課題―求める変化

コロナ禍への対応として、クラウド移行とDX計画を前倒し実施

独立行政法人 国際協力機構(Japan International Cooperation Agency:JICA、ジャイカ)は、日本の政府開発援助(ODA)を一元的に担う実施機関として、開発途上国への国際協力を行う組織です。技術協力、有償資金協力、無償資金協力を中心としたさまざまな支援メニューを効果的に活用し、開発途上国が抱える課題の解決に貢献するため、世界の約150の国と地域で事業を展開しています。

JICAのビジョンは「信頼で世界をつなぐ」。世界中を結ぶネットワークと人的資源を活用するプラットフォームとして、同機構では本部と100以上の国内・海外拠点が日々連携しながら「人間の安全保障」と「質の高い成長」の実現を目指しています。JICA全体の情報システム基盤を司る情報システム部(2021年4月に「情報システム室」から改称)は、本部と国内・海外拠点の日本人職員や現地職員、様々な職種のスタッフが利用するIT基盤の開発・運用を担う部門です。メールやスケジュールといった業務アプリケーションのほか、情報システムのネットワーク、有償資金協力の金融システム、各部門が利用する業務システムの構築支援、サイバーセキュリティなど、攻めと守りの両面でIT全般の管理を担当しています。

JICAIT化は歴史が長く、世界中の拠点を接続して業務を行うためのネットワーク整備やリモートワークのためのVPN回線の構築など、国際的に事業展開する機関にふさわしいITインフラ面の充実や業務アプリケーションの積極的活用が図られていました。特に近年はDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するタスクフォースを組織し、開発途上国の成長をより加速させるためのデジタル技術を活用した国際協力も幅広く展開しています(例としては、遠隔医療や人工衛星を使った森林管理など)。

一方、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(以下、コロナ禍)はJICAの事業にも甚大な影響を与えました。感染拡大が世界的に深刻化した2020年1月以降、JICAでは100カ国以上に派遣していた海外協力隊員や専門家が一時帰国せざるを得なくなりました。他方、海外事務所では多くのJICA職員が現地に残り、各相手国のコロナ対策支援などの継続に尽力してきました。国内では緊急事態宣言を受けて、約9割の職員が在宅勤務を行うこととなり、情報システム部ではその対応に追われることになりました。

JICA 情報システム部 部長の広沢正行氏は当時の状況を次のように説明します。

「政府のクラウド・バイ・デフォルト方針を受け、JICAでは2022年以降のシステム基盤更改において情報システムのクラウド移行を計画していたほか、Robotic Process Automation (RPA)による業務自動化を含む次世代のIT戦略を描いていました。また、東京オリンピック・パラリンピックに備えて都内のオフィスで勤務する職員のリモートワーク化を準備するなど、働き方改革も進めていました。しかし新型コロナ感染拡大と緊急事態宣言による在宅勤務率90%はまったくの想定外。在宅勤務を行うユーザー数はVPNのライセンス数の7倍であり、全ユーザーの常時接続が不可能であったため、メールやチャットなどのコミュニケーション手段が著しく逼迫し、職員の業務遂行に大きく影響してしまったのです」(広沢氏)

JICA 情報システム部 部長 広沢正行氏

海外拠点に踏みとどまる日本人職員や現地職員も都市封鎖(ロックダウン)により出勤できずに孤立する状況が生じ、命懸けで業務を継続している職員達のライフライン維持のためにも速やかな対策の実施が急務となっていました。

JICAでは拠点間を専用線でつなぎ、インターネットへの出口(日本の1箇所)にてプロキシサーバー等を用いてセキュリティを担保していました。このネットワーク構成はセキュアである反面、業務実施の際には必ず機構内のネットワークにアクセスする必要があり、入口となっているVPNの同時接続数の上限がボトルネックになっていました」と振り返るのはJICA 情報システム部 次長の若杉 聡氏です。

「この事態の打破には何が必要かを議論した結果、メールに代わるコミュニケーションツールの導入と、2022年に予定していたクラウド化の前倒し実施が最善の手であると結論づけました。特にMicrosoft Teams(以下、Teams)は以前からスタディツアーをマイクロソフトに提供いただいていたため、人事・総務部門などもTeamsへ大きな期待を寄せていました」(若杉氏)

