2019年8月19日、東洋経済新報社との共催でJapan M&A Conference 2019が開催されました。

デジタルトランスフォーメーション(DX)による競争環境の劇的な変化の中、グローバルM&Aもより複雑化・大規模化しています。Japan M&A Conference 2019では、激変するM&Aのトレンドを読み解くとともに、具体的なケーススタディをご紹介します。

後編では、企業価値拡大に貢献するM&Aガバナンス、およびデジタル時代のCVCに関する講演、そして「大企業のスタートアップとの共創。トップランナーが見ている世界」と題して、3名のゲストをお招きしたパネルディスカッションの模様をご紹介します。(前編はこちら

■企業価値拡大に貢献するM&Aガバナンス

言うまでもなくM&Aの意思決定は難しい。「そこそこ潜在性がありそうだがリスクも高そう」な会社が対象であり、売手優位で情報と時間に強い制約があり、誰が評価するかによって評価はバラつく。加えて、「クロスボーダー」・「価格高騰」・「デジタルM&Aの増加」といった環境変化がより複雑化させています。

アクセンチュア 戦略コンサルティング本部M&Aプラクティス プリンシパル・ディレクター 河合隆信

特にデジタルM&Aは、従来型のM&Aと違い、自社にないデジタルケイパビリティを獲得することで新たなビジネスモデルの創出を狙うことを目的とするM&Aです。たとえば、Daimlerは将来的な自動運転の無料タクシー事業を目指し、高精度デジタル地図技術を持つHERE、ライドシェアプラットフォームを持つRideScout、タクシー配車プラッドフォームを持つmytaxiを相次いで買収しました。近年では日本でも幅広い業界でデジタルM&Aが数多く行われています。従来型のM&Aは既存ビジネスの取り込みが主眼であり「過去」の実績に基づく評価が中心でしたが、デジタルM&Aでは獲得するケイパビリティの「将来」の競争優位性の見極めが求められます。経営者にとっては難しい判断になりますが、自社の成長や新たなビジネスモデルの構築のためには避けて通れません。限られた時間の中で、いかに自社の英知を結集して判断するかが経営者にとって極めて重要になります。そこでここでは、成功確率を高めるためのM&Aガバナンスについてご説明します。

● M&Aガバナンス不全の実例

1つ目は「責任者不在」の例です。あるM&Aでは、買収完了後すぐにディールチームが解散し買収後の管理責任が別の部署に引き継がれました。解散時、誰が本当の責任者だったのか不明確でまだ2年しか経っていないにもかかわらず、買収目的が何だったかもわからなくなっていたそうです。

2つ目は、「現実的ではない数字作り」です。あるM&A案件の担当者は上司から売手の希望価格に届くようにシナジーの数字を積むように指示されました。担当者はどこかの段階で指摘されストップがかかると思っていたそうですが、結局、最後まで通ってしまったそうです。

3つ目は、「買収がトップの意向に沿って既定路線になってしまう」ことです。ある企業の会長に直接持ち込まれた案件では、会長が買収に前向きであることがわかると、いつの間にか買収が既定路線となり、誰もネガティブなことが言えなくなったそうです。

読者の中にもこれらと似た事例を経験した方はいるのではないでしょうか。既に多くの日本企業でもM&A専任部門の設置・強化、M&A案件検討に関する社内ルールの制定等は行われていますが判断の質とスピードを高次元で両立させるためにはM&Aガバナンスを機能させる必要があります。

の観点で設計する必要があります。

● M&Aガバナンス3つの要素

M&Aガバナンスを機能させる上で「Ownership」・「Process」・「Expertise」の3つの要素が不可欠です。

① 案件推進者の責任ある判断を促す「Ownership」

M&Aは誰が評価するかで判断が大きく変わります。最終意思決定者は取締役会ですが、実際には対象案件の事業性とリスクを最も深く理解している案件責任者の判断が重要です。取締役会による監督では、一般的なリスクを指摘することはできても、特にデジタルM&Aなど馴染みが無い領域の場合には、新たな事業モデルの意義や潜在的なリスクの判断は容易ではありません。そこで、案件責任者の責任ある判断を促すため、買収実行だけでなく買収後の計画達成に対しても一貫した責任を持たせます。単に「案件責任者を一人決める」というだけでは十分でなく、次の3カ条を実践することが必要です。

