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デジタルを勝ち抜くITトランスフォーメーション

FSアーキテクト Vol.35: 業務プロセスの改善・高度化が急務であるなか、保険会社の事務・システム構造改革の一手として、BPMS/BRMSの活用方法について考察します。
薬真寺 秀樹

戦略コンサルティング本部
IT戦略グループ
シニア・マネジャー
薬真寺 秀樹

「SMACS」の5つの要素技術の技術向上と世間一般への幅広い浸透により、デジタル化の変化がビジネスの世界に押し寄せている。

デジタル化の時代においては、業務の効率化に重きをおいた従来型のITではなく、新しいデジタル・テクノロジー(SMACS)を活用し、顧客が何を嗜好し、どんな活動をしているのかを起点として、新たなサービスを創出することが必要となる。このようなデジタル化によるビジネスの環境変化に対して企業ITはどのように立ち向かうべきか。

本稿では、デジタル化によって変化するビジネス環境を整理し、その変化の中で生き残るためにIT部門として必要なアクションを考察する。


「SMACS(ソーシャル:Social、モビリティ:Mobility、アナリティクス:Analytics、クラウド:Cloud、センサー:Sensor)」の5つの要素技術の技術向上と世間一般への幅広い浸透により、デジタル化の変化がビジネスの世界に押し寄せている。その変化を簡潔に表現すると、「業務の効率化に重きをおいた従来型のITではなく、新しいデジタルテクノロジー(SMACS)を活用し、顧客が何を嗜好し、どんな活動をしているのかを起点として、新サービスを創出すること」と位置付けられる(図表1)。

【図表1 デジタル化によって起こるビジネス環境変化】


SMACSのような先進ITを既存の企業ITと融合させ、旧来型の伝統的企業から次世代のデジタル企業に如何に生まれ変わるかが、金融機関にとっての次の経営アジェンダである。本稿では、まず、SMACSによるビジネス環境の変化を共有し、このデジタル化に向けて企業ITがどう変わっていくべきかを考察したい。


■デジタル化によって起こるビジネス環境変化

1.デジタル化によって、「顧客接点が広がり」、「顧客からの入手データの種類と量が爆発的に増え」、「ユーザ体験が再構築」される

スマートフォンやタブレットのような直感的な操作性をもつ利便性の高いモバイル端末は、ここ数年で爆発的な普及を見せている。また、高速モバイル通信の充実により、モバイルアクセスの敷居が劇的に下がり、利用者の裾野は拡大し続ける。このモバイルの普及と通信環境の充実により、「いつでも・どこでも」あらゆる情報やサービスを提供することが実現可能となる。それは、企業の立場から見ると、顧客から収集可能な情報の種類と量が増え続けることを意味する。

また、モバイルとセンサー技術を組み合わせることで、全ての人・モノ(機器)がネットワークを介して繋がることになり、現実世界の行動・状態に関するあらゆる情報をこれまで以上の精細度でリアルタイムに収集・可視化することが可能となる。顧客接点から取得したこれらの情報を活用し、「個」のニーズをより具体的かつ詳細に定義し、新しいユーザ体験を顧客に提供することが、他社との差別化において重要な要素となる。

2.大量データ処理の高度化/高速化により、そこから得られた示唆・洞察に基づいたデータ経営が企業経営の前提になる

ハードウェアパワーの向上と価格の低下、Hadoop等のソフトウェアアーキテクチャの高度化により、ソーシャル/センサーなど様々なチャネルからの大量データを処理可能になった。これらのデータを、迅速な経営判断や業務上の意思決定に結びつける環境が整いつつある。

これまでは、分析作業に関するシステム処理の遅さがボトルネックとなっていた。しかし、システム処理を「時間から秒」に短縮化することが前述のテクノロジーにより現実的となり、ビジネスのPDCAサイクルをこれまで以上のスピードと正確性を持って回すことが可能となる。これによって、「タイムリーかつ正確な意思決定」をITによって実現することが、経営上の競争優位を築く重要な要素となる。


