デジタル技術の進化やコロナウィルスによるグローバルネットワークの分断などにより企業の競争環境は激変し、過去の延長線上では事業が立ち行かない時代になりました。市場は複雑かつ不確実な要素が増していくため、それを前提に、変化の兆しをとらえ事業を舵取りする必要があります。そうした状況下で従来に増して重要度が高まっているのが、社内外や国内外から幅広く情報を収集して、世界の各市場に応じた情報分析を可能にする柔軟で変化対応力のある情報システムです。本稿では、現状と将来のあるべき姿を描くAs-Is/To-Be分析のポイントを改めて整理すると共に、AIを用いた「未来予測型」の経営を実践する上で欠かせない情報システムの構成を考察します。

激変するこうしたビジネス環境下で企業が戦い、勝ち残るためには変化を先取りした事業の推進が不可欠であることは言うまでもありません。自社を取り巻く環境で何が起きたのか、その経緯を正しく把握するだけでなく、これから何が起きようとしているのかまで推察する、つまり、「フィードバック型」から変化の兆候をとらえてチャンスに変える「未来予測型」の経営への大転換が必要なのです。

「未来予測型」へのシフトに当たり、企業の情報システム部門が果たすべき役割とその責務は重く、中でも情報システムをいかに進化させられるかは、未来予測型へのシフトの成否を分かつ1つの大きな要素になります。幸い、メモリー上でビックデータを高速に処理するインメモリー・コンピューティングやアナリティクス、AI(機械学習等)の機能拡充、高性能なスマートデバイスの登場、ソーシャルとの連携、モノのインターネット化(Internet of Things)など、情報システムを高度化するためのデジタル技術や道具立てが出そろい、情報システムが経営に直接的に貢献できる足場は整ってきました。

以下では、未来予測型の経営を実践するための経営課題の洗い出し方法や、不確実性をチャンスに変える情報システムの要件について紹介します。これまで各所で指摘されてきた内容も含まれていますが、いまだ確実な実践に結びついていない点も多々あるため改めて解説します。

空白地帯が多く残る経営課題の洗い出し

未来予測型の経営は、ビジネス環境の変化によってもたらされるリスク、すなわち経営課題を徹底的に管理し、短期間で変化をチャンスに転換する経営と言い換えることができます。そのためにまず、自社で許容可能なリスクの種類や、最悪のケースが発生した際の最大損失をあらかじめ把握します。そしていざ変化が発生した際に影響を許容度の範囲内に抑え込みつつ、新たなマーケットへの進出などによる価値を最大限に享受します。

経営の変化対応力の必要性を説く声や、「変化をチャンスに」といった一種の“スローガン”は一昔前からよく耳にします。ところが、肝心の経営課題の洗い出しとリスクの許容度の把握を継続的に実践している企業は、必ずしも多くないのではないでしょうか。やや教科書的になりますが、ここで改めて経営課題を整理するためのアプローチをみておきましょう。

図1は見慣れたチャートでしょう。経営課題を整理する際にしばしば用いられるシンプルなもので、縦軸に環境(図1では社内/社外)、横軸に時間軸(同じく過去/未来)を設け、ビジネスの現状と(As-Is)と将来の状況(To-Be)をまとめます。

例えば「社内×過去」の部分であれば、グループ内の個社の業績(BS、PL等)やコンプライアンス対応といった経営情報や課題が当てはまります。また「社外×未来」の部分であれば、市場や信用、投資、事業、カントリーなどのリスクの許容度と最大損失など、今後必要となる経営情報や課題を洗い出します。

この種のチャートを使わないまでも、多くの企業がこれまでにAs-Is/To-Beの分析をしてきました。しかしたいていの場合、分析対象が「社内×過去」の領域にとどまっています。身近なところでは損益(PL)に関しては実績(過去)と計画(未来)を管理していますが、PLの先行指標となる貸借対照表(BS)では実績(過去)だけしか管理しておらず、BS計画(未来)を運用していないケースが多いです。つまり経営情報や課題を整理する対象の“空白地帯”が多く残っているのです。先に経営課題の洗い出しとリスクの許容度の把握を継続的に実践している企業は必ずしも多くないと述べたのは、そのためです。