  1. 案件責任者は価格算定と事業計画達成の両方に責任
  2. 案件責任者は3年固定
  3. 案件責任者は所管事業部門の第2階層から選任

M&Aでよく問題になるのが、買収決定時の責任者と買収後の事業計画達成の責任者が異なることです。途中で案件責任者が交代することを許せば、買収決定時に無責任な判断がされる恐れがあります。案件責任者は買収前から買収後まで1人に担当させます。

では案件責任者はいつまで責任を負い続けるのか?それは「3年」です。経験則からの数字ですが、一般的に事業計画が実現できるか否かを見極めには3年程度かかります。その間、案件責任者が変わるのはM&Aにとってマイナスにしかなりません。そこで、案件責任者の人事ローテーションを凍結し、クロージング後の3年間は固定させます。

さらに、3年固定される人とはどのような人なのでしょうか。経営トップや事業部トップでは責任範囲が広すぎますし、下すぎても権限・責任が小さすぎて実効性がありません。したがって、社内的にある程度の権限・責任を持つ第2階層から選任します。

② 判断の質とスピードの両立を考慮した「Process」

ディール期間は限られており、その期間内にさまざまな意思決定をしなければなりませんから、全体としてのスピードを上げる必要があります。「Process」の3カ条は、判断の質とスピードに関わる要素です。

  1. 意思決定に不可欠な重要論点へのフォーカス
  2. 説明の詳細度まで定義
  3. M&Aに特化した審議会での検証

ディールプロセスでは、大きな意思決定をしなければならないポイントが4つあります。「買収提案承認」「基本合意承認」「オファー承認」「最終承認」と、4段階の承認ゲートで決めることはそれぞれ違いますから、そこでの意思決定に必要不可欠な論点のみに絞り込みます。

また、重要項目の詳細度をあらかじめ決めておきます。特に承認ゲートの第2段階「基本合意承認」はデューデリジェンスに入る前の意思決定となります。非常に限られた情報の中で限られた時間内で意思決定しなければなりませんから、意思決定者の間での認識合わせは不可欠となります。

3つ目は、意思決定とは別に検証を行う必要があるということです。通常、経営会議や取締役会では数多くのアジェンダがありますから、どうしても表層的な議論にならざるをえません。そこで、M&Aに特化した検証の場を設けることが必要となってくるのです。

③ 知識ギャップを補完する「Expertise」

最終意思決定者は、最前線でディールを進める案件責任者ほどの知識はありません。案件責任者ほど多くの時間を費やせませんから、これは当然のことです。しかし、それでは正しい判断ができません。そこで、最終意思決定者の知識ギャップを埋める必要があります。その打ち手のひとつが外部アドバイザーの起用です。外部の専門家を活用することで、時間を短縮し、判断の質を上げるだけでなく、バイアスを排除し、ビジネスメカニズムや市場環境、技術の動向などに関する正しいファクトをインプットすることが可能となります。

■デジタル時代のCVC〜先進事例から浮き彫りになったValue upの壁

アクセンチュア 戦略コンサルティング本部M&Aプラクティス シニア・マネジャー 樫宿恵生

近年、スタートアップとの連携手段の一つとして、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が注目されています。CVCによる投資案件は、グローバルはもちろんのこと日本でも急増しており、CVCの設立数も増加しています。また、日本では従来、通信・ネット系企業によるCVCが71%を占めてしましたが、今では不動産や輸送機械、運輸サービス、消費財などの伝統的な企業にも拡大し、2018年には通信・ネット系以外の企業によるCVCが56%を占めるまでになりました。

一方で、日本のCVCの40%は、ポートフォリオの現在価値がマイナスになっています。これはバリューアップに大きな壁があるということです。ここでは、壁を乗り越えバリューアップするための3つの要素についてご紹介します。

  1. GOAL:提供価値・リターン
  2. STRATEGY:投資方針・ドメイン
  3. EXECUTION:投資実行・コラボレーション

● GOAL:提供価値・リターン

CVCは「ファイナンシャルリターン」に加え「ストラテジックリターン」も求められる活用が難しい形態であり、しかもストラテジックリターンは成果を図りづらい点にも難しさがあります。

日本のCVCはストラテジックリターンを追求する割合が多くなる傾向が見られます。これは、ストラテジックリターンあってのCVCという考え方があるからです。しかし、CVCとして存続していくためにもファイナンシャルリターンは重要であり、事実、グローバルで最もアクティブなCVCであるGV(Google Ventures)、Intel Capitalはファイナンシャルリターンを重視しており、結果も出しています。