■デジタル化のケイパビリティを備えた新興技術企業の参入
これら二つの要素に関するケイパビリティを既にもっているのがGoogleに代表される新興技術企業(“デジタル・ディスラプター”)である。新興技術企業は、顧客接点領域に対してSMACSを適用して新サービスを構築し、顧客に新しいユーザ体験を提供することで、従来型の伝統的ビジネスモデルを破壊(ディスラプト)しようとしている。

一例として、Googleの自動運転車(GoogleCar)の実用化の取り組みを挙げたい。自動運転車の市場投入は、自動車製造産業への影響のみではなく、より広い範囲で産業構造の変化を引き起こす。自動車保険を提供している保険業界もその1つである。自動運転により人間の不注意による事故が減少し、保険需要が変化することで、新たな商品/制度が誕生する可能性をもっている。

本件に関するGoogleの競争優位とはどこにあるのだろうか。自動車産業界にとって、カーナビを中心とした通信システムは自動車本来の機能の補助的な役割という認識だった。しかし、Googleは、センサー/アナリティクス/クラウドの技術を高度に組み合わせることで新しいサービスの構築を試みている。具体的には、自社保有や外部の複数データを掛け合わせることで自動運転の実現を目指している。すなわち、「リアルタイムで収集する天候データ」、「Google Carで収集した路面状況データによる3Dマップ(道路の勾配、コーナー曲率と高低差 等)」、「Google Map/Google Earthをもとにした画像データ」、「信号機や標識等の交通インフラデータ」、「センサーで収集した自動車の移動方向と速度データ」、「GPSの測位データ」といった社内外の様々なデータ群をインプットに、自動運転の市場投入を目指している。


■デジタル化のポテンシャルを取り込み始めた金融機関
次に、デジタル化の重要性を認識し、自社のオペレーションに取り込みつつある金融機関の事例を紹介したい。欧州のある保険会社は、多様な顧客情報(セグメント化された顧客属性、顧客接点情報 等)をもとに、顧客生涯価値モデルやチャーン行動モデルといった予測モデルを構築している。

この保険会社の取り組みの特徴的な点の1つは、SNS等のソーシャル情報を充分に活用できていることにある。ソーシャル情報をインプットに、顧客ネットワークを「家族」「知人」「隣人」「仕事関係」といったコミュニティに分類し、それぞれのコミュニティにおけるアルファ(その集団でリーダーとなる存在。集団内の他メンバーへの影響力が高い)とオメガ(アルファに従う集団内のフォロワー)を識別し、それぞれのセグメントごとに提供サービスレベルの強弱をつけている。

この一連の取り組みによって、「解約率を5%抑制」「クロスセル成約率を2倍に向上」といった効果を生み出している。


■デジタル化時代のIT部門に求められること
このような、デジタル時代におけるビジネス環境の変化(「SMACSに代表される新技術を取り込んで新サービスを提供する企業の出現」)に対して、企業ITはどのように立ち向かうべきか。

これまでの従来型のIT部門の運営モデルにその答えはなく、新興技術企業(デジタル・ディスラプター)が持っているIT運営モデルからそのエッセンスを吸収し、融合することが鍵だと考える。

従来型のIT運営モデルとは、「“①システムを安定的に運用することをミッション”とし、“②既存システムの維持/運用に大半のコストやリソースが割かれており、安定・安全を第一義”とした運営プロセス/組織文化/IT基盤」である。

一方で、デジタル化時代における新しいIT運営モデルとは、「“①ITを梃子に新たな経営・事業モデルやサービスを構築することをミッション”とし、“②最小限のルールのみを前提として、創造的なことや新しいアプローチを試すことを第一義”としたアジャイル型の運営プロセス/組織文化/IT基盤」である。

IT部門は、従来型のIT運営モデルの良いところはそのまま残しつつ、デジタル時代を生き残るために新しい変化を内部に取り込む必要がある。この変化(ITトランスフォーメーション)を実現するためのポイントについて、いくつか紹介したい(図表2)。

