苦労人でもあるH.Hさんが大事にしている育成のポイントは、3つある。
1. 禅や東洋思想を用いた独特の“レクチャー(説法)”
月次で行われるチーム会議では、一風変わった光景が繰り広げられる。風貌も一見すると“和尚”を思わせるH.Hさんだが、全体が集まる場では、禅や東洋思想をベースにした講義が開かれるのがお決まりだ。
10年目のリフレッシュ休暇で“お寺での断食修行”を体験したのをきっかけに、禅での学びをとおして“日々自分のことを振り返る時間を持つこと”の大切さを痛感したというH.Hさん。
「千葉の成田山新勝寺で3日間、水しか飲まずに過ごす断食修行を経験。最初のきっかけは暴飲暴食と決別して、ダイエットを兼ねられればと気軽に申し込んだのですが、参加してみると日々のことを省みる良い機会になり、日常で当たり前とされることをそのまま真に受けるだけではなく、なぜだろう?と考えを突き詰める癖がつきました。」
その後もお百度参りや滝修行、お遍路参りなどを重ね、禅や東洋思想への興味が深まったという。会議の場では、お寺での修行を通して“物事をどうとらえるのか”のヒントをメンバーに話すという。例えばAIをテーマにする場合でも、単なる技術紹介ではなく、“AIにできない仕事は何か?”という視点で考える。AIは蓄積した過去の知識を使うが、AIが“新しいこと”を思いつくことはない。そこに人間の仕事がある、といった具合だ。
また、時には十牛図(※)などを紹介しながら仏教や東洋哲学の知恵を教養として紹介したりしている。
※十牛図(じゅうぎゅうず):“悟り”に至るまでのプロセスを、牛をテーマにして表現した10枚の絵画。様々な画家によって描かれているが、宋時代の禅僧・廓庵禅師(かくあんぜんし)によるものが特に知られている。
さらに、アメリカのビジネス思想家、ジム・コリンズの“窓と鏡の法則”(上手くいった時は窓の外を見て、上手く行かない時は鏡を見る。すなわち成功は外部要因に求め、失敗原因は自分の能力不足を反省し、失敗から学ぶことを説く)を紹介したり、「不安なことを自分自身に問い、何が不安なのかを考えてみよう」といった自問自答を投げかける時もある。
独特な“説法”のようなレクチャーの評判を聞きつけたお客様の新入社員研修の場で、講師を頼まれたこともあったそうだ。
2. How to ではなく方向性を示す
マネジャーになりたての頃は、メンバーにHow toや業務の組み立て方を教えていたという。だが今は“方向性は示すが、細かい指示は与えず、自分で考えて組み立てることに重点を置く”アプローチを意識している。こちらの期待のみ伝え、細かすぎる目標設定で縛らないようにしているそうだ。
実際の業務での目標設定を補完する意味でも活用するのが、“ミーニングフル・カンバセーション”だ。
52のQueカードを紹介し、問い、考え、語る といった切り口から、日々の想いを説いてみることを薦める。
例えば、“あの人が苦手”、“給料が低い”、“この先どのスキルを磨くべきかわからない”など。そうした問いを繰り返すのだ。
「不満や愚痴を“問い”にして自分に問いかけてみることで、それは普遍的な問いになる。自分が何を大切にしていて、何が嫌/苦手なのかが見えてくる。難しいテーマを一方的に解説するだけでなく、肩の力を抜いたカジュアルな質問やツッコミを入れるなどして進めています。なぜそう思うのか、どうやったらクリアできるのか、など思考を掘り下げる習慣をつけてもらいたいと思っています。」
3. ビジネススキルよりも“人間力”を伸ばす
仕事において、ロジックはもちろん重要。しかし、お客様や一緒に働くメンバーから“面白い人間”だと思ってもらいたい。こうしたことは信頼関係につながる。業務中は“合意”が不可欠だが、信頼関係を築くと、より短い言葉で伝え、理解してもらうことができるようになる。結果的として余計なやり取りが減り、生産性も向上するのでは、と話す。
「つまり、損得勘定で仕事をするよりも、コミュニケーションを重ねることによって“(当事者間の)マイルを貯める”ような考え方です。特に若いメンバーにはビジネス書を読み漁って頭に詰め込むよりも、“人間としての底力”を高めてもらいたいと思っています。
一般教養を知る者は、人間としての深みが違う。素養やモノの考え方といった基礎を学んでほしいですし、先にあげた“自らへの問いかけ”がそれには欠かせないのです。」