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ブログ

PFAS規制の業界インパクトとサプライチェーン戦略

5分(読了目安時間)

2025/07/08

PFAS(有機フッ素化合物)は炭素とフッ素を人工的に固く結合させた化学物質であり、水や油をはじく撥水・耐油性から、耐熱性・耐薬品性・耐電性、更には滑り性の特性により、日常生活に近いフライパンのフッ素加工、食品包装・容器から、消火剤、金メッキ処理剤、半導体製造プロセスなど幅広い領域・場面で活用されてきました。一方、昨今ではPFASの高い難解性と残留性から「永遠の化学物質」と呼ばれ、一部のPFAS部材においては発がん性、抗体反応低下、発育低下など、大人から子供まで健康被害リスクが言及されており、グローバルでもストックホルム条約/POPs条約で利用禁止・廃絶の動きも活発となっています(PFOA、PFOSは2019年、PFHxSは2022年に附属書A(廃絶)に追加され、更に2025年5月には長鎖PFCAsが附属書Aに追加されました)。

環境意識の高さでグローバルをリードする欧州では、予防原則に則ったPFAS規制議論が重大な局面を迎えています。REACH規則*では環境インパクトリスクが顕在化しているPFAS部材だけでなく比較的安定しているポリマー(PTFE、FKM、FEP、PFA、PVDF等)含む1万種以上のPFASの規制を検討しています。化粧品、スキーワックスやアパレル、包装材などの消費者に近い領域でのパブリックコメントを踏まえた提案内容審議が完了し、PFAS規制の大きい影響を受ける医療機器、エレクトロニクス・半導体などは議論が進行中のステータスにあり、2026年から2027年あたりで公布・発効が想定されています。更に、PPWR(包装および包装廃棄物規則)においては、食品包装に含まれるポリマー以外のPFAS類合計値、ポリマー含むPFAS類合計値を26年8月から制限予定であり、「ポリマーを含む」制限が設けられることは予防原則に則った欧州の全PFASに対する姿勢を明示しています。

*REACH規制:Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicalsの略で、2007年6月1日からスタートした欧州の化学物質管理における法規制

※欧州と同様にPFAS規制をリードする北米においては、連邦政府の取組み(EPA)と州レベルの多様なPFAS規制の取組が混在しています。科学的エビデンスに基づき基準値を制定するボトムアップアプローチ(有害化学物質管理法TSCA, 安全飲料水法SDWA等)と、欧州と同様に予防原則に則ったトップダウンの規制強化を進めるカリフォルニア州、ミネソタ州、ニューヨーク州等が存在しています。

グローバルにおけるPFAS規制トレンド
グローバルにおけるPFAS規制トレンド
ECHAによるREACH規則(PFAS規制)策定スケジュールの見立て
ECHAによるREACH規則(PFAS規制)策定スケジュールの見立て

規制の動向は各業界のサプライチェーンに多大な影響を与えており、最上流の化学メーカー、上流のPFAS部材加工メーカー、エンドユーザーそれぞれにおいて事業リスクが顕在化しています。

  • 化学メーカー:投資体力に懸念がある、もしくはPFASにより自社ブランドに影響を受ける化学メーカーはPFAS事業から撤退・製造停止を始めており、3Mは2025年完全撤退、Solvayは投資対効果を理由にPTFE事業から撤退を表明、Chemoursはフッ素系界面活性剤を用いない製造工程に積極投資

  • PFAS部材加工メーカー:自動車、半導体等のPFAS規制の適用除外となるシナリオが見込める産業との取引が多い企業はPFAS加工事業を継続する傾向ですが、消費財・食品等の即刻PFAS規制対象と成り得る取引先の多い企業は撤退の兆しを見せています(特に、価格上昇や設備等の投資対効果が見込めない企業、米国、EUなど市場からの圧力が強い地域に根差す企業は厳しい状況に直面しています)

  • 一般消費者:1万種以上あるPFASが十把一絡げで認識されています。環境へのインパクトの濃淡がありながらも同一で語られ、「PFASを利用している」ことがブランド毀損に繋がるリスクがあります(消費者の生活に、より根差した業界ではそのインパクトが大きくなる傾向)

PFAS規制とそれに付随する外部環境変化のインパクトや喫緊性は業界ごとに異なります。より消費者に近い消費財や食品の業界ではPFASからの切替を余儀なくされる一方、消費者からの距離に応じてその緊急度も変わり、各業界の立ち位置に基づくPFAS戦略が求められます。企業は「事業・商品のパフォーマンスへの影響度」 x 「PFAS代替の喫緊性 = 各業界におけるPFAS代替の成熟度」に応じて戦略の柱を見定め、プロアクティブに対応していくことが求められます。

