2019年8月19日、東洋経済新報社との共催でJapan M&A Conference 2019が開催されました。デジタルトランスフォーメーション(DX)による競争環境の劇的な変化の中、グローバルM&Aもより複雑化・大規模化しています。Japan M&A Conference 2019では、激変するM&Aのトレンドを読み解くとともに、具体的なケーススタディをご紹介します。

オープニングでご挨拶させていただいたのは常務執行役員戦略コンサルティング本部統括本部長シニア・マネジング・ディレクターの牧岡宏と、戦略コンサルティング本部M&Aマネジング・ディレクターの横瀧崇です。冒頭で牧岡は次のように述べています。

−−デジタルテクノロジーはビジネスのあり方を大きく変えていますが、M&Aも同じです。DXによってファンクションのコモディティ化が進行している近年、従来のように経験則に基づくステップアップという世界観だけでディールを進めるのは困難になってきています。そうなりますと、既存事業をDXによって効率化し、新規事業にリソースを投入してスケールアップさせる事業構造の変革(ピボット)が重要になってきます。今後は、このピボットをいかに早く上手に回すか。M&Aの成功の鍵はここにあります。

■M&Aの成否を握る最初の関門 ビジネス/ITデューデリジェンス

過去7年間、M&Aは年々増加していますが、その一方で割高感や減損リスクへの懸念も高まっています。そこで、ここでは近年のビジネスデューデリジェンスとITデューデリジェンスのトレンドと成功の鍵をご紹介します。

アクセンチュア 戦略コンサルティング本部M&Aプラクティス シニア・マネジャー 佐藤飛鳥

● ビジネスデューデリジェンスでは企業価値の見極めが重視される

従来、M&Aでは法務デューデリジェンス(以下、「DD」と表記)や財務DDなど、リスクとイシューの見極めが重視されてきました。しかし、最近では企業価値がどの程度向上させられるのか、その見極めがより重視されるようになってきました。それでは、企業価値を見極めるDDでは何が大事なのでしょうか。それは、次の3つです。

  1. 顧客理解にこだわる
    顧客が何を考えているのか、どういう顧客なのかを徹底的にこだわり、深掘りするということです。たとえば、あるB2Cサービス企業の例では、顕在化した市場においての顧客像を理解するだけでなく、その周囲の潜在市場の両方において、市場化に対しての具体的な壁が何なのかの化までの検討を行いました。その為、フォーカスグループインタビューやアンケート、ホームページのアクセスログ解析などさまざまな情報源を活用して多面的に顧客を理解し、顧客の姿をペルソナに落とし込みました。
  2. 市場の構造的変化を読み切る
    市場の構造的な変化がいつどのように起こるのかを、アクセンチュアでは大きく3つのステップで検討します。1つ目は、該当業界においてどのような変化が起こりそうなのかを洗い出します。2つ目は、その変化が買収対象会社にとってどのような影響を与えるのかを見極めます。3つ目は新たに登場した市場におけるビジネス機会を検討します。ある店舗向けサービス企業においては、商材自体がサービスシフトするトレンドに加え、テクノロジーの進化を背景とした店舗のあり方そのものの変化をも、DDにおける検証要素に含めました。
  3. 蓋然性の評価に妥協しない
    蓋然性のないシナジーを盛り込んでしまうことは、現存のリスクに直結します。そのため、蓋然性について妥協せずに、見極める必要があります。アクセンチュアでは、「過去に同様・類似の実績があるか」「シナジー創出を検証できる裏付け可能な情報があるか」「自社の努力だけで実現可能なシナジーか」の3点での見極めをします。たとえば、ITコストの削減というシナジーでいえば、ITを統合すること自体は自社の努力でできることですから多くの場合問題にならないでしょう。しかし、その前提となる業務プロセスの統合可否までDD期間で判断できるかとなると、開示されている情報の質に依存しますので、必ずしも蓋然性があるとは言い切れません。こうしたひとつひとつを、DDでは切り分けていきます。

