農業経営カードゲーム「農トレ」開発ストーリー
May 15, 2019
May 15, 2019
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「そこの畑で栽培するのは大根じゃなくて、白菜にするべきでしょ」
「いやいや、アーティチョークの方が高く売れるよ~」
今回お伺いしたのは、福島県内の農業高校。
なにやら野菜の名前が教室から聞こえてきますが……?
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「うわ~、凶作だ!」
「うーん、今回の投資はITシステムにすべきか、それともビニールハウスにすべきか……」
「え~っ、もう資金がないよ。借入れ、しなくちゃだめかなあ」
農業経営の授業ということですが、なにやら楽しそうな雰囲気です。教室に入ってみると、班ごとに机をくっつけて、デスクの上にはカラフルなカードが並べられています。これはいったい?!
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「実はこれ、農業経営カードゲーム『農トレ』を使った授業なのです」
「私たちアクセンチュアが企画・開発し、福島県で社会支援事業を手掛けている(一社)Bridge for Fukushimaさんで一般販売中のゲームですよ」
そう教えてくれたのは、戦略コンサルティング本部 シニア・マネジャーの藤井 篤之さんと、公共サービス・医療健康本部 シニア・マネジャーの久我 真梨子さん。
アクセンチュアといえば、「企業の変革」とか「デジタルトランスフォーメーション」といった言葉が飛び出す、“おカタい”イメージが先行しているかもしれません。そんなアクセンチュアが、カードゲームを開発?! 驚く記者に、藤井さんと久我さんが、『農トレ』がどのようなゲームなのか紹介してくださいました。
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「農業経営カードゲーム『農トレ』」は、1チームにつき5,000万円の資金を元手に、「大規模農地」や「耕作放棄地」といった与えられた土地で農場を営み、育てた野菜などの作物を販売してお金を稼ぐゲーム。
6~7人がそれぞれ「社長」「財務部長」「農場長」などの役割を持ってチームを組み、最大6チームまで同時対戦が可能です。約50種類500枚以上のカードを使いながら、最終的に「3カ年」経過した時点での最終決算での利益を競います。学級の単位でできるよう、授業にぴったりの教材としてデザインされているのです。
ゲームが始まったら「初期投資」でどのような設備を購入・導入するのか。災害などのリスクにどのように備えておくのか。どんな農作物を育てて売って、そして利益をだすのか。お金の使い方を含めて、農業経営全般をシミュレーションしているゲームとして、いま、農業関係者・教育関係者の間で全国的に注目されています。
本記事では、「農トレ」を企画・開発したお二人に、企画の経緯などを伺いました。
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―まず、「農トレ」を開発した背景や理由を教えてください。
藤井 はい、「農トレ」を語るには、話は2011年までさかのぼります。
当時、アクセンチュアは震災復興としてアクセンチュア・イノベーションセンター福島を立ち上げた時期でした。そこで被災地の農業高校と水産高校を対象とするスカラシップ(奨学金制度)を実施していた国際NGOである公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンさんと現地の学校の状況や課題について話していたところ、私たちは社会貢献活動の一環として「それらの学校で学ぶ生徒たちの卒業後の人材価値をもっと高めるために、何かできるのではないか」と考えはじめました。
―卒業後に本当に役立つ力は何か、という視点で考えたわけですね。
藤井 はい。とはいえ、すでにさまざまな企業が生産や加工、販売・小売などに関する授業を各地の農業高校で提供していますし、先生たちも栽培や流通については専門家として知見をお持ちです。ですが、農業の教育では「経営・マーケティング」分野が空白地帯であることに私たちは気づいたんです。
現代のキーワードの1つである「6次産業」はご存知ですか? 農林漁業(1次産業)×製造業(2次産業)×流通小売(3次産業)という形で各産業を融合して、「6次産業」にしようというコンセプトです。いわば農林漁業家の「経営の多角化」ですね。
学校の先生の間でもこのキーワードの認知度は高いものの、商業高校と違ってビジネスプロセスを専門的に学んだ先生は限られていました。その点、私たちが社会貢献活動として授業を提供することで、それまでの授業体系では手薄だった「経営・マーケティング」を生徒さんたちへ教えることが可能だとわかったのです。
これが、その後「農トレ」誕生につながる、経営とマーケティングの授業提供を2013年からスタートした経緯です。
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―なるほど。ゲーム開発の前段として、経営・マーケティングの授業を高校で行っていたんですね。そこからどのような経緯で「カードゲーム」の開発に至ったのでしょうか?
