はじめのうちは、もっぱらゲーマー達がバーチャルの世界にどっぷり浸って楽しんでいただけのXR。しかし、今や真のイマジネーションエコノミーの到来が目前に迫っている感があります。Extended Reality(XR)はハイプの段階を抜け出して、あらゆる業界分野や職業に機会をもたらそうとしています。しかし、これらの機会には多大なリスクが伴います。テクノロジーの抱えるプライバシーやセキュリティの問題の実情が浮き彫りになっている昨今、XRが私達の日常の一部となる前に、新たな責任あるアプローチに向けてビジネスリーダー達が取り組みを開始することが急がれています。

ハイプサイクルの終焉
XRには、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、および種類が増えつつある没入型ツールが含まれます。ここ数年の内に、触覚、味覚、嗅覚が没入型体験に組み込まれ、人と人、そして人と周囲の世界との関わり方が変わっていくことになることでしょう。

最終的に、一連のXRビジネスが技術面・資金面で実行可能となれば、超高速5Gネットワークの本格展開により、巨額の投資が生まれることが予想されます。すでに今年の時点で、企業がARとVRに投じる費用は消費者支出を上回ることが確実となっています。2023年には、企業の投資額は消費者支出の3倍に達すると見込まれます。たとえば、VRおよびAR技術の特許申請数は2014年から2016年にかけて一気に5倍に伸びた一方で(最新有効データ)、XRに対する起業資金は237%増加しました。大きな変化に向けた準備が整ったということです。

無数の機会
アクセンチュアの最新の調査レポートで、XRの使用範囲のさまざまな分野への広がりについて取り上げています。このように、XRは最終的に新しい時代に突入しようとしています。現在、すでに多くの用途が試験段階に入っており、そのひとつに遠隔脳外科手術があります。2019年3月、凌至培(Ling Zhipei)氏は、1800マイル(約3,000 km)離れた場所にいる患者に対し、5Gネットワークを利用して中国初となる遠隔脳外科手術を行いました。XRツールは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療など精神衛生治療の分野でも、地歩を固めつつあります。

XRはまた、実践的な体験学習を提供することで、組織の人材教育のあり方をも変えようとしています。VRの持つ没入感により、需要が伸びている行動的・社会的スキルの開発、およびストレスの多い状況や危険な状況のシミュレーションにおいて、特に効果的です。たとえば、BP社(ブリティッシュ・ペトロリアム)では、海洋掘削作業の仮想シミュレーションを通じて、従業員に安全な学習を行っています。その結果、当初の予算を40%下回り、予定より4カ月早く掘削作業を安全に終えることができました。

多くの労働者が自動化の影響を心配するなか、アクセンチュアの分析では、ディスラプションの周辺にいる労働者の多くがXRの恩恵を受けるであろうことを明らかにしています。XRツールが、労働者の生産性と能力を向上させ、人と機械のコラボレーションをもたらすからです。機械は人にとって代わるものではありません。したがって、現在、工場の組立ラインや倉庫などで反復作業やルーチンワークに従事している労働者は、自分達の仕事を「不安定なもの」から「未来の仕事」へと変えることが可能です。G20の14カ国の14の業界において、さまざまなテクノロジーが労働者に与える影響を算出したところ、XRの利用により、労働時間が平均で21%増加する可能性があることが明らかになりました。

XR新時代における我々の役割とは
XRによって経済と社会にもたられる機会は際限がないように思われます。しかし、すべての新技術がそうであるように、機会があればその分、厄介なリスクが生じることになります。このようなリスクには、個人情報の乱用、フェイクニュース、サイバーセキュリティなどがあり、XRが利用される世界においては、かつてないレベルにまでリスクが拡大することになるでしょう。加えて、これらのテクノロジーによって、個人的、精神的、社会的幸福を脅かす、全く新しい重大な危機がもたらされています。

たとえば、現在、個人情報といえば、クレジットカード番号や購入履歴の記録に関するものですが、没入型技術は、人の感情や、判断、反応、および個人を決定づける幅広い特性など、はるかに私的なデータを追跡します。もしこれらの情報が悪意のある第三者の手に渡ったらどうなるのか、想像してみてください。

フェイクニュースへの関心がフェイクエクスペリエンスにつながる可能性もあります。仮想体験を通して、物議をかもしている紛争地帯に我々を連れていってくれるニュースソースがあったとしたらどうでしょう。戦争の恐ろしさを目で見て、感じているときに、我々の意見に影響を与えるために、その経験が偽造されたり、粉飾されたりしていることがないと、はたして断言できるでしょうか?

現在、いわゆる「荒らし」がソーシャルメディアの投稿を通して人に対し嫌がらせをしているような場所においては、将来的に、彼らのアバターがユーザーを「物理的に」威嚇するようになることが考えられます。また、仮想環境での反社会的行動は、現実の世界に容易に入り込んでくるものです。上海で、あるオンラインゲーマーが自分のサイバーソードが他のプレイヤーによって違法に販売されたと訴え出ました。盗難届けは警察に却下されました。しかし、その前に、彼は現実の世界でその違反者を刺してしまったのです。今後、仮想世界での行動によって、現実世界の生活がどのように変わっていくことになるのでしょうか?

2019年6月、世界保健機関(WHO)は、ビデオゲームへの依存を正式な疾病として認定しました。個人の精神衛生に及ぼす影響については、まだはっきりとしたことは分かっていません。社会的レベルで見れば、「完璧な」仮想世界で過ごす時間が増えるということは、ごみ、公害、ホームレス、社会的疎外といった現実世界の問題を目にする機会が減ることを意味しています。その結果、市民が複雑で厄介な人生の現実に背を向けやすくなり、そのような現実を改善するための市民としての義務を果たさなくなることが危惧されます。

意図された責任
ビジネスリーダーやイノベーターがこれらのリスクに打ち勝つにはどうすればいいのでしょう?  XRツールを利用するサービスやビジネスモデルなどは、XRツールの構築法や導入法に、責任と倫理を意図的に組み入れる必要があります。現在と将来の影響について絶えず質問を投げかける文化を通して、早期警戒システムを確立するということです。そのためには、神経科学者や、精神衛生の専門家、行動学の専門家など、幅広い分野の専門家の協力が必要になってきます。つまり、自動化の影響を受ける人々の仕事をアップグレードするなど、XRツールを通して労働者に十分な仕事を、責任を持って供給する機会を見つけなければならないということです。

これらのツールは近い内に私達の日常生活に入り込んでくることから、今日の「技術への反発」からの教訓を導き出すことが喫緊の課題となっています。リスクは深刻であり、すべてが終わった後で対応すればいいというわけにはいきません。遡及的責任には大きな代償が伴います。XRの可能性を十分に引き出すには、有害な没入型体験が当たり前の問題となる前に、予防的にリスクを特定し、対処する以外方法はありません。

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