企業価値を見極めるDDは、これまで以上に深い検討が必要となります。その一方で、ディール期間は限られています。通常、4〜5週間といわれるディール期間でタスクを最大化するには、次の3つを実行していくことが求められます。

  1. プレDDにおいて、可能な限りタスクを前倒しで検討する
  2. シナジー見極めに関わるすべての部門を早い段階から巻き込む
  3. 社内の意思決定における主要な論点を整理することで社内承認期間をできるだけ短くし、検証期間を長くする

● M&A成功の鍵を握るITデューデリジェンス

M&Aにおいて、業務・ITが一体となっている昨今、ITはM&Aの成否を分けるクリティカルな要素となっており、デューデリジェンスにおいて対象会社のITを見極めることは非常に重要です。

アクセンチュアの調査結果によると、ITシステム自体の統合やITに依存する業務の統合によるシナジー効果は統合シナジー全体の約40%になっています。また、ディール全体(契約~統合作業)にかかるコストのうちITコストが全体の約45%を占めております。それはITはシステム開発だけではなく、データ移行やシステム切替周知・教育など長期間かかるタスクが数多くあるためです。さらに、CIO150名を含む計300名へのCXOを対象にM&Aの失敗要因は何であったかのアンケートを取った結果、IT統合が失敗要因の40%を占める結果になっています。これらの調査結果は、対象会社のITを見極めるIT DDの重要性を強く示唆するものといえます。

アクセンチュア 戦略コンサルティング本部M&Aプラクティス シニア・マネジャー IT-M&Aリード 谷口雅俊

IT DDでは、「ビジネス戦略を実現するためのプラットフォームになりえるか」を確認することをゴールに、次の4つの観点から評価していきます。

  1. スタンドアローンイシュー
    事業譲渡時点では、すべてのITシステムや業務を準備できるとは限りません。そのため、売り手企業が一定期間サービスを提供するのが通例ですが(TSA:Transition Service Agreement)、そのTSAのスコープ及び期間を検証し、対象会社のスタンドアロン化(切り離し)にどのくらいの期間・コストがかかるのかを評価します。
  2. ITアーキテクチャ
    既存のITシステム(アプリケーションやインフラ)がシンプルな構成になっているか、セキュリティ上の問題はないかという基本的な評価の上、ビジネス戦略を実現可能なIT基盤となっているかどうかを評価します。
  3. ITオペレーティングモデル
    今回のディールでITのリソースがどの程度移管されるのかを確認し、事業譲渡後にITリソースの不足がビジネスクリティカルにならないかを確認します。また、IT組織構成がどうなっているか、ビジネス要件をITに反映するようなオペレーションがきちんと回っているか、必要なITケイパビリティを持った人材がいるか、といった観点で評価します。
  4. IT投資計画
    既存のIT投資計画に無駄な投資が入っていないか、逆に必要な投資が抜けていないか、IT投資計画の妥当性を評価します。また事業別のIT投資計画も確認し、買収後のビジネスポートフォリオ戦略に沿った投資計画となっているか、例えば整理予定の事業で過大な投資がないか等もチェックします。

方法論上、それら4つの観点でデューデリジェンスを行う際に検証すべき論点が39あり、これらを如何に効率的に検証するかがポイントでありますが、ITに関わる売り手側からの情報提供は一般的に劣後し、限られた時間で効率的にDDを行うことが求められるため、ディールの特性に応じて論点の重み付けをし、効率的に検証を進めることが肝要です。 具体的には、「対象会社の親会社への依存度」と「対象会社と自社の事業重複度」に応じて重み付けを変える必要があります。もし対象会社の親会社への依存度が高ければ、スタンドアロン化(切り離し)にかかる期間・コストの検証が重要な論点になりますし、対象会社事業と自社事業との重複度が高ければ、どのようにITシステム・IT組織を自社に統合していくかの検証が重要な論点になります。

