時は、新たなアプローチが必要となる。それがUXシナリオである。

UXシナリオがモバイルアプリを変える

UXシナリオとは、登場人物を定義し、業務のストーリーを書き下したものである。たとえば営業管理ツールを例にとってみよう。

営業部門全体では個々のセールスパーソンが手がける案件を可視化し、何がテーマか、規模はどれくらいか、いつクローズできるか、など営業状況をいつでもわかるようにしておくことが欠かせない。しかし個々のセールスパーソン視点では、管理されるほど案件ごとの報告義務が発生し、本人にとっては不要とも思われる上司からの指示・指摘も多くなる。そのため優秀と言われるセールスパーソンほど、手持ちの案件を隠しておき、案件クローズが近くなってから報告するということが起きる。こういった事態を避けるためには、現場の利用者にとってメリットのあるアプリでなければならない。現場が積極的に活用しようと思われてはじめて、データも集まり、経営判断に活かすことができるのだ。

そこで、この営業部門向けアプリ開発には、現場のセールスパーソンと3回の半日ワークショップを開催し、どんなサービスがあれば使いたくなるかを議論した。有効なアイデアを100個近く生み出し、それらを業務のシナリオとしてまとめた。たとえば客先に出向いたときに「今朝の〇〇新聞の一面のうちの記事、どう思う?」と質問されて回答に窮した経験をもつ方も多いだろう。そんな時、行く途中の電車の中で3分で読むことのできる訪問先に関する記事一覧があると有効なはずだ。

図3) 一連の業務をUXシナリオとしてまとめる

「Accenture myWizard」では、ユーザーは、自分の役割に相当する仮想エージェントを選択し、仮想エージェントと会話しながら協働作業を行う。

アクセンチュアでは、図3)のようにイラストを用いて整理することが多い。もちろん文章でも問題はない。重要なことは、個々のシーンを切り取るのでは無く、つながりのある一連のストーリーとしてまとめておくことだ。

現場とトップの狭間で

真に使いやすいモバイルアプリを作るためには、UXシナリオは現場のユーザーとともにまとめるべきである。しかしここで一つの問題にぶつかる。経営トップの視点では、現場の気持ちは「単なる改善」にみえ、もっと大きな改革を阻害するように映ってしまう。一方でトップの想いだけで開発したサービスが現場の社員に受け入れられず、改革が進まないことを経験した人もいるだろう。とくにモバイルは他のITツールとは異なり、消費者から利用が始まり、企業でも使われるようになったという歴史をもつ。企業向けアプリといえども、比較されるのはプライベートで利用しているSNSやゲームなどで、ユーザーに使いにくいと思われてしまったら、絶対に使ってもらえない。これがPCアプリとの大きな違いである。

図4) ジレンマ・・・トップ vs. 現場

高い技術を持つ製造業が多く、高いデバイス開発力を擁しており、またサービス領域においては良質なデータ(サービス対応ログ)を持っている日本でこそ、単なるアルゴリズム開発にとどまらない"人と協業するスマートマシーン"の開発が可能だと考える。

こんな状況を解決する魔法の言葉がある。「お客様にとって何が価値なのか」である。B2B企業ではお客様のお客様まで広げてもよい。先ほどの営業を例にとると、トップの想いは「営業状況をすべて見えるようにしたい」であり、現場の気持ちは「自分の提案に役立つ情報があればよい」であるかもしれない。しかし顧客の価値を軸にすると、「ニーズや課題にあった提案をうけることができる」が価値になる。

一見、理想主義的に聞こえるかも知れないが、ワークショップで行き詰まったとき、アプリの企画をするときに迷走しそうになったとき、筆者はこの言葉を唱えることで道が開ける経験を何度もしている。ぜひ試していただきたい。

図5) 顧客価値を最大化する

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丹羽 雅彦

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