経営課題を整理する図。縦軸に環境(社内/社外)、横軸に時間軸(同じく過去/未来)を設け、ビジネスの現状と(As-Is)と将来の状況(To-Be)をまとめます。

To-Beを拡充する2つの視点、価値増加要因と先行指標

経営情報や課題の整理対象の“空白地帯”を埋めるうえで、不可欠な2つの視点が「バリュー・ドライバー」と「先行指標」です。

[バリュー・ドライバー]

バリュー・ドライバーとは、ある価値を増加させる主な要因のことです。利益の拡大が目的であるなら、売上高の向上やコストの削減がバリュー・ドライバーとなります。

バリュー・ドライバーを定義したら、それら構成する要素を「顧客」「競合」「自社(業務プロセスや財務)」「組織/人材」などの切り口でブレークダウンして整理した階層図を作成しておくとよいでしょう。例えば自社の切り口であれば、図2のように企業価値を高めるための「売上拡大」や「コストダウン」といったバリュー・ドライバーがあります。さらに「コストダウン」の下層には「仕入・製造コスト削減」「販管費削減」「研究効率の改善」など、コストダウンの成果を上げるためのカギを握るバリュー・ドライバーが存在します。

ここまでブレークダウンして整理することではじめて、As-IsではなくTo-Beを実現するための経営課題の可視化が可能になり、未来予想型の経営に不足している経営情報が浮かび上がってきます。

バリュー・ドライバーの階層図。ある価値を増加させる主な要因であるバリュー・ドライバーを定  義したら、それら構成する要素をブレークダウンして整理した階層図を作成します。

[先行指標]

先行指標とは業績や景気の動向に先駆けて現れる兆候のことで、先行きを見通すうえでインパクトがある指標を指します。こう書くとかえって難しく考えてしまうかもしれませんが、「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざのように、現象と原因の連鎖のうち原因に当たる部分が先行指標であると考えればよいでしょう。

例えば広告出稿やダイレクトメールの発送など各種販売促進活動を実施した結果、しばらくして売上が拡大するとします。この場合は販売促進活動に投じたコストが売上拡大の先行指標となります。

また製造業などサプライチェーンの川上の企業の設備投資額は、最終消費者への製品/サービスを手掛ける川下企業にとって業績の先行指標になり得ます。川上の企業の設備投資額が上向けば生産量が増え、市場における製品の流通量が拡大すると予想できるからです。反対に製造業の設備投資額が停滞すると、川下企業の業績の停滞あるいは低下につながる可能性があることは容易に想像できます。

優先度を明確にしてプロジェクトの実効力を向上

ビジネスの現状(As-Is)と将来の状況(To-Be)を共に明確にしたら、いよいよ新しい情報システムのビジョン(青写真)を描くわけですが、このときに情報システム部門が留意すべき点があります。それは組織・体制や技術の動向を加味しながら、実装すべき機能の優先度を明らかにすることです。言い古された感が強いですが、「実践できている」と胸を張れる情報システム部門は、あまり多くないのではないでしょうか。特に優先度に関しては、かつてエンタープライズ・アーキテクチャ(EA)の考え方の下、情報システムのあるべき姿(To-Be)を描いた企業の中に苦慮した例は決して少なくないです。優先度があいまいなまま描いた青写真はどうしても総花的になりがちで、結果としてプロジェクトの実効力の低下を招きます。

期限が明確な法改正など制度への対応は別として、実装すべき機能の優先度が決まらない理由は、いくつも存在します。とりわけ大きいのは、前述したようなビジネスのTo-Beが詳しく整理できていないことです。バリュー・ドライバーと先行指標の2つの視点でビジネスのTo-Beを整理しておくだけでも、優先度は決めやすくなります。そして優先度が高い業務/IT施策から実行することで効果を早期に得られ、プロジェクトの実効力は高められます。

「未来予測分析型」を指向した経営情報管理システム

ではビジネスのTo-Beを具現化する施策の一つとして未来予測型の経営があり、それを実践するために有用な情報システムとはいかなるものでしょうか。それは経営情報管理システムです。またこのシステムにはどのような機能を備えている必要があるのでしょうか。ここでは経営情報管理システムを取り上げ、AI(機械学習等)を用いたアナリティクスで実現するポイントを紹介します。