一方、昨今のM&Aではデジタル技術を獲得するためのディールが増加しています。2017年、CXO向けにM&Aを行う目的、M&Aのトリガーのアンケートを取ったところ、「新デジタルケイパビリティの取得」が目的として2位にランクインしており、デジタル技術獲得のためのM&A、すなわち「デジタルM&A」が増加してきていることが分かります。 デジタルM&Aは、従来はテクノロジー企業による買収が主流でしたが、直近ではノンテクノロジー企業や金融機関投資家などによる買収案件も増加しています。例えば、時計販売を行うFOSSILグループでは、ウェアラブルデバイスを使って人体の活動記録や睡眠時間などを収集する技術を持つMISFIT社を買収し、スマートウォッチの開発に活用するといったことをしています。

デジタルM&Aでは、IT DDの考え方を変える必要があります。従来では、企業におけるITをオペレーションやバックオフィスを支える仕組みと捉え、システム構成(アプリケーションの標準化度合やインフラサーバー・ネットワーク・端末構成など)やITセキュリティ対策に問題がないか等を主に確認していました。しかし、デジタルM&Aでは対象会社のテクノロジーが会社の成長ドライバーとなり、非連続に成長可能か、という観点から評価する必要があり、そのテクノロジーのユーザビリティ(機能性・利便性)、コネクティビティ(他社サービス接続)といった使いやすさの評価や、スケーラビリティ(処理基盤)、ポータビリティ(国外ロールアウトの容易性)といったサービスを支えるインフラの評価、またアジリティー(アジャイルな組織)、ベンダー目利き力(外部活用力)といった組織力の観点での評価に力点を置き、ITデューデリジェンスを行う必要があります。

■事業の再成長を促すトランスフォーメーション戦略

株式会社アドバンテッジパートナーズ パートナー 束原俊哉氏

足元で景気動向指数CIが連続的に低迷し、投入した資本・労働力に対する創造された付加価値「全要素生産性」も1986年以来過去最低となりました。このような典型的な構造不況には、抜本的な対策・改革が求められます。ここでは、老舗プライベートエクイティファンドである株式会社アドバンテッジパートナーズでご活躍の束原俊哉氏に次の3つの論点についてお話をお伺いしました。

  1. 今後の景気後退期に備えて、Amazonのようなディスラプタに対抗可能な勝者になるためには、ビジネスモデルをどのように再定義し、事業の再成長を促すのか?
  2. 加速度的な成長を実現するためには、時代を読み解くどのような能力が必要とされるのか?
  3. 加速度的な成長に向けたトランスフォーメーションを効果的に実行するための人材活用、ステークホルダーマネジメントとは何か?

● 再定義前よりも利益を拡大させたメガネスーパーの再生

ビジネスモデルの再定義のことをトランスフォーメーションや事業変革などと言われていますが、これをアドバンテッジ流に言えば「何屋から何屋に変わる」となります。今回、メガネスーパーとカチタスの2社の再生をご紹介しますが、メガネスーパーは眼鏡屋からアイケア・カンパニー、カチタスは競売物件の買取販売から中古住宅のリフォーム販売会社へと再定義しています。
メガネスーパーは、専門店ばかりだった眼鏡業界に海外のブランド品を安売りすることで大きく成長しました。しかし、2000年代に入り、JINSや眼鏡市場などレンズとフレームの一式を低価格で販売する競合が登場したことで、徐々に利益が減少していき、2008年には赤字転落しました。これは2012年2月から始まった事業再生により、直近では9億円の営業利益を出すまで回復しています。同社はジャスダックに上場していますので、この業界では珍しい上場維持型の再生となります。
現在、メガネスーパーはモノとしてのコンタクトや眼鏡を販売するだけでなく、視力矯正、老眼(エイジング)から眼科との提携による疾病サポート、眼精疲労をケアする眼のリラクゼーションや目薬の販売まで、眼にいいことはなんでも手がけています。その結果、競合が通常の視力矯正のみであるのに対して、メガネスーパーは老眼・眼精疲労を中心とする複合的なアイケアを提供するポジショニングを確保、競争優位を高めています。

