概略

概略

  • 日本の農水産ビジネスを世界展開するうえでは、ビジネスモデルそのものを刷新して「儲かる仕組み」を確立しなければなりません。生産者から消費者までのバリューチェーンに基づく価値の再定義、業界構造の改革が喫緊の課題です。
  • 日本の「食」では、4つの外部環境の変化が起こっています。食体験の変化や価値観の多様化、フードアクセスなど社会課題へのソリューションとして、未来の食と農水産業のあり方を具体化する新しい仕組みづくりが必要です。
  • 企業や生産者に社会的責任を求める消費者の意識が高まっています。食材や加工品の製造プロセスの見直しや、より良い栽培・飼育を求められるケースが急増しています。
  • 市民の食に求める変化は、より生活に密着したものとなっていきます。手軽な調理と栄養を両立するためのキッチンテック、食材調達をより効率化・高度化するECの普及など、ライフスタイルの中心である食はテクノロジーの進歩の恩恵を強く受けています。


「食品輸出立国」の確立を目指す日本政府は、9000億円規模(2019年)だった農林水産物輸出額を、5兆円規模(2030年目標)へ拡大すると閣議決定しており、様々な取り組みを通じて強く前進していこうとしています* 。しかし近年の日本では価格上昇が起こっておらず、農林水産物(以下、農水産物)の価格を世界水準へといかに高めていくかは、行政と農水産業および食品の業界が一体となって取り組まなければならない大きな課題です。つまり、日本の農水産業を「儲かるビジネス」へと生まれ変わらせるトランスフォームが必要だといえます*¹。

事実として、日本の農水産業は小規模の営農家・漁業家が大多数を占める産業構造となっています。だからといって、大企業が農地開発に参入すれば良いというほど状況は単純ではありません。地域マーケットを超えた輸出産業を目指し、業界構造やバリューチェーンのパラダイムシフトを起こすことこそが目指すべき未来です。

本論考の前編では、日本の食に関する事象を分析した結果から見えてきた「4つの環境変化」を紹介します。続く後編では、海外における食とデジタルイノベーションの先進事例から得られる示唆に基づいて「未来の食のモデルや仕組みづくり」を検討していきます。

食を取り巻く4つの外部環境変化

まずは足元の市場である日本国内の状況を俯瞰します。日本の人口動態は高齢者となった団塊の世代の長寿化で膨らんでおり、いびつな形状をしています。総人口としても、日本は人口減少局面に入っているほか、世帯構成においても未婚化による単身世帯の増加、共働き世帯の増加が進んでいます。一方で、食物アレルギーの経験者も10年で約1.5倍ペースといえる単位で増加しています。これらのファクトからも、日本国内の食品市場が縮小傾向にあることは明確です。

次に、日本社会における食の課題を検討します。国内で進んでいる都市部と地方部の格差の拡大によって、自力での食品調達(購入)が困難な社会層が増加しています。昨今では「買い物難民」*²と呼ばれ、社会問題として認知されています。経済格差もまた、人が生きる上で大切な喜びであった食に暗い影を落としていると言えます。美味しさ、楽しさ、手軽さ・便利さといった、食を通じた体験が十分に得られない社会階層が固定化しつつあり、行政や地域の連携による解決が求められています。

*¹ 首相官邸:「農林水産物・食品の輸出拡大のための輸入国規制への対応等に関する関係閣僚会議」2020年10月

農林水産物・食品の輸出拡大のための輸入国規制への対応等に関する関係閣僚会議

*² 買い物難民:次の3つの条件に当てはまる市民が該当。1. 年齢65歳以上、2. 居住地から店舗までが500メートル以上、3. 移動手段として自動車を保有していない。農村部のみならず都市部においても増加傾向にあります。

農林水産政策研究所:「表4. 食料品アクセス困難人口(都道府県別)」

表4. 食料品アクセス困難人口(都道府県別)

では海外と日本を総合的に見たところの世界市場という視点ではどうでしょうか。アクセンチュア独自の調査に基づいた分析として、食を取り巻く外部環境には4つの大きな環境変化が見られます。それらの環境変化は、14の事象によってもたらされていることがわかってきました。

1. 食を通じて成し遂げたい体験・特別感の拡大

食品の開発や製造、流通では一般的に市民が感じているよりも、はるかに強い負荷を自然環境へ与えています。そのため、先進的な意識を持つ消費者の間では、食品の生産背景がより重視される傾向にあります。

たとえば、農薬使用量や化学肥料等の利用状況、栽培管理状況を知りたい、農作物の生産者自身について理解したいといった消費者のニーズが高まっているほか、畜産動物の飼育が適切に行われているかどうかへの関心(アニマルウェルフェア)の拡大などが昨今の消費者マインドにおける特徴的な傾向です。

かつては、薬品汚染による健康不安がこうした事象の背景とありましたが、昨今ではより美味しく、より栄養に富んだ食品を口にすることを含む、食体験を通じたコミュニケーションが期待されています。食のプラットフォーム化が、これから必須のテーマといえます。

また、食は文化多様性の代名詞でもあります。世界中の食文化・食体験を求める消費者のニーズが強まっています。日本に定住する外国人労働者の増加によって、日本の街角でも様々なエスニック料理に触れる機会が増えているなど、国内の食文化の多様化は顕著であるといえます。

