課題

国民の生活や産業インフラの安心・安全を守る産業保安グループ

民間企業のみならず、昨今は政府・省庁など幅広い組織でDX(デジタル・トランスフォーメーション)が進行中です。経済産業省(以下、経産省)は2000年代の前半からIT化・高度情報化に取り組んできた経験を有してきましたが、2020年に稼働開始した「保安ネット」は省庁のDXにおける先進的かつ象徴的な事例の1つであると言えます。

経産省が手掛ける政策のなかでも「安全・安心」の分野は、国民の日々の生活や事業者のインフラの安全性の維持・向上の上でも重要性の高い分野です。同省 産業保安グループ 保安課 企画調整係長の土居竜大氏は、安全・安心分野の役割やミッションを次のように説明します。

「私たち産業保安グループは、ガスや電気といった産業インフラや国民の皆さまが利用されるエネルギー分野の産業保安をミッションとして、法令に基づく規制、関連する政策の立案や執行の役割を担っています。近年は、災害の激甚化やプラントの老朽化、エネルギー市場の自由化、ネット市場の拡大による新たなプレイヤーの登場など、新しいテーマや課題が日々顕在化しています。」(土居氏)

土居 竜大 氏(経済産業省 産業保安グループ 保安課 企画調整係長)

このように産業の安全・安心に関する社会的要請の高まりと並行して、法令に基づく手続きの審査、現場への立入検査、指導・監督業務を行う産業保安グループの業務量は近年、増大の一途をたどっています。

「産業保安・製品安全関連法令に基づく申請届出の件数は年間25万件と膨大です。地方支分部局がその処理に忙殺され、本来の現場の保安確認に直結する立入検査などに十分な時間と人手を掛けられずにいました。この問題を解決する手段として、産業保安行政の電子申請を可能にする『保安ネット』プロジェクトが始動しました。」(土居氏)

経産省がDX推進室を省内に設置したのは2018年。IT基本法(2001年施行)などの流れはこの20年間継続していましたが、近年はデジタル関連の技術革新が進み、DXの具体的メリットが明確化してきました。こうした背景も保安ネットのプロジェクト発足を力強く後押ししています。

取り組み―技術と人間の創意工夫

利用者に寄り添うシステムを形作るための「合宿」

2018年度から始動した保安ネット開発プロジェクトにおいては、いきなりシステム開発に着手するのではなく、まずは徹底した調査による論点整理が行われました。実際にシステムを日常運用する地方支分部局の担当者や申請を行う事業者への聞き取りや議論を重ね、現行の手続きにおける課題や問題をどのようにして解決すべきかといったアプローチが検討されたと土居氏は振り返ります。

「実は、経産省では過去に申請の電子化プロジェクトに取り組んだことがありました。しかし、当時のシステムは『電子化ありきの電子化』といったような手段の目的化を起こしており、現場にとっては非常に使いにくいものとなっていたのです。私たちは過去の取り組みの反省内容を分析し、現場の職員にわだかまっていた電子化への不信感の払拭をプロジェクト初期の最重要テーマとしました。」(土居氏)

そのために産業保安グループでは全国の地方支分部局から担当者を集める大規模な合宿を開催しました。また、産業保安グループからも先入観や過去の方法に囚われないフレッシュな視点を取り入れるべく、若手職員が多数参加しました。

合宿初日、地方支分部局の職員の多くは産業保安グループのDXの方針やビジョンに対し、半信半疑の様子でした。しかし、現場が感じている課題である紙ベースの手続きの煩雑さと業務の多さ、法令の複雑性に由来する難しさなど、さまざまな問題点に関する発言は徐々に増えていき、合宿全体もしだいに熱を帯びたものになりました。最終日にはホワイトボードが埋まるほどの意見やアイデアが湧き出たとのことです。

「本省側でプロジェクトをリードした私たちが最初に学んだことは、DXプロジェクトで本質的に重要なことは、システムの利用者に寄り添ったものであるべきという点です。取り組み姿勢も上位下達ではなく、膝を詰めて対等な関係性で話し合う。そして経産省全体が本プロジェクトにコミットしており、多くの関係者のサポートを得ながら推進していく体制であることへの理解が現場職員の意識変革(マインドチェンジ)を推し進め、プロジェクトチームに強い一体感が生まれてきました。」(土居氏)

密なオンラインコミュニケーションの活用で、全国の拠点の生の声をつぶさに収集

合宿のほか、こうしたマインドチェンジや意見の吸い上げのため綿密なオンライン会議も活用し、本省と地方支部局を繋いだ効率的なディスカッションが浸透していました。

「オンライン会議を通じて、たくさんの率直な意見を集め、このプロジェクトでは『全国の各拠点の現場の声に耳を傾ける姿勢』を貫きました。」と、鎌田幸氏(経済産業省 産業保安グループ 電力安全課 新エネ係長)は本プロジェクトにおける創意工夫について語ります。