JICA 情報システム部 次長 若杉 聡氏

社会の混乱がますます深まりつつあった2020年春、JICAはヘルプデスクや情報システムのコンサルティング(ITコンシェルジュ)を提供していたアクセンチュアに協力を打診。JICAの業務や実態を熟知しているアクセンチュアはJICAのクラウド化やEndpoint Detection and Response(EDR)導入の要望に基づき、Teamsおよび関連するマイクロソフトのソリューション導入支援を提案し、プロジェクトとして発足しました。

取り組み―技術と人間の創意工夫

有事対応に強みがあるJICAのカルチャーが発揮された高速プロジェクト

JICAの情報システム部内では、コミュニケーション基盤の候補として複数の製品を比較検討した結果、VPN接続とメールに代替し、かつセキュリティを維持できるソリューションとしてTeamsが最も優れていると判断しました。Teams選定の経緯について情報システム部 システム第一課 課長補佐の小原史丈氏は説明します。

JICAで導入していたSkype for businessの後継製品であることやMicrosoft Officeとの親和性、ユーザーの操作性の点で優れているとTeamsを評価しました。本来ならばメールの移行も含めると3年程度を見込む移行プロジェクトですが、アクセンチュアの強力なバックアップを得ながら、Teamsに限れば導入検討から4月の無償版試行導入まで約1カ月という超短期で決行しました」(小原氏)。

JICA 情報システム部 システム第一課 課長補佐 小原史丈氏

機構全体へのTeamsの展開は一斉導入で実施されました。JICA 情報システム部 システム第一課 課長の末兼賢太郎氏は「マニュアルも研修も十分ではなかったものの、一日も早い業務環境の改善を優先し、組織内での了解を得て展開しました。サポート体制(ヘルプデスク)の整備・拡充も並行して行いましたが、職員等にはトラブルシューティングはネット検索などセルフ解決いただきたい旨、協力を呼びかけました」と、導入プロジェクトは異例づくめであったと述べます。

JICAは開発途上国への協力をミッションとしていますので、職員には日本ではなかなか経験できない有事や非常時に対応できる臨機応変さが備わっています。JICAのこのカルチャーが本プロジェクトでも見事に発揮されました。職員同士が協力してツールの使い方を教え合い、情報共有を組織内で積極的に行うなど、JICAの強みが存分に発揮されたといえます」(末兼氏)

JICA 情報システム部 システム第一課 課長 末兼賢太郎氏

アクセンチュアからの提案を4月に受け、6月にはJICA内での正式決定へと進んだスピードこそが今回の成功要因であったと広沢氏も振り返ります。

リモートワーク環境のクラウド移行をステップに分解して実行

クラウド移行プロジェクト(以下、本プロジェクト)は4月のTeams無償版の試行導入を皮切りに、以下のロードマップでフェーズごとに進められました。なお、試行導入ではマイクロソフト社が表明したOffice 365 E1の6カ月間無償提供支援措置「Our commitment to customers during COVID-19」を活用し、各職員が通常業務で使用しているものとは別のマイクロソフトアカウントを取得してTeamsを利用する一時的措置を取りました。

  • ステップ1(2020年9月)Microsoft Azure Active Directory(Azure AD)の導入とTeamsの正式導入(JICA職員が自身のメールアドレスでログイン可能に)
  • ステップ2(2021年1月):メールをMicrosoft Exchange Online(以下、Exchange  Online)に切り替え、端末管理としてMicrosoft Intuneを基盤として導入
  • ステップ3(2021年3月)Microsoft Defender for EndpointMicrosoft Azure Sentinel(以下、Azure Sentinel)導入

本プロジェクトの現場メンバーとして活躍したJICA 情報システム部 システム第一課 主任調査役の柏村正允氏は「平常時であれば検討フェーズを含めて3年を要する移行を3カ月で敢行しました。ユーザー部門の協力を得られたことも本プロジェクト成功の大きなポイントです。特にメールをExchange Onlineに切り替えたことで1人あたりの容量も従来の1GBから100GBへと拡大したことは職員に大きなインパクトがありました。業務の効率化に大幅に貢献しています」と話します。