とはいえ、ファイナンシャルリターンのみであればVCで十分であり、しかも市場が資金供給過多と言われているなかで有望なスタートアップは資金調達先に困っていません。そこで、マーケティングや広報面でのバックアップ、R&Dや技術面等専門知識の提供、オブザーバーや取締役の派遣など、CVCならではの投資先サポートが差別化要因となってきています。

たとえば、GVはトップクラスのデザイナーやエンジニアを投資先に派遣しており、Intel Capitalは人材やテクノロジー、工場や研究所へのアクセス、投資先同士のネットワークなど、提供できるものは何でも惜しみなく提供するスタンスを明確にしています。日本のHonda Silicon Valley Lab(現ホンダイノベーションズ)でも、エンジニアの派遣や常駐、共同でのプロトタイプ作りなど、ホンダならではの知見やサポートを提供しています。

● STRATEGY:投資方針・ドメイン

ここでの論点は、投資対象の裾野が広いなかで、いかに適切な解像度で戦略を描くか、ということです。たとえば、一口にAIと言っても、そのカテゴリは76にも及び、2013年以降に資金調達したAI関連スタートアップは3,600社以上あると言われています。この膨大な数の中から投資方針の合うスタートアップを見つけ出すのは容易ではありません。そこで、ここではTech Giantsとして知られるMicrosoftのM12とGoogle のGVを、事業会社としてゼネラル・エレクトリック(GE)のGE Venturesと中国平安保険のPing An Venturesの投資方針を見ていきます。

MicrosoftやGoogleは、データやアルゴリズムの汎用的な要素技術を保有するスタートアップにフォーカスし巨額投資し、広くユーザやデータを収集するプラットフォーマー戦略をとっており、資金規模の面でも同種の戦略で匹敵できるプレイヤは日本ではごく一部に限られているといえます。

このTech Giantsに対する脅威に対し、グローバルプレイヤはいかに対応しているのか。GEは2020年までにデジタルインダストリアル企業になることを掲げ、ドローンやロボティクス、3Dプリンティング等、先端テクノロジーに着目し、出資しています。Tech Giantsとの違いは、GEは技術自体の先進性よりも、自社のサービスに乗せるソリューション型スタートアップに投資していることです。また、平安保険では数年ごとに投資対象の業界やテーマを大胆に見直しています。ある年には自動車領域にフォーカスし、自社にない自動車に関わる顧客体験の川上から川下の数多くのスタートアップに投資し、そこに自社の保険商品のクロスセルやアップセルを狙っていくのです。両社に共通するのは、Tech Giantsと差別化し、特定領域で付加価値を磨くユースケース型の投資を中心に行っている点に特徴があります。

● EXECUTION:投資実行・コラボレーション

GOAL、STRATEGYをクリアしても、EXECUTIONでも課題は存在します。ここでは「初動の壁」「スケールの壁」「グループ間連携の壁」の3つの課題を取り上げます。

「初動の壁」とは、スタートアップのソーシングから投資を行い、事業部との連携を進めていく初動のサイクルを回すところにある課題です。この時点では社内に知見者・経験者が不足しており、社外から人材を招こうにも社内制度や仕組みが整っておらず、人材獲得も容易ではありません。これは、設立直後から1年くらいまでのCVCによく見られます。打ち手としては、不足するケイパビリティを外部の有効活用で一時的に補填しつつ、この期間に社内制度や仕組みを整備していくことが有効です。

設立2〜3年が経過し、投資件数も徐々に増えてきたCVCでは「スケールの壁」が課題となります。これは、大企業とスタートアップとの間にたち事業開発をリードできる人材(スケール人材)が不足し、自社と投資先との間でスキルセットのミスマッチが起こり思うように成長できないという内容です。この課題の打ち手に人材の多層化が上げられます。たとえば、本社に話を通せる人材を獲得したり、投資先のマネジメント人材を投資側に登用するような工夫をしているCVCがこの課題を乗り越えています。

3つ目の課題である「グループ間連携の壁」は、運用歴の長いCVCで聞かれる課題であり、CVC単体では投資件数も多く順調であるものの、経営観点で見た場合に経営企画・M&A・R&D・イノベーションセンターなど関連部門との間で全体最適になっていないという課題です。この段階では、CVC自体ではなく、どちらかといえば本社の経営企画やグループ戦略のポートフォリオにおける課題とも言えます。打ち手としてはコラボレーションを促進するようなツールを導入し、コラボレーションワークスペースやフライデーナイトのような人的コミュニケーションを活発化・促進できるようなフィジカルなフィールドを構築することで対処していることが伺えます。