大事なことは、再定義前よりも利益が拡大する構造を作って初めて「事業の再定義」だということです。

● 再定義によって、利益をより出せる体質に変化させてカチタス

カチタスは、利益の出ている会社をもっと利益を出るようにしたというケースです。家に価値を足していくという意味の社名通り、創業時のカチタスは主に競売物件を取り扱っていました。しかし、競売物件の供給数が減少し、市場の競争が激化したことで、利益を上げていくことがかなり厳しくなっていました。当初のビジネスモデルである付加価値を上げて、転嫁して販売することでの初回販売率も下がった結果、在庫も溜まっていきました。在庫が滞ると、販売物件の草むしりや定期清掃などメンテナンスコストが大きくなります。また、スタッフのモチベーションも下がっていきます。変革前のカチタスは、このような状況でした。
当初は既存モデルの改善をしていましたが、なかなか成長しなかったことから、当時1〜2割だった一般中古住宅の仕入販売を増やすことに戦略を変更しました。一般向けの中古住宅を仕入れて、一般の方向けに販売していくというリフォーム会社として生まれ変わったというわけです。このときは、知地道に、いわゆるKPIをリフォーム中または初回販売に軸足を定め、徹底的にコミットして、他のKPIの改善につなげるメカニズムを作りあげました。逆回転だったものを、市場を変えることで順回転に持っていったというわけです。このことは、トランスフォーメーション上の重要なポイントといえます。
加えて、カチタスと同じ住宅買取販売再販会社を買収したことで、よりスケールアップさせることに成功しました。再生当初16億円程度だった営業利益は18年3月期で70億円となり、今は90億円に達しています。また、上場も実現しました。

● 再定義は、加速度的な成長を実現する一つの手段である

アクセンチュア 戦略コンサルティング本部M&Aプラクティス マネジング・ディレクター 上野正雄

アドバンテッジパートナーズの手がけた2つのケーススタディから得た示唆を、上野は次のようにまとめています。

  • ビジネスモデルの再定義とは、再定義前よりも利益が拡大する構造を作ることです。アイデアはあっても、最終的にフィナンシャルへと繋げられなければ意味がありません。アイデアと利益拡大、この2つが実現してはじめてビジネスモデルの再定義といえます。
  • ビジネスモデルの再定義を通じて加速度的な成長を実現するには、テクノロジーをはじめメガトレンドの理解、知識、教養を身につけて、時代を読み解くことが重要となります。
  • 加速度的な成長に向けたトランスフォーメーションは、既存組織や人材の認知構造を刺激するような新たな人材やステークホルダーとの関係をベースにアジリティをもって推進していくことが重要です。

■正面から取り組むグローバルカーブアウトPMI

アクセンチュア 戦略コンサルティング本部M&Aプラクティス シニア・マネジャー 太田貴大

近年、日本企業によるグローバルM&Aは増加傾向にあり、そのシナジー創出は重要視されています。しかし、日本CFO協会の調査によると、グローバルM&A経験を有する企業の約9割が計画通りにシナジー創出ができていません。このことから、グローバルPMIには課題が存在すると言えます。

統合活動完了までには多くのチャレンジがあり、それらを乗り越えなければなりませんが、ここでは、最も複雑性の高いグローバルカーブアウトPMI(Post Merger Integration)で最初に直面する3つの壁とその打ち手についてご紹介します。

  • 第1の壁「グローバルガバナンス」
  • 第2の壁「対象会社工数逼迫」
  • 第3の壁「ノンコア体質」

● 第1の壁「グローバルガバナンス」

グローバルカーブアウトPMIでは、多数の国・地域にわたって数百名規模となる大勢のメンバーがプロジェクトに参画します。これをどのようにコントロールしていくかが第一の壁「グローバルガバナンス」です。この壁の要因は、「大勢の関係者」と「グローバル環境でのプロジェクト推進」の2つで構成されます。