【図表2 デジタル時代の企業ITに求められること】


1.デジタル戦略を推進するための組織強化
既存システムの保守運営だけに注力するのではなく、ビジネス戦略を実現する戦略的IT投資に軸足を移す必要性はこれまでも語られてきた。デジタル時代においては、他社追随型のビジネス/サービスモデルでは充分な競争優位性を築くことは難しく、新技術を取り込んだサービスモデルや新しいユーザ体験をいち早く構築し、顧客に提供しなければならない。

そのためには、常に変貌する事例や新ニーズを恒常的に把握/検討し、実験プロジェクトの推進を担う専門チームを設置すべきである。具体的には、「①新しい技術要素をトリガーとした仮説ベースの新ビジネス/サービスモデルを企画し、②プロトタイプを自ら構築し、③当初設定したサービス仮説の確からしさの検証と、必要に応じた即時のピボット判断」を推進するチームの立ち上げが必要である。

前述の欧州の保険会社の事例もこれに該当する。「SNSやアナリティクスに着目し、自社のマーケティングやサービスモデルにどのように適用可能であるかを企画」し、「どのような予測モデルがオペレーション向上に最も寄与するかを試行錯誤」することで、新しい効果を創出できている。

2.リーン・スタートアップ型人材の育成
この仕組みを軌道に載せるには、箱としての枠組みの整備だけでは充分ではなく、必要なケイパビリティを備えた人材確保が重要である。

つまり、IT主導のビジネス変革機会を発見・提案することができ、新しい要素技術をビジネス/オペレーションに取り込む構想力をもった、リーン・スタートアップ型人材の育成や獲得が必要である。企業内外のITを、幅広かつダイナミックに取り入れ、業界を跨るエコシステムでオペレーション構築を提案、発信できるような創造性の溢れる人材が要求される。

それらのケイパビリティを備えている、もしくは、成長ポテンシャルをもった人材を自社内で探し、社員リソースシフトや育成を行う必要がある。

3.アジャイル型開発を可能とするIT基盤の整備
組織の枠組み作りとヒトの確保に続いて、「新しいITサービスを実験し、即座に展開可能なクラウド型のIT基盤」を整備する。

クラウドをコスト削減策のための手段として(既存IT基盤の置き換えとして)捉えるだけではなく、事業環境変化に俊敏、的確に対応し続ける企業ケイパビリティを補完するための武器としてとらえなければならない。クラウド等の社外のIT資産を必要に応じて柔軟に活用・結合することができなければ、ビジネスニーズに合わせて即座にプロトタイピングを行い、サービス提供を実現することは難しい。また、DevOpps(継続的デリバリを支援する運用自動化ツール群)の積極的な導入と展開推進を行い、アジャイル型開発を下支えする環境を整えることが求められる。

そのためには、まずは、ユーザと直接的に関わるフロント・アプリケーションと、基幹業務を下支えするバックエンド・サービスとを原則的に切り離すためのプラットフォームの構築が必要である。


■IT部門内にデジタル・ディスラプターを組織化する
前述の3つの改革をどのように進めていくべきか。伝統的なIT組織が、この変革に取り組むには、既存のIT運営モデルの全ての側面を徐々に変えていくこととなり、現在の仕組みとの間で様々なコンフリクトが発生する。そのため、IT部門の中に前述の3つの要素を備えた組織を別働隊として設置する道が現実的だろう。

つまり、IT部門内にデジタル・ディスラプターと同じ行動原理を持ったチームを別働隊として組織化し、自社ビジネス/サービスモデルを客観的にとらえ、自ら刷新していかなければならない。

SMACSやデジタル戦略に対する知見と人材を社内の1箇所に集約することで、自社が持つデジタル化のノウハウをレバレッジしていくことが求められる。


■まとめ
SMACSによって間もなく訪れようとしているデジタル時代とはどういうものなのかを整理し、そこに向けて企業ITが必要な次のアクションとは何なのかを本稿では考察してきた。

技術をトリガーとしたビジネス変化を先取りすることが、今後のIT部門にとって最大のミッションでありチャレンジであると考える。弊社は、海外金融機関での支援経験に基づいた知見を提供することが可能である。このような取り組みをご検討の際は、お声掛けいただけると幸いである。 (FSアーキテクト Vol.35 / 2014年秋号)


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