「プロジェクトチームでは、同時に『スピード感のある意思決定』も重視していました。統一フォーマットの確立とシステム上の課題解決を迅速に実施していったことをよく覚えています。アクセンチュアのメンバーには論点整理や解決方法の提案などでも根気強くサポートしていただきました。」(鎌田氏)

鎌田幸氏(経済産業省 産業保安グループ 電力安全課 新エネ係長)

また、本プロジェクトでは、別途構築が進んでいた電子認証基盤(GビズID)を活用することで、電子署名不要なアカウント利用や、申請書面への押印省略を取り入れています。これにより、ユーザーエクスペリエンスの点でも利便性が向上していました。

カスタマイズ運用の実態把握を経て、ベストな運用ルールを模索

本プロジェクトに、行政の電子化を推進する役割として参画した曽原健史氏(経済産業省 商務情報政策局 総務課 情報プロジェクト室 デジタル化推進マネージャー)は、実際の要件定義のフェーズで見えてきた課題について、次のように説明します。

「要件定義の初期段階で想定した業務フローを検証する目的で、各地方支分部局側、申請事業者側で実際に行われている業務について詳細な手順などを集めてみると、現場の実情に合わせた様々なカスタマイズが行われている実態がわかってきました。その為、システム化を進めるにあたり各所の要望を纏めた膨大なリストができあがりましたが、難しいのはその優先順位付けです。手続件数が多い事業者や支部局の要望を拾うのか、全体最適を考えて業務効率度合いの高い要望を選ぶのか。職員や事業者と議論を重ねながら、新しい統一運用ルールを決めていきました。」(曽原氏)

曽原 健史 氏(経済産業省 商務情報政策局 総務課 情報プロジェクト室 デジタル化推進マネージャー)

業務改革のDXと一体化したシステム設計

システム構築へとフェーズが進行後も、設計の根幹に関わる様々な問題が発覚しました。製品安全の分野を担当する1人である荒田芙美子氏(経済産業省 産業保安グループ 製品安全課 製品安全対策官)も、その立場から当時の現場の様子を以下のように紹介しました。

「届出に関する基本ルールは全国で統一されているものの、ルールに明記されていない部分の運用方法は多様でした。それらの整理・統合を、本省が一方的に決めて現場へ押し付ける訳にはいきません。対応する法令に基づいて、現場の理解と協力を得ながら、業務そのもののトランスフォーメーションを含めた取り組みであることがDXのあるべき姿だと考え、取り組みました。」(荒田氏)

荒田 芙美子 氏(経済産業省 産業保安グループ 製品安全課 製品安全対策官)

Pegaの柔軟性と拡張性が保安ネットの基盤として価値を創出

これらの課題の包括的な解決策として、アクセンチュアはPegaのソリューションを提案し、採用されました。Pegaの強みと産業保安グループのニーズがマッチしていたことがその具体的理由です。柔軟性や拡張性に優れるPegaは下記のニーズに応えるとともに、産業保安グループのデータ活用に貢献すると期待されました。

  • 産業保安グループの手続きの数は、プロジェクト開始前の時点ですでに1000を超えており、さらなる手続き拡大を見越して範囲拡大の容易なパッケージが必要
  • 最終的なゴールであるデータ駆動型の保安の実現に向け、データ分析、AIによるユーザーサポートなど、機能拡張性のあるソリューションであることが重要
  • 「真に使われるシステム」となるため、構築時・構築後にもユーザーの声に合わせて改修できるUI改善の余地の高いシステムの選定がポイント

ペガジャパンの宮川裕樹氏は、「本プロジェクトにおいて、ペガジャパンは調査フェーズから参画させていただき、業務に則したデモ環境の作成、ペガコンサルタントによる構築のご支援を展開しました。中央省庁をはじめとする日本の公共分野でPegaをご採用いただく機会が増えており、システム間連携をより容易にするなどにも貢献しています。」(宮川氏)

なお、世界的にも公共機関がPegaを採用する事例は増加しており、2020年に実施された米国における10年に一度の国勢調査でも、その調査基盤としてPegaが選択されています。

宮川 裕樹 氏(ペガジャパン アカウント・エグゼクティブ)

成果―創出された価値

法令理解に基づく開発で、作業の手戻りを最少化

保安ネットに関係する法令は7つあり、その内容のボリュームはいずれも大きいものばかりです。特に「電気事業および電気工作物の保安の確保」について定められた電気事業法は分量が多く、システムの設計や運用業務の見直しに当たっては法令への理解が不可欠となっていました。