アナリティクスの全体像は図3の通りで、アナリティクスは「今何が起きているのか」と現状を把握し、「これから何が起きるのか」を予測分析します。この「現状把握」には図3の通り4段階があり、1段階目の定型レポートで何が起きたのか?を確認し、問題があれば3段階目のクエリー/ドリルダウンで問題はいったい何が原因だったのか?と調査を行います。この原因を解消するために、どんな業務アクションが必要かを見極めて実施します。この業務アクションが必要になっていることを検知するために4段階目のアラートを設定します。

例えば定型レポートで粗利の予算進捗率と前年比較がターゲットより下回っている問題が発生したときに仕入や在庫のコントロールをする業務アクションをするケースでは、仕入枠に対する仕入量や在庫回転/日数が異常値になればアラートを出して業務担当者に通知します。

更に「予測分析」では図3の通り、なぜこれが起きたのか?この傾向が続くとどうなるのか?今後何が起こるのか?どうすれば最もよい結果になるのか?と分析していきます。今あるAI(機械学習等)でこれらが実現できます。その手順は分析用の予測モデルを作り、統計的解析をし、予測/推定の予測分析を行います。具体的には企業の本番データをAIに学習させてAIで統計的解析を行うと、本番データを分類し、その分類したデータ同士での関連性を整理してくれます。例えば目的変数を売上高にして本番データをインプットしてAIで統計的解析をすると、売上高に貢献(インフルエンサー)する数値項目は客数であり、客数に貢献する数値項目は販促費であるという結果を出してくれます。すなわちこれは上述したバリュー・ドライバーと先行指標を本番データに基づいてAIが生成してくれることになります。この本番データに基づいたバリュー・ドライバーを確認することで「なぜこれが起きたのか?」の本番データに基づいた原因が特定できることになります。例えば売上に問題があれば、その原因となるインフルエンサーである客数や販促費を、粗利に問題があれば、その原因となるインフルエンサーである仕入や在庫をコントロールする業務アクションを実行します。

問題に対応した次に「この傾向がつづくとどうなるのか?」と、AIは予測/推定の分析結果を出力してくれます。例えば今までの経営のPDCAサイクルでは月初に前月の確定PLをみて、当月への業務アクションをするケースでは、AIが「この傾向がつづくとどうなるのか?」と月中に当月のPLの着地点を予測してくれるので、このPL着地点が予算進捗率や前年比較のターゲットより下回っていたなら、当月末に向けて仕入や在庫、販売促進のコントールができるようになります。すなわち今までは前月の結果を確認し問題を特定し、翌月にその問題に対する業務アクションをするという経営のサイクルから、当月中に当月の着地/問題を把握し、当月中に業務アクションができる経営のサイクルにスピードアップをすることが可能になります。

アナリティクスの全体像。アナリティクスは「今何が起きているのか」と現状を把握し、「これから何が起きるのか」を予測分析します。この「現状把握」には4段階があり、1段階目の定型レポートで何が起きたのか?を確認し、問題があれば3段階目のクエリー/ドリルダウンで問題はいったい何が原因だったのか?と調査を行います。この原因を解消するために、どんな業務アクションが必要かを見極めて実施します。この業務アクションが必要になっていることを検知するために4段階目のアラートを設定します。

インメモリー技術を採用してDX基盤を構築し予測分析型経営を実現

最後にビジネスのTo-Beを分析し、未来予測型の経営を実践している企業の典型例として、アークス社を紹介します。

独自の食文化、地域性、商習慣が多い日本の食品スーパーマーケット(SM)業界において、アークス社はM&Aをへて規模を拡大し北海道・青森・岩手でシェアトップになりました。そのグループ経営を支えている八ヶ岳連峰経営という手法は買収した企業の特色を生かしながら、各事業会社に権限を委譲し、各事業会社が経営にあたり、各地域のニーズにもよりきめ細かく対応する地域密着経営を可能にさせ、緩やかな集合体として相乗効果を生み、商品調達や物流などでスケールメリットも享受できます。これらにより従業員のやる気も引き出しています。