「大勢の関係者」とは、プロジェクトの参画者が数百名規模になることが多いということです。たとえば、あるプロジェクトでは470名(50カ国、14ファンクションチーム)、別のプロジェクトでは227名(16カ国、9ファンクションチーム)という大勢のプロジェクト参画者となりました。このような大人数をいかに末端までコントロールできるガバナンスを設計するかが重要となります。

「グローバル環境でのプロジェクト推進」は、プロジェクト推進の非効率性に関わる課題です。たとえば、東京にグローバル統括、パリとサンフランシスコにリージョン管轄を置いた場合、時差によって日本とサンフランシスコは1日1時間、日本とパリは1日2時間しか稼働時間が重なりません。このような状況では、例えば東京からパリに指示を出した内容について、パリから東京に問い合わせをメールで行うとすると、メールの返答が翌日になり、さらに一度で問い合わせがクローズしなかった場合、もう一日かかるといったように、コミュニケーションの非効率性が発生してしまうのです。この課題は日々の業務効率にダイレクトに影響する為、実際にプロジェクトを推進するとボディブローのように効いてきます。さらには、長期休暇のタイミングも異なります。例えば、海外の一部では1ヶ月という夏季休暇を取ることがありますし、日本でもゴールデンウィークのように1週間以上の長期休暇があり、当該期間はますます非効率性が高まります。

これらの課題、第1の壁「グローバルガバナンス」に対する打ち手が「分散型グローバルガバナンスモデル」の導入です。一言で言うと、リージョンにプロジェクトマネジメント機能の一部を委譲し、リージョンが、より自律的に推進できる仕組みを作ることを指します。具体的には、プロジェクトマネジメント機能のうち、マイルストン・成果物の定義はグローバルが行い、アプローチ設計の一部、スケジュール策定、実行を各リージョンで実施することで、これまでグローバルに問い合わせを出していた推進上の確認事項の大半はリージョンで判断可能になります。これにより、各リージョン間の成果物・推進タイミングの整合性を担保しつつリージョンとグローバル間の非効率性なコミュ二ケーションを抑制することができます。

● 第2の壁「対象会社工数逼迫」

対象会社はDay1以降、通常業務に加えて、「TSA Exit準備」「シナジー効果創出」「M&Aトランスフォーメーション」の3つの大きなプロジェクトを同時並行で実施しなければなりません。

ここでいう「M&Aトランスフォーメーション」というのは、グローバル企業の買収を契機に対象会社の優れたオペレーティングモデルを自社に取り込み、自社のオペレーションを高度化していくという取組をアクセンチュアでは「M&Aトランスフォーメーション」と定義し、シナジー効果創出とともに、統合効果の最大化に向けて重要な取り組みと位置付けています。

それではなぜ、3つの大きなプロジェクトを同時に進めなければならないかというと、「TSA Exit準備」は現場の優先事項であるのに対し、統合効果最大化に関係する「シナジー効果創出」と「M&Aトランスフォーメーション」は経営者の優先事項であるという構造である為、結果的に同時に進めなければならなくなる為です。

それぞれのプロジェクトの取り組み内容を見ていくと、1つ目のプロジェクトである「TSA Exit準備」では、売手と合意した各種TSAを期限内に脱却する為の準備を行います。その中でもITのTSA Exitがクリティカルパスになるケースが多く、TSA脱却に向けて置換検討が必要となるシステム数は100以上になる場合もあります。システムの置換を検討する際には、単純に今使用しているシステムを導入するというわけではなく、対象会社の事業規模に応じたITコストの適正化に向けて、「既存システムの活用」「より簡素なシステムへの置換」「システムの廃止」の観点からシステムのダウンサイジングも併せて検討する必要があります。