曽原氏は「一般的にいって、IT企業が法令について深い専門知識を持っているとは限りません。そのため、システム的には可能と判断して開発したが、後になって『法令の関係でできませんでした。』ということも起こり得ます。しかしアクセンチュアのメンバーは法令の内容をしっかり読み込んでおり、想定される法令との関係性も議論段階で洗い出しているなど、手戻りを最少化できていました。」と振り返ります。

保安ネットの利用率

80%

オンライン化によって事業者が届出先事務所を訪問する必要性が大幅に減少

手続きの80%がオンライン化。「使われるシステムを作る」目的を達成

また、曽原氏は要件定義やシステム開発においてアクセンチュアがアジャイルの体制を構築していた点も高く評価しました。「詳細が判明していくにつれ、変更や見直しが多く発生しました。設計開発において必須となる柔軟性が今回のプロジェクト全体を通じてアクセンチュアから提供されました。」(曽原氏)

本プロジェクトの推進で中心的役割を果たした、アクセンチュアの福井 洋志(テクノロジーコンサルティング本部 公共サービス・医療健康グループ アソシエイト・ディレクター)は次のように当時の状況を説明します。

「お聞きした情報だけを基にシステムを設計構築するのではなく、事業者側と担当職員の両方に真摯に向き合う調整を大切にしました。業務そのものをどのように変革するのか、制度改正や業務改革を含めた検討が必要かどうかといった観点も含めて取り組んだことで、より大きな価値を創出するDXに貢献できたと考えております。業務改革、新しいテクノロジーを活用した仕組みづくり、活用・定着化・利用率向上のための施策検討・推進という幅の広い対応を行えるのは弊社の強みでもあります。」(福井)

福井 洋志(テクノロジーコンサルティング本部 公共サービス・医療健康グループ アソシエイト・ディレクター)

また、ソリューションとしてPegaは大きく分類して3つの価値を提供し、本プロジェクトに貢献しました。

  1. パワフルなIntelligent Automation。迅速な対応力と大量のプロセスを効率的に捌ききる処理能力を発揮
  2. ユーザビリティを徹底的に追求できる画面設計の柔軟性。特に同一データの複数回入力(二重入力)の手間を大幅に削減できる業務支援は効果に直結
  3. ローコードで既存システムと連携できる開発の容易性。省内の他のシステムとの連携を実現

「これまで、職員のワークロードの約7割が届出手続きの処理に費やされていました。Pegaのソリューションを中核とする保安ネットによって、職員は本来手掛けるべき調査業務や現場監督、指導などの仕事により時間を活用できるようになりました。地方支分部局の職員も、データベース入力作業や数値管理が自動化され、業務負荷が大きく低減したと効果を実感しています。すでに処理の80%がオンライン化されていますが、今後は残存している20%の紙での処理を解消していく考えです。」(土居氏)

このように「使われるシステムを作る。」という本プロジェクトのミッションは達成され、経産省側の負担軽減と、申請手続きを行う事業者側の双方にとっての大きなコスト削減と業務効率の改善に繋がっています。現在は日々の運用を通じた改善のフェーズが進行中です。

省庁業務のニュースタンダードとデータ駆動型の政策立案へ

本プロジェクトの進行中、コロナ禍で窓口業務の縮小が余儀なくされました。この状況に対し、Pegaの柔軟性や開発容易性も発揮され、未稼働地域や保安ネット対象外手続きにおいても、簡易的な電子申請ができるシステムをわずか1カ月で構築。日本全国で進んだテレワークへの対応も実現し、事業者側もスムーズな申請ができると評価しています。

「保安ネットは、産業保安におけるニュースタンダードを実現しました。期待通りに稼働して成果を創出していることが省内でも広く知られており、DXの先進事例として注目されています。」(鎌田氏)

「私たちも、業務を電子化するメリットを事業者の皆さまへより広くお知らせしていきます。たとえば今後、過去の届出情報を参照できる仕組みを提供することで申請手続きを簡便化することも検討しています。こうした普及活動を継続していきます。」(荒田氏)

省庁の取り組みにおいて、蓄積されたデータをAIで分析し、次の政策の企画立案に役立てていく取り組みは始まったばかりです。前例の少ない領域ではありますが、今回のプロジェクトによって完成したインフラを活用し、産業保安グループでは他分野への積極的な応用や展開といったデータ駆動型の政策立案の実現へ、大きな一歩を踏み出しています。

アクセンチュアはこれからも経産省のDXの取り組みをエンド・ツー・エンドでご支援してまいります。

左から、宮川様、荒田様、土居様、鎌田様、曽原様、福井

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