■招待者講演〜大企業のスタートアップとの共創。トップランナーが見ている世界

KDDI傘下のSupershipホールディングス執行役員CSOで数多くのM&Aをリードしてきた八重樫健氏、2017年にSupershipホールディングス傘下に加わり急成長中のMomentum代表取締役高頭博志氏、アクセンチュアでオープンイノベーションを推進するアクセンチュア戦略コンサルティング本部マネジング・ディレクター廣瀬隆治の3名をゲストに迎え、またアクセンチュア 戦略コンサルティング本部M&A統括マネジング・ディレクター横瀧崇をモデレーターに、大企業からスタートアップへの支援とM&A成功の鍵について議論しました。

(写真左から)アクセンチュア 横瀧、Supershipホールディングス執行役員CSO 八重樫健氏、Momentum代表取締役 高頭博志氏、アクセンチュア 廣瀬

● 大企業からスタートアップへの支援はミスマッチを起こしている

横瀧 スタートアップに対しての支援は、どのようなものが望ましいのでしょうか。

八重樫氏 スタートアップ側の立場も持つ我々から見ると、投資先へのサポートは取締役やオブザーバーの派遣よりも「提携先・サプライヤー・顧客の紹介」のほうが有効となると考えています。それも「紹介」だけではなく、「アライアンス締結」まで支援できるかがキーとなります。

Supershipホールディングス執行役員CSO 八重樫健氏

高頭氏 弊社にとって一番重要なリソースだったのはアライアンスです。現実的にスタートアップが大企業と提携するというのはなかなか難しい部分があります。しかし、Supershipホールディングスからのサポートを受けることで、実際に電通やヤフーなどの大企業と協業することができました。また、人材面でもSupershipホールディングスをはじめとするグループに支援をしてもらっています。特に大企業との提携を推進していけるようなビジネスディベロップメント人材はスタートアップにはなかなかいませんから、これは大きいと思います。

Momentum代表取締役 高頭博志氏

廣瀬 成功するCVC、M&Aに共通するものは、やはりギブアンドテイクです。出資元企業が出資先企業に何をギブできるか。それが明確であるほど、成功の確度が高くなるでしょう。

しかし、CVCの組織は独立したイノベーション組織としてデザインされていますから、概念としてはいろいろなギブができることになってはいても、実際に話が進んでいくと、必ずしもギブをコミットできなかったりします。その結果、思ったようなシナジーが描けなくなることが現実に起きています。

CVCとして投資前の段階から何をギブできるかを考え、実際にコミットできるのかを検討することはとても重要です。

アクセンチュア 戦略コンサルティング本部 マネジング・ディレクター廣瀬隆治

●大企業はスタートアップに何をギブできるか

横瀧 「STRATEGY」では、投資方針を中心にお伺いしたいと思います。

アクセンチュア 戦略コンサルティング本部M&A統括マネジング・ディレクター 横瀧崇

八重樫氏 M&Aには、ロングリストやショートリストを作って交渉するという正攻法、証券会社や銀行・VCからの紹介、事業部側からの要望、と3つの入り口があります。これまで十数社のM&Aを行ってきましたが、この中で一番成功確度の高かったのは3つ目の事業部からの要望でした。その要因は、M&A前に本質的なビジネスDDができていることと、M&A後にしっかりとシナジーを提供していけるからです。事業部からの要望の場合、自分が上げてきた案件ということで事業部側もコミットしますから、M&Aを成功させようとPMIにも一緒に取り組んでくれます。これが重要なポイントですし、この循環が回り始めていることは我々の強みと言えるでしょう。

高頭氏 M&A後の売上成長が何よりも大事だと思っています。なぜなら、スタートアップの辛さというのは売上を増やすことだからです。M&Aは、社員にとってひとつの大きな転換期でもあります。ですから、自分たちが資本出資を受けて幸せになったことを実感するというのは、その後の事業成長にあります。ストラテジックリターンを狙いながら、一企業としてしっかりと売上を伸ばしていくというのはとても重要です。

廣瀬 事業部から出た案が最も成功率が高いという話は、ものすごく示唆的です。問題はその状態にいたるまでどう持っていくかですが、それには成功体験・成功事例を作り出すことが必要です。それまでスタートアップと競争をしてこなかった企業や部署にとって、具体的な競争のプロセスやシナジーの作り方は概念としてわかっていても、なかなか肌感として持てないかと思います。ですので、具体的なケースを作ることが重要となります。繰り返しになりますが、ギブのM&A、ギブのCVCの考え方で、対象会社と同じ未来を描けるかどうかが一番の成功の鍵です。

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