イノベーションにおける死のスパイラル

近年の半導体産業の特徴として、企業の収益成長率、すなわち単位投資当たりの収益の伸びが減少していることが明らかになっています。多くの半導体企業が研究開発への投資を増やしているにも関わらず、それに応じて得られるリターン、つまり収益が下がっているのです。収益低下が続くと、体力の乏しい企業は研究開発費の抑制を余儀なくされます。それに伴い、研究開発力の相対的な低下を招き、その結果更なる収益低下に陥ります。

単位投資あたりの収益

これがまさに、「イノベーションにおける死のスパイラル」であり、各企業はこのスパイラルを回避しなければならず、すでにそのスパイラルに陥っている場合は、そこから早急に脱却しなければなりません。

研究開発費と収益成長率
イノベーションにおける死のスパイラル

投資に対する収益が下がっている原因の一つとして、半導体を巡る事業環境の変化が考えられます。これまで業界の成長を継続的にけん引してきたのは、モバイルやPCといった大規模需要が見込める特定アプリケーションであり、各社はこれらデバイス向け製品を大量に製造・出荷することで規模の経済を成立させてきました。しかし昨今、そういったアプリケーションの需要の伸びが鈍化し、それに代わって車載や産業用途で高い成長率が見込まれています。これら用途向け半導体は、適用先のアプリケーションや顧客ニーズが多岐に渡ることから、少量多品種への対応が必須となり、規模の経済を成立させるのが困難になっています。各半導体企業は、そういった用途向けに新製品の開発を進めながらも、少量多品種でも十分収益を上げられるよう、あらゆる業務の効率性を見直し、抜本的変革を行う必要性に迫られているのです。

アプリケーション軸で見た今後の半導体市場の伸び

Wise Pivot : 既存事業から新規事業への戦略的転換

各半導体企業は、現在の企業収益を担う既存事業の業務プロセスを合理化・スリム化させ、更なる成長を目指さなければなりません。それと同時に、前述したような事業環境の変化に対応しつつ、将来の収益基盤となるような新規事業を育てるといった難題に取り組まなければなりません。弊社ではこの既存事業から新規事業への転換を戦略的に可能にするための手法として”Wise Pivot”という概念を提唱し、それに必要な3つの要素を定義しています。

既存事業から新規事業への戦略的転換

“Wise Pivot”を可能にする3つの要素とは、1. Transform the Core、2. Grow the Core、3. Scale the Newになります。半導体企業各社はこれら3つ要素に対してバランスよく取り組む必要があります。

Wise Pivot(戦略的事業転換)を可能にする3つの要素
  1. Transform the Core:
    AIやRPA、ブロックチェーンなどの先端技術を導入することで、コスト削減や業務効率化・最適化を進め、既存事業によって生み出される利益の最大化を目指します。その施策例としては、半導体工場にAI/機械学習を導入してスマートファクトリー化し、歩留まり改善やターンアラウンドタイムを短縮させるといった施策が挙げられます。また、AIエンジンを活用したチャットボットを導入することで、半導体製品に対するカスタマーサポートや社内問い合わせ業務の効率化といった取り組みも効率化の事例であり、すでに多くの半導体企業が導入を進めています。
  2. Grow the Core:
    既存事業によって得られた利益のすべてを新規事業へ費やすのではなく、その一部を既存事業自身にも投資することで変革を推し進め、更なる成長を目指さなければなりません。施策例として、工場の稼働率を下げずに少量多品種への対応をより効率よく行うため、設計・開発から製造・出荷に至るあらゆるデータを共通プラットフォームに集め、業務プロセスの改善を図るといった、「デジタルスレッド」と呼ばれる取り組みが挙げられます。また、顧客の購買行動の変化への対応と営業力強化のためにデジタルプラットフォームを構築し、新規ビジネス・新規顧客の開拓に結び付ける「デジタルマーケティング」についても各社取り組みを進めています。
  3. Scale the New:
    新規事業の種となるイノベーションを創出し、それを実ビジネスへと昇華させるためには、積極的投資が必要になります。具体的には、オープンイノベーションを推進することでベンチャーとの連携機会を増やし、事業機会の特定や戦略的投資を行い、アプリの迅速な開発やプロトタイピングを進めるための環境を構築することになります。また、アイディアの具現化に必要なスキルを持った人財の獲得・育成も重要な施策の一つとなります。また、最近では新たにソリューションビジネスの開拓を積極的に行う半導体企業も増えています。以前と比べて半導体製品そのものの差別化要因を生み出すことが困難となり、新興企業とのコスト競争がより激しくなっているため、モノ売りからコト売りへシフトすることによって半導体に付加価値を付け、レイヤーアップを目指しています。具体的にはデバイスのエンドユーザーを新たな顧客とし、彼らの課題をピンポイントで解決するソリューションを半導体製品に紐づけて構築し、それを新たな収益源とするのです。
Wise Pivotを可能にする3要素の施策例

Wise Pivotのための「事業転換力」を調査

弊社では、各企業の既存事業から新規事業への転換に対する取り組みを評価するため、「事業転換力」を定義し、それを構成する指標として「投資余力」と「投資ベクトル」を策定しました。「投資余力」は資金の流動性や調達力などから、「投資ベクトル」は投資の方向性や投資比率などから導き出します。この「事業転換力」をグローバルの半導体企業36社に対して調査を行ったところ、対象企業の約1/3のみが、「成長を加速するための投資を有効に行っている企業」であることが分かりました。つまりまだ多くの企業において、事業転換の取り組みを見直す余地があるのです。

半導体企業における事業転換力

また、イノベーションに対する投資の方向性に関しては、企業規模によってある一定の傾向が見られました。比較的規模の小さな企業は新規事業への投資を積極的に行い、戦略的な事業転換をより頻繁に繰り返しますが、規模の大きい企業は既存事業により多くの投資を行う傾向にあります。そして高い業績を維持している企業というのは、企業の規模に関係なく、既存事業と新規事業に対してバランス良く投資を行っていることも明らかになりました。さらに、これらの分析から、イノベーションに対する投資額と、それによって起こすことができたイノベーションによる収益率との間に何ら関連性がないことが分かりました。

つまり、各企業の規模やその投資の絶対額は、その企業の投資利益率(ROI)を高めることにも、イノベーションの実現を加速させることにもほとんど影響を与えていないのです。言い換えると、このダイナミックに変化し続ける半導体市場において、企業の大小に関わらず、あらゆる企業がマーケット・リーダーとして成功を収める可能性を持ち合わせていると言えるのです。そしてその成功の鍵は、やはり既存事業と新規事業に対するバランスの良い投資であり、それによって可能となる”Wise Pivot”になるのです。

三津江 敏之

シニア・マネジャー

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