消費者のニーズの変化が早く多様化する食品SM業界は、常に市場リスクにさらされています。その一方で、アークス社は販売活動を通じて店舗に網の目のように情報網を張り巡らせており、ビジネスの先行きを判断する先行指標を各地域からキャッチできます。そうした情報を徹底分析することによって起こり得る変化とそのリスクを想定し、手にするリターンを最大限に引き出すために、アークス社は最近、SAP導入事例が少ない日本の食品SM業界において、M&Aで業容を拡大してきた8社連合の会社に対してデジタルトランスフォーメーションのプラットフォーム(システム統合基盤)を導入するという難易度の高いプロジェクトをビッグバンアプローチで稼働させ、グループ会社の全社基幹系システムと情報分析システム(図4)をSAPで刷新しました。

アークス社の情報分析システムの特徴は店舗のPOSデータや単品(JAN)別の仕入、在庫、荒利等のデータを統合データベースで管理している点です。これはSAP HANAのインメモリー技術を積極的に活用することで実現しており、単品別の明細データのビックデータ(約240億件/年)を統合データベースに蓄積し、データマートレスで日々の営業情報の把握から経営情報を経営管理の切り口で把握するレポートまでを実現しています。

データマートレスのため、将来、経営管理のニーズが変化したときにはこの明細データが蓄積された統合データベースからデータを抽出するレポートを変更することで、柔軟に新たな経営管理用のレポートの出力が可能となっています。またこのレポートは各事業会社の地域ニーズに応じて、容易にカスタマイズができるようにセルフBIを実現しています。

これらにより上述したアナリティクスでの「問題は何が原因だったのか?」を把握するために、時間帯別単品別データまでの詳細分析ができ、「どんなアクションが必要か」を知らせるアラートを実現しています。例えばある商品カテゴリの荒利に異常が発生していれば、仕入が過剰となったロス率や在庫回転の異常値をアラートで検知ができ業務アクションへとつなげることができます。

アークス社はPOSからの明細データ等のビックデータをデータ資産としてSAP HANAに蓄積しており、今後、この資産化されたビックデータをAIに予測分析をさせることで、効率的な販売促進や各店舗での仕入や在庫/ロスの更なる適正化をする施策への対応も検討しています。

これらは一例であり、当日の時間帯別売上速報をリアルタイムに把握する機能等のシステム強化を継続しています。加えて経営のPDCAサイクルは月次でしたが、新システムでは店・商品カテゴリ別損益の実績を日次で把握し、月中に当月末の損益の着地点を把握し、当月中に仕入や在庫のコントロールをすることを目指す素地ができました。この鮮度の高い情報を活用して月中に月末の着地見込みから本部や店舗でのオペレーション改善につなげ、更に予算の精度を向上させることで確実に業績を伸ばします。このような効果をだす業務範囲を広げ、これを業務フローに反映し、この業務フローを全グループ会社で運用して多様なリスクへの対応を可能にすることで、継続的に成長するための体制の強化をしています。

SAP社は主力SAPソリューション分野での取組みや成果、ビジネスの実績、優れた導入プロジェクト、お客様への高い価値の提供といった様々な観点から評価し「SAP AWARD OF EXCELLENCE」を授与しています。アークス社のプロジェクトはSAPの導入事例が少ない日本の食品SM業界の会社に対してのデジタルトランスフォーメーションのプラットフォームの導入が評価されて、優秀賞「プロジェクト・アワード」を受賞しました。
SAP AWARD OF EXCELLENCE 2020受賞の公開サイト

新経営情報分析により、リアルタイムの状況把握・意思決定、リアルタイムな売上速報と着地見込を活用した高速PDCA、フレキシブルな市場・顧客ニーズの変化対応が可能になり、本部から店舗まで同一データをリアルタイムで把握・分析し、本部と現場が一体となった高速PDCAが実現できます。

リスクの多様化やマーケットの多極化、短期間で世界市場に浸透する製品。攻めるにしても撤退するにしても、企業には従来以上のスピードが求められる時代になりました。その一方でITはこの数年で目覚ましい進歩を遂げました。進化したITを活用することで経営のPDCAサイクルを月次から週次、日次へ、そして未来の予測分析をした予測分析型経営へとスピードアップが実現できます。ビジネス環境の不確実性をチャンスに変えるため、事業活動を俯瞰的に把握しITを武器として生かすことができる情報システム部門は今こそ立ち上がってほしいです。

西井 保

テクノロジー コンサルティング本部
SAPビジネスインテグレーション グループ
アナリティクスドメインリード
シニア・マネジャー

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