JICA 情報システム部 システム第一課 柏村正允氏(主任調査役)

非常な短期間かつ大規模な一斉導入であったことから、情報システム部における本プロジェクトの難所の1つとなったのが国内・海外を含めて様々な環境で業務をしている職員への周知でした。

「ユーザーへ多大な負担をかけてしまったことが本プロジェクトの反省点であり教訓です。組織内から様々なリクエストがありましたが、部長・次長が他部門との調整や説明に尽力したことで、本プロジェクトの実行メンバーは移行業務に集中できました。その後は多くの部署の職員から感謝の言葉をかけてもらっており、情報システム部の取り組みが組織内で広く認められたように感じています」(小原氏)

セキュリティの最大化のためにEDRを使うべく、ライセンスもE5を選択

本プロジェクトではスピーディなクラウド移行と並行して、クラウド基盤におけるセキュリティ対策を模索し、以下の評価ポイントをもとに製品が選定されました。

  • JICAではマイクロソフト製品での統合運用により効果を最大化できると期待
  • クラウドプロキシ(Zscaler)を導入したため、ログを含めた相関分析が有効であろうと判断
  • TeamsOneDriveといったマイクロソフトのコミュニケーションツールの基盤としてExchange Online(メール)、Intune(端末管理)、Microsoft Defender for Endpoint(ウイルス対策)を利用。ライセンスはE5を採用し、ソリューションの使いこなしが目標
  • Azure Sentinelは上記の製品群と親和性が高く、連携も容易に可能。あらゆるログを取得できる点も高く評価。また、ログを蓄積するためシナリオに沿った検出が可能
  • プレイブックと呼ばれるテンプレートが用意されており、最終的には自動化(SOAR)の実現によってSOCをマイクロソフトに移管可能

「業務環境の変化からクラウドの導入が必須となり、クラウドを導入するのであればEDRの導入が不可避と判断しました。そしてMicrosoft Defender for Endpointを導入することとしましたが、これを十分に活用するにはE5ライセンスが必要であることから、JICAではE5を選択しました」(末兼氏)

外部発信の電話の置き換えも進行

本プロジェクトではクラウド化と並行して、Phone Systemの試行導入も進められ、電話における課題解決も目指しています。

JICAでは卓上型の固定電話機を利用しています。TeamsによってJICA内部のコミュニケーションは解決の道筋が立ったものの、外部との音声でのコミュニケーションは依然として電話に依存しています」。こう話すのはJICA 情報システム部 システム第一課 調査役の宮下良介氏です。「ソフトフォンへの置き換えも検証しましたが、不具合事象が発生し、解決に時間を要する事が見込まれため、他に短期間で導入できる電話サービスとして行き着いたのがPhone Systemでした。テレワーク中のユーザーは私物の電話を使って外部と通話し、費用を事後精算するルールになっていましたが、Phone Systemを導入したことでその必要もなくなりました。電話番号は従来の固定電話とは紐づいていないので、新規番号の周知が必要になりますが、ユーザーからは積極的な協力が得られ、大きな問題には至っていません。なお、ユーザー数は約3,500です」(宮下氏)

JICA 情報システム部 システム第一課 宮下良介氏(調査役)

JICAのクラウド化の全体概念図

JICAのクラウド化の全体概念図

成果―創出された価値

組織の壁を超えたワンチームによって共に困難を乗り越え、価値を創出

今回のプロジェクトは、まさにJICAとマイクロソフト、アクセンチュアがワンチームとなった協働によって成し遂げられた成果です。

成功要因を整理すると、①ユーザーからのリクエストを正面から受け止めたこと、②リスク低減を図りつつスピード最重視で導入したこと、③マイクロソフトの技術的サポート、④アクセンチュアの総合的なプロジェクト推進力とコンサルティングの4点に集約できるといえます。