藤井 農業って、土を作って種を蒔き、収穫して出荷するまでの1回転のサイクルが基本的には1年がかりです。学校で教わる内容にしては、結果が出るまでに長い時間がかかりますよね。しかも農作業があまりない農閑期の冬場は、生徒たちのモチベーションも低下しがちです。
私たちが授業で教える経営・マーケティングの分野は、事業計画やコスト計算、利益の最大化といった面で数字が出てきますが、数学に苦手意識のある生徒も一定数いました。
そこで、生徒たちの関心を引きつつ、学習面でも役立つコンテンツを開発できないかと考えた結果、行き着いたのが「農業経営ゲーム」というアイデアでした。
―たしかにゲームなら敷居が低そうですね。
久我 はい、その通りです。当時、宮城県の高校で教鞭をとっていらっしゃった川口友和先生(現在は宮城県農業大学校 特務班長)と何度も意見交換するなかで、先生もエンターテインメント性の高いコンテンツは教育効果が高いのではないかと考えていらっしゃったんです。
農業経営のエッセンスを取り出して、シミュレーションしながら楽しく学習するためのソリューション、すなわち「ゲーム」に行き着いたのは、自然な流れだったと思います。
藤井「ゲームを作ろう」という方向性が決まった後、おおまかなゲーム内容とルール、どんなカードが必要かの一覧表を、一気に作って久我に送ったのは、何年でしたっけ?
久我 2015年ですね。届いたExcelのファイルを開いたら、すでにかなり作り込まれていて驚きましたよ。そのデータを元にして、私が1枚1枚、カードのデザインを作りました。
―えっ、藤井さんがゲームを設計して、久我さんがデザインしたんですか。
久我 そうです。最初は文字だけのシンプルなバージョンでした。次のプロトタイプではフリー素材のイラストを駆使したので、ずいぶん華やかになりました。
藤井 実は久我とは同期ということもあって、検討段階からざっくばらんに話し、早くから同じ完成イメージをもつことができたと思います。
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―「農トレ」のプロトタイプを見た先生や生徒たちの反応はいかがでしたか?
久我 プロトタイプを川口先生にお見せしたところ、「へえ!」と驚いていただけました。そして、「これはいけそうだ」、と。
―最初の感触はよかったのですね。
久我 はい、その後、先生の知見をルール修正やパラメータ設定に注入し、調整を重ねました。例えば農業高校で実際に教えている内容を反映したり、生徒たちに馴染みがある言い方への変更、あるいは地域の伝統野菜を取り入れたりするといったチューニングです。
藤井 生徒たちに受け入れられるか、ルールが複雑すぎないかなどが当初は不安でしたが、すぐに杞憂だとわかりました。「農トレ」はグループ対抗でのプレイが基本形ですので、生徒たちは班ごとに非常に盛り上がっていました。やはりゲーム要素のある教材は受け入れられやすいんです。
久我 そういえば、「農トレ」をプレイすると、普段話すきっかけのないクラスメートと話をしたり、皆で協力して一つの方向に向かったりすることが非常に楽しかったようです。もちろん生徒にも大好評でした。
藤井 先生からも、生徒たちが集中して取り組む様子や、普段の座学ではあまり知識が定着しない珍しい野菜もカードゲームで触れると知識が深まっていることが素晴らしい、と言っていただきました。
ちなみに「農トレ」というタイトルは「農業経営トレーニング」を省略したものです。
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―本来、藤井さんと久我さんのお仕事は「コンサルタント」なわけですが、いきなりカードゲーム開発をできた理由というか、活用したスキルは何だったのでしょうか。
藤井 ずばり、「コンサルティングのスキル」です。コンサルタントが行うビジネスモデル・ケースのシミュレーションの技法、条件設定やロジックを組んでいく方法で、「農トレ」のルール設計を行いました。
久我 私たちコンサルタントは通常業務として、企業のお客さま向けに研修を行うこともあります。その際に学んだ「外してはいけないポイント」の経験が、「農トレ」にも生かされているんですよ。
―ゲームというと、感性みたいな能力で作るのかと思っていましたが、ルールなどはある意味で論理と数字のカタマリですもんね。
久我 そうです。「農トレ」は、企業向け研修で行うようなシミュレーションを高校生向けにアレンジしたものともいえます。
研修のノウハウをベースに、エンターテインメント性をもたせてゲーム化したわけです。市販化までに、授業も含めて数十回はプレイしましたっけ?