事象として発生すると予測される変化を列挙すると以下の通りです。

  • 環境負荷の理解へのこだわり
  • 生産背景へのこだわり(農薬等の利用状況の可視化、生産者理解、アニマルウェルフェアなど)
  • 食体験を通して得られるコミュニケーションニーズの多様化
  • 世界の食文化の体験ニーズ

2. 便利で美味しい食への要請の向上

健康的なライフスタイルの実現に直接つながる栄養提案ニーズの向上が、これまで以上に強まります。この潮流は、食のパーソナライゼーションとして具体化していきます。従来のダイエット志向やアレルギー対応など、個人の健康不安や体質に適したレシピ提案サービスがマーケットとして確立していくと見られます。

一方、栄養価の高い料理のためとはいえ、あらゆる人が手の込んだ調理をできるわけではありません。シンプルで簡単な調理といった簡便化のニーズは古くから存在しました。Ready to Eatの加速、簡単調理の食材の普及、手軽な調理で本格的な料理が楽しめるミールキットやプロ並みの料理を実現する調理家電の人気は不動であるほか、食材配送サービスの高度化などが進みます。市民の体験の視点では、食材調達が手軽になるサービスの提供への期待が高まっています。

こうしたキッチンテックやフードテックの登場のほか、食品のECにおいても海外は日本以上に伸長しており、イギリスの食品総売り上げに占めるEC率は日本の倍以上となっています*³。同時に、フードベンチャー企業の躍進が見込まれており、テクノロジーによるイノベーションは食品業界へ波及していくと見られます。

(アクセンチュア作成の資料です)

この環境変化における事象は以下の通りです。

  • 個人の健康に向けた永安提案ニーズ
  • ダイエット、アレルギーなど個人に合わせたレシピ提案ニーズ
  • 調理の簡便化ニーズ(食形態、調理器具等)
  • 食材の調達簡便化のニーズ(配送等)

3. 日本の食卓の多様化と、食そのものの楽しみ・幸福度の増進

日本の医療制度や技術、研究開発の注力領域は、長きにわたって生活習慣病や高齢者の疾患への対応であり続けてきました。食事(食餌)療法はそうした医療ニーズと関係しますが、人の生きる喜びの1つであるはずの食事を期待通りに楽しめない人の増加が副次的現象として生じます。

健康な現役世代においても、単身世帯ほど、自炊などの手作りがコストや時間の面で割に合わないと考えるケースがあります。そうした変化のほか、低アレルゲンの食事や宗教・文化による制約、食に対する思想や価値観の多様化など、日本の食卓はますますバラエティに富んだものになると予測されます。

この環境変化における事象は以下の通りです。

  • 高齢や生活習慣病により、従来の食事を楽しむことが困難
  • 単身化で食事の手作りが割に合わない
  • アレルギー、宗教等による食制約は引き続き残る

4. フードアクセス課題と飢饉へのリスク

日本のナショナルアジェンダとして地方創生が掲げられてすでに6年以上が経過しましたが、過疎地域の拡大や地域経済圏の衰退には歯止めがかかっていません。人口減少よりも早いスピードで生活インフラである食品小売店の閉店や撤退が進んでおり、過疎地域ではフードアクセスが一層困難化しています。

コロナ禍のような感染症拡大に限らず、大規模災害などの有事の際の優先課題は心身の安全と食の維持であることから、フードアクセスの確保は社会の持続性の観点でも必須事項となります。

視点を世界へ向けると、タンパク質危機に代表される食糧危機はますます深刻化しています。世界では6億9000万人が慢性的栄養不足状態であり、SDGsでも飢餓の改善が第2の目標* と位置付けられています。このことは世界のリーダーたちが食料に関する強い危機感を持っていることの証左です。事実、2020年にはWFP(国連 世界食糧計画)がノーベル平和賞を受賞しています。

*³ アクセンチュア調査:「平成29年度輸出戦略実行事業」 食品に関する電子商取引(EC)の各国調査報告書」2018年3月

「平成29年度輸出戦略実行事業」食品に関する電子商取引(EC)の各国調査報告書

*⁴ SDGsジャーナル:「SDGs|目標2 飢餓をゼロに|8億人を飢餓から救う」

SDGs|目標2 飢餓をゼロに|8億人を飢餓から救う

日本・世界を問わず、食にまつわる問題は市民の生きる権利、安心できる生活維持の権利を脅かす問題であるといえます。

この環境変化における事象は以下の通りです。

  • 過疎地域から小売店が減り、住民はフードアクセスに課題
  • 有事の際、日々の食料確保に不安
  • 世界的な食料不足、タンパク質危機

【前編のまとめ 〜4つの環境変化への適応】

以上のような4つの外部環境変化が現代の日本社会で進んでいます。これらの変化は不可逆的であり、食ビジネスを構成する生産者、加工や流通の企業、行政関係者はそれぞれの立場から変化を受け入れ、適応していくことが求められます。

では具体的にどのようにして、それらの変化に適応していくべきでしょうか。本論考の後編では、海外で先行しているデジタルイノベーションの活用例や、新しいモデル・仕組みづくりの先進事例を検討しながら、食と農水産業の未来像を具体化していきます。

ニュースレター
最新コラム・調査をニュースレターで 最新コラム・調査をニュースレターで