広沢部長以下の方々にそれぞれの視点で得られた成果等について本プロジェクトを振り返っていただきました。

「現行環境を拡張して迅速にクラウドへの移行を実現したことが本プロジェクトの成功要因ですが、アクセンチュアがJICA内部の事情を熟知しており、エンドユーザーが直面している課題に真摯に向き合ったことも大きく貢献しています。アクセンチュアは非常にプロアクティブで、積極的な働き掛けはもちろん、必要があれば「ノー」もきちんと明示してもらえるなど、信頼できるパートナーです」(柏村氏)

「安定稼働して当たり前と思われがちな情報システムですが、いかに運用管理者の努力によって支えられているかが組織内で認知されるようになりました。依頼事項があるときも『大変な中、申し訳ないですが』と一言添える気遣いをお互いができ、協力しあうJICAのカルチャーが一層深まったように感じます」(宮下氏)

「アクセンチュアのチームは、直接、差し迫ったユーザーの生の声に常に触れていただいているため、我々と同じスピード感と危機感で課題を共有できています。アクセンチュアがJICAの課題に対して当事者意識を持って取り組んでいただけるなど、組織の垣根を超えた対応で付加価値を生み出してくださっています」(小原氏)

「緊急事態宣言の発令後は、部長が対策本部会合に日々出席して大小様々な課題を部に持ち帰り、アクセンチュアメンバーも交えて部内で議論しながら対策をアップデートし続けました。短期的に急場をしのぐだけでなく、その先を見据えた取り組みへの転換も設定されるなど、ゴールを早期に具体化できたのがこのチームの大きな成果です」(末兼氏)

JICAのクラウド化は道半ばですが、基盤システムのリモートワーク対応は第一段階が完了しました。今後、社会では様々なイノベーションが起こると期待されますが、JICAではその恩恵をいち早く得て、DXのメリットを最大化していく考えです」(若杉氏)

「本プロジェクトによって、コロナ禍で混乱した現場の業務体制を迅速に立て直すだけでなく、JICAのデジタル変革、そして国際協力を強力に推進する土台を構築できました。危機を好機に転じ、プラスの価値を生み出すことができたと考えています。アクセンチュアからは、それらを実現するため緻密な分析に基づく大胆な提案をいただきました。今後も、クラウド移行を完遂し、マイクロソフトのソリューションを徹底的に活用していくため、両社からのさらなる提案を期待しています」(広沢氏)

本プロジェクトにおいて、JICA側メンバーと日々のコミュニケーションを最前線で担当した上原雄貴(テクノロジーコンサルティング本部  インテリジェントクラウド アンド インフラストラクチャー グループ  マネジャー )は次のように振り返ります。

「コロナ禍がいかにJICAの業務を逼迫させていたか、また情報システム部の皆様がどれほど大変なご苦労をなさっているのかを ITシステム運用とヘルプデスクを担う私たちアクセンチュアのチームは間近で拝見しておりました。機構内の状況等はリアルタイムに把握しておりましたので、マイクロソフト側と技術検証等の打ち合わせをシームレスに進めるなど、JICAの意思決定を運用や技術面でご支援しました」(上原)

アクセンチュアはソリューションを持つパートナー企業とともに、これからもJICA全体でのデジタル活用と価値創出に貢献してまいります。

テクノロジーコンサルティング本部 インテリジェントクラウド アンド インフラストラクチャー グループ マネジャー 上原 雄貴

100倍

メールの容量が1GBから100GBに。不要になったメールの削除で業務時間を浪費することがなくなった。

約1万台

JICAの機構内用PC、スマートフォン、持ち出し可能な仕様になっている出張用PCのトータル約1万台のデバイスをマイクロソフトのソリューションで管理。

13分の1

一般的には検討段階から含めて3年を要するメールシステムのクラウド移行を3カ月で達成。

写真右より:JICA 情報システム部 宮下良介氏、小原史丈氏(課長補佐)、柏村正允氏、末兼賢太郎氏(課長)、広沢正行氏 (部長)、上原雄貴(アクセンチュア)、若杉 聡氏(次長)、増田明宏(アクセンチュア)

チーム紹介

ニュースレター
最新コラム・調査をニュースレターで 最新コラム・調査をニュースレターで