藤井 そうですね。かなりの回数のテストをしました。
おかげで大人がプレイしても十分楽しめるものになったと思います。考える余地はたくさんあり、運の要素も影響します。絶対的な必勝パターンは未だ見つかっていないので、ちゃんとゲームとしても成立しています。
「どのような商品を作り」「どこで売り」「その際に必要な施策や従業員をどうすればよいか」「どうコストをかけ、どの程度のリターンを得るか」など、経営の基礎要素が詰まっているので、事業シミュレーションを十分に学べます。
久我 そうですね。難しい言い方になりますが「投資に対して、どうポートフォリオを組むか」という点をゲーム化していますね。
逆にシンプルに言うと、「ビニールハウス」という投資は、雨などのリスクへの防御カードです。子供達でもそうした説明を受ければすぐに飲み込みます。
―たしかにわかりやすいです。
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―カードゲームは最初から「商品化(市販)」しようと考えていたのですか?
藤井 はい。本当に売るかどうかは別として、プロジェクトの当初から「売り物にできるレベルに仕上げたい」という目標がありました。プロトタイプを使って授業をしてみたら生徒たちの反応も予想以上によく、強い手応えを感じましたね。
アクセンチュアがグローバル共通の社会貢献のテーマとして掲げているSkills to Succeedは、その活動を通じてスキルアップした人を増やすという取り組みですので、無償配布して多くの学校で使っていただきユーザーを増やすという選択肢もありました。それとも商品化して市販するか、そこは検討を重ねました。
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―なぜ「市販」を選んだのでしょうか。
久我 実は重要なポイントがもう1つあります。CC活動においては、取り組みがサステイナブル(持続可能)であることも重要なんです。
無償配布するのではなく、NPOなどの団体に“商品”として取り扱っていただいて流通させれば、社会貢献活動をしている組織の運営にも役立ちます。
そんなふうにして、ビジネスとして成立するサイクルが回れば、広範な関係者にメリットがあるわけで、きちんとビジネスにするという考えで「農トレ」関係者の輪をひろげたかったのもありますね。
―「農トレ」を製品化する際には、他にどのような方々が関わったのでしょうか。
藤井「農トレ」に関わっていただいた中でも重要な2社が、デザイン会社のヘルベチカデザイン株式会社と、販売いただいている一般社団法人Bridge for Fukushimaです。
ヘルベチカデザインは、デザインの力を使って福島県内の産業を盛り上げている企業です。経済産業省のプロジェクトでご一緒したことで、ご縁がありました。Bridge for Fukushimaは、現在、経営マーケティングプログラムを一緒に運営している一般社団法人です。高校生のPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)やアクティブ・ラーニングを通じた人材育成などを手掛けており、私たちのパートナーとして、「農トレ」の販売を委託しています。
「農トレ」の将来展望
―今後、「農トレ」はどんなふうに広まったらいいなと考えていらっしゃいますか?
藤井 教材として全国の農業高校に普及できたらいいですね。私たちが経営・マーケティングの授業を全国展開するにはリソースが限られていますが、「農トレ」が広まれば、全国にこの授業を展開するのに似た価値があります。
実際に「農トレ」がなかったらアクセスできなかった方々と、すでにつながることができているんですよ!
―それはすごいですね!
藤井「農トレ」を経験した生徒のその後のキャリアやスキルアップ、人材価値向上にどれくらい貢献できたかをトラッキングできたら理想です。
あともう1つ、「農トレ」の大会ができたらいいなと考えています。全国の農業高校の代表チームによるトーナメント大会ができたら面白いですね。
―「農トレ甲子園」ですね!
久我 それは楽しそうです。いつか実現したいですね。
「農トレ」はグループワークが基本形ですし、生徒が自発的に参加するものです。ですから昨今、話題のアクティブ・ラーニング的な仕組みを作れるツールでもあるといえますよね?
藤井 いえますね。能動的に考える力、他者とコミュニケーションする力、協働する力などは、農業分野に限らず社会で必要とされる能力です。それをトレーニングできる「農トレ」を授業で取り入れていただくことはメリットが大きいと思います。
また、経営を疑似体験するゲームでもあるので、一般の企業の研修などでも広くお使いいただけたらと考えています。
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―経営者から学生まで、多くの方に「農トレ」を経験していただきたいですね。本日はありがとうございました。