2つ目のプロジェクトである「シナジー効果創出」はBDD時点では検討期間・開示情報に限りがあったこと、及び対象会社とのディスカッションを行えていないという理由から、基本的には買収後にもう一度シナジー効果創出に向けた検討を行います。その際には、「スタンドアロン最新化」、「シナジー実現性検証」、「施策積上・計画最終化」の3ステップで行います。まず、「スタンドアロン最新化」では、買収完了時点での実績数値、売上見込の最新化に加えて、ディールによって変化する統合コスト、TSAコストなどを反映したコスト構造の最新化を行い、対象会社のなりの姿を最新化します。次に、「シナジー実現性検証」では、対象会社とのディスカッションを通して、BDDの際に立案したシナジー施策の有効性・効果見込みを更新します。この数値とスタンドアロン数値を足し合わせたものと、買収価格の前提とのギャップを識別することで、追加で積み上げが必要なシナジー施策の目線が見えてきます。そして、最後に「施策積上・計画最終化」では、目標達成に向けた追加施策の積上げと、実行計画の最終化を行います。

3つ目のプロジェクトである「M&Aトランスフォーメーション」とは、前述のとおり、グローバル企業の買収を契機に対象会社の優れたオペレーティングモデルを自社に取り込み、自社のオペレーションを高度化していく活動を指します。これまで、優れたオペレーティングモデルを取り込んだ日本企業の例としては、製薬A社による対象会社のM&Aケイパビリティの獲得、電機B社による標準化手法の獲得、消費財C社によるグローバルにおける経営管理手法の獲得などが挙げられます。このようにM&Aトランスフォーメーションを実行する為には、「トップの号令」「自社に取り込むべき要素の仮説立案」「定量・定性評価に基づく仮説検証」の3つのステップを踏むことが重要となります。M&Aトランスフォーメーションでは、TSA Exitやシナジー効果創出と異なり明確な期限がありません。したがって、ずるずると活動が後ろ倒しになり、変革のタイミングを失い、活動自体が頓挫してしまうという事態を避ける為にも、トップからの明確な号令を打ち出して、重要な統合活動という位置づけを明確にして推進することが重要となります。次に、「自社に取り込むべき要素の仮説立案」ですが、対象会社の優れたところを取り込むにしても、全てのオペレーションに対して一つずつ全てヒアリングをしていっては莫大な時間・工数が必要となります。したがって、事前に「取り込むべき対象会社の優れたオペレーションはどこにあるか?」の仮説を立案した上で、対象会社とのヒアリングセッションなどを開始していく必要があります。最後に「定量・定性評価に基づく仮説検証」です。M&Aトランスフォーメーションは自社のオペレーションを変更することになります。その為には現場の理解を得ることが実行局面においては必要となります。この現場の理解を得やすくする為には可能な限り「取込みによる期待効果」を可能な限り定量・定性評価を実施することが大切になります。

これまで見てきたように対象会社は通常業務に加えて3つの大プロジェクトを同時並行で実施する必要があり、特に特定の有識者や特定のポジションの方の工数が逼迫するという状況に陥ります。特定の方の工数が逼迫すると、会議のスケジュールを組めない・会議に参加頂いても宿題を実施する時間がとれないなどのプロジェクト推進上のボトルネックになる可能性があります。加えて、場合によっては、そのキーマンの方が退職してしまうという事態にも発展しかねません。