  • 消費財:ブランドマネジメント観点も踏まえ、業界全体で、PFAS-Freeが進められています。従来、フィルム表面の成膜工程、シャンプー原料、製造工程でのタンク洗浄でPFASを利用していましたが、PFAS混入が問題になって以降、代替品移行が進み、意図的に利用するケースはほとんどありません。サプライヤーに対してもPFAS freeの対応のプレッシャーをかけ、対応が遅いサプライヤーは取引量を下げるなどのペナルティーを設定するなど先進的に取り組んでいます。非意図的に含まれてしまうPFAS残留に関しても、設備自体の切替、及び排水中の混入物の定量化で徹底管理し、PFASでコーティングされている設備に関して切替を検討するとともに、工場周辺の水・土壌に含まれる場合のPFAS混入の検出は、一番厳しい国・州の基準に則りモニタリングするとともにフィルター除去を推進

  • 食品:食品包装においては商品ごとに必要となる包装特性に応じて安全な代替品を探索しています(冷凍食品・加工食品(ベーカリー等)、乳製品(チーズ、ヨーグルト等) 、肉・魚介の加工品(ソーセージ等)の順で検討が進む傾向)。PLAコーティングや植物ベースのワックス、キトサン複合フィルム、高分子多糖類とプロテインの共役ポリマーなどを候補として検討(但し耐熱性や強度、柔軟性、更にはサプライヤーの制限など、従来のPFASポリマーの性能を全てのレベルにおいて満たす素材は見つかっておらず、商品ごとの特性に応じた性能の取捨選択が求められます)。更には加工工程でのPFAS混入に向けても低減する姿勢を見せており、非フッ素系コーティングの設備採用を検討(非粘着性と離型性に優れたシリコーン系、耐熱性に優れたセラミック系、アクリル系等)

  • 自動車:BCP(事業継続計画)観点だけでなく、PFAS-free技術開発を競争優位の1つと捉え、コストと実現性の両面で評価した上でPFAS free推進可否を判断。先進企業は化学メーカーと直接コミュニケーションし材料開発を促しつつ、Tier 1, 2サプライヤーに化学メーカーとの協議結果を連携して部材のPFAS free開発を推進(サプライヤーに委ねることなく自社で推進)。業界全体で標準化が必要な部材は、業界団体を通じた開発で標準化のイニシアチブが図られます

  • 半導体:高度な技術と安全性が求められるため、規制当局(ECHA等)に積極的に根拠となる定量的なデータ提供しながらコミュニケーションし、PFASを必要とする立場を表明。半導体・エレクトロニクス業界におけるPFAS-free化に向けた研究開発は初期段階であり、特に半導体製造では洗浄工程やフォトリソグラフィ等の製造工程、表面処理で利用されるPFASの重要度が高く、安定的に確立された手法からの切替の研究には長い年月を要する状況(現状は代替品の見込みはない)
PFASインパクトのレベルに応じた対応パターン
PFASインパクトのレベルに応じた対応パターン

最後に

本ブログでは、PFAS規制の重要性とその影響について詳しく解説しました。PFAS規制とそれに付随する外部環境変化は、規制対応だけの領域ではなく、サプライチェーン戦略・材料技術戦略(B2Cではブランド戦略)に紐づく重要テーマとなります。規制が制定されてからの動きではなく、先読みに基づく戦略策定・先行投資が求められる領域に位置づけられます。

企業は以下のステップで推進することが求められます:

  1. PFASを取り巻くリスクシナリオ導出:タイムリーな規制情報収集・トレンド把握、サプライチェーンの各ステークホルダーのリスクシナリオ分析

  2. リスクシナリオに基づく事業インパクトの分析:リスクシナリオから影響が想定されるバリューチェーン・サプライチェーンの領域特定、インパクト定量化に基づく優先順位付

  3. 事業インパクトの大きい領域に対するサプライチェーン・材料技術戦略策定:PFAS起点のBCPリスクを見越したPFAS freeサプライチェーン戦略策定、PFAS free材料技術戦略策定
PFASリスク対応に向けて企業が取るべきステップ
PFASリスク対応に向けて企業が取るべきステップ

アクセンチュアは、企業がこれらの経営課題に対応するため、最新の規制情報の提供と、それに基づく対応策の立案などの規制対応のコンサルティング、リスクを最小限に抑えるための戦略立案など、包括的にご支援します。

チーム紹介

高松 泰司

ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ プリンシパル・ディレクター