このような第2の壁「対象会社工数逼迫」への打ち手は、「クリティカルリソースマネジメント」の導入です。ここでは3つの見極めを行います。まず、一つ目は「優先検討テーマの見極め」です。前述の通り、対象会社は通常業務に加えて「TSA Exit準備」「シナジー効果創出」「M&Aトランスフォーメーション」を同時並行に行う必要があります。一方で、それぞれの活動を一段分解して検討テーマ・施策に落とし込んでみると、必ずしも全てを同時並行に進める必要なありません。従って、それぞれの検討テーマ・施策を期待効果、実現性、緊急性などを基に優先順位を明確にするということを行うことで、同時に取り組む活動を絞りこみます。次に「クリティカルリソースタスクの見極め」です。負荷が高まり工数が逼迫する特定の有識者、特定のポジションの方のタスクを「特定有識者による実施が必要」、「特定有識者による指示・確認が必要」、「その他メンバーでも実施可能」という3つに分類をし、本当に工数を投入する必要がある箇所を特定します。そして最後に「必要追加リソースの見極め」です。特定有識者・ポジションの方以外でも実施可能なタスクを引き受ける目的で、まずは社内リソースの投入を検討し、必要に応じて外部リソースを投入して工数の逼迫を解消します。

● 第3の壁「ノンコア体質」

勿論、ディールによって程度は異なりますが、ノンコア事業として位置づけられており、投資が抑制されてきていた場合、「“成長”<“日々の業務”」という「ノンコア体質」が対象会社のオペレーティングモデルの様々な箇所に表れている場合があります。例えば、業務プロセス・ITでは、「“ROIに基づき常に改善”<“投資抑制のため原則変えない”」、組織・ガバナンスでは「“戦略+オペレーション”<“オペレーション重視”」、カルチャーでは「“新しい挑戦に積極的”<“現状維持”」という症状です。対象会社を成長軌道に乗せていく為にはこのようなノンコア体質を脱却していく必要があります。そして脱却をしていく際には、枝葉(表面的な結果の部分)である業務プロセス・ITだけでなく、「タレント」と「カルチャー」といった根っこ(根本原因)まで踏み込んで変革していく必要があります。

このような第3の壁「ノンコア体質」を乗り越える打ち手は「根っこからの体質改善プログラム」の導入です。 「根っこからの体質改善プログラム」は、変革リーダーたる社内人材を発掘する「種の発掘」から始めます。ここでいう変革リーダーとは、社内での影響力があり、変革マインドを持つ人材のことです。変革マインドというのは例えば、ノンコア事業と位置付けられる前に変革プロジェクトをリードしていた、もしくはコアメンバーとして関与していたが、ノンコア事業となり投資が抑制され、諦めかけていたが心の奥には変革マインドを秘めているというような方が該当します。勿論、そうでなくても、ノンコア体質への課題認識を強くお持ちの方も該当します。次に、「土壌の整備(変革モメンタムの醸成)」です。まず、変革リーダーと、「根っこを変えていく上の前提として何を変えなければならないのか?」を時間を使って議論していきます。例えば、「いくら成長に向けて取り組んでも何も評価や報酬は変わらない」ということが根っこの変革の妨げになっている場合には、評価・報酬制度の見直し、「従業員が少なくなってきており、通常業務以外には工数的に手がつかない」という場合は追加工数の検討などが挙げられます。その後、変革に向けたコアメンバーの巻き込みを開始し、今後、プロジェクト全体・全社で変革を起こしていく際に「私たちで会社を変えていこう!」というコアチームを組成します。次のステップである「芽を育てる(プロジェクトで実践)」では、「成長に向けて自社を変革していくのである」というメッセージと「根っこを変えていくうえで今回変更したポイント」をプロジェクトに落とし込みます。その際、キックオフでのトップメッセージ、プロジェクト行動指針への組み込み、チーム体制など様々な箇所で落とし込んでいきます。そして最後に、プロジェクトでの学びを、全従業員へのコミュニケーションプランのインプットとして展開します。

以上のとおり、グローバルカーブアウトPMIでは「グローバルガバナンス」、「対象会社工数逼迫」、「ノンコア体質」の3つの壁に直面した際には、それぞれ、「分散型グローバルガバナンスモデル」、「クリティカルリソースマネジメント」、「根っこからの体質改善プログラム」を導入することで、壁を乗り越えていきます。

次回予告
本記事の後編では、企業価値拡大に貢献するM&Aガバナンス、デジタル時代のCVC、および招待者講演の模様をご紹介します。

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