インフレクション・ポイント戦略 (3)
-持続的な成長の実現のための変化への対応方法-
経営コンサルティング本部
戦略グループ
シニア・マネジャー
市川 智光 |
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前回の論考では、インフレクション・ポイントに置かれた米国製薬業界の状況と課題を紹介したが、次に、これらの企業が将来のために検討しはじめている取組みを紹介し、そこから得られる示唆を示す。
製薬業界のインフレクション・ポイントへの対応
今回の調査に協力してもらったエグゼクティブは、将来に向けて各社なりの対応を始めている。この取り組みの中で、戦略的に重要と考えられる要素を(1)現状モデルを維持もしくは延命するための対策、(2)現状モデルの維持、将来モデルへの変革の双方にとって有効となり得る、新たなケイパビリティの獲得向けた対策、(3)将来モデルの構築に向けた対策の3つのカテゴリーに分類し、整理したものが図1となる。
<(1)現状モデルの維持に向けた3つの取り組み>
左側のカテゴリー(1)「現状モデルの維持・延命」は、短中期的に現状のビジネスモデルの中でパフォーマンスに影響を与える課題を改善することで、現状モデルを継続しながら、低下するパフォーマンスに歯止めをかける対策である。このカテゴリーには、以下の3つの施策が含まれている。
- 営業販売改革
- 組織的な分析力の強化
- 大幅なコスト削減
(営業販売改革)
従来の「リーチとフリークエンシー」型モデルが、既に機能していないという認識に立った企業では、医師との関係改善を図るための試験的、もしくは本格的な取り組みを開始している。これまでは、いわば「押し掛け、押し売り」に近かった販売の仕方から、「医師がその医療を全うする上で、どのような情報を重要と考えているのか」、「医師が抱える課題に対して価値を提供することで営業パーソンが医師と如何に個人的な関係を築けるか」といった「関係の質」を重視した販売への改革だ。
このためには、今までのように自社製品の臨床的な効果や症例への適用事例に関する情報といった情報では不十分であり、また、これらの情報を医師に提供することが営業販売の仕事であるという前提で構築された仕組みそのものを変えなくてはならない。具体的には「医師が接している患者のタイプ」、「医師の処方方針と患者側のニーズ、及び保険機関からの圧力との相互作用」、その結果として「ターゲットとする意思が抱える課題と、自社の価値提供の仕方」に関して、より多くの知識と見解を持った上で、販売を組み立てるための組織的な仕組みが必要となる。
実現のためには、営業部門のトレーニング方法の変更、営業パーソンが個人的に把握している情報を集約し、顧客との関係の質向上につなげるための組織知化のための取り組み、効果的な販売に役立つツール整備、販売部隊に必要とされる人材タイプの再定義や新たなインセンティブプランの設計など、直接的な改革が不可欠だ。また、組織規模や従来の地域別、製品別、薬効領域別の切り口とは異なった顧客アカウントベースの管理体制の構築も、最適な組織的土壌をつくるためには重要な論点となる。だが、変革の際には注意も必要だ。いくつかの企業では、いち早くこれらの取り組みを開始したが、従来の「どの医師に対しても共通メッセージを発信する」型のブランド構築に慣れたマーケティング担当者の活動と齟齬をきたし、一部の改革が不十分のまま留まっているケースも見受けられる。現状モデルの変革は、一機能部門の問題ではなく、会社として包括的な取り組みや、企業トップ自らのコミットメントを必要とする活動なのである。
(組織的な分析力の強化)
医師との関係の質を高め、信頼関係を強化する上で、組織的な分析力の向上が不可欠な要素と認識されはじめている。このためには、顧客、製品、販促活動に関する膨大なデータを収集し、定期的に集計結果を営業販売活動へ活用するといったこれまでの取り組みから更に一歩進め、分析から示唆を抽出し、示唆を意思決定や各機能部門の行動へ反映するという組織力を獲得することが不可欠だが、調査対象となった企業のエグゼクティブは、自社の分析力に関して下記のような認識を持っていた。
- シニア・マネジメントは、分析結果や事実にもとづく意志決定の土壌を作り出していない
- 意志決定者の分析のツール・手法に対するリテラシーが低い
- データが効率的に収集、蓄積あるいは統合されていない
- 分析に関する組織能力は企画部署など、一部の部署内で閉じており、実際の営業販売活動と切り離されている
- 分析から示唆を抽出するためのスキルが企業全体に不足している
また、組織内の多くの決断において「マネジメントの経験に基づく判断」が優先され、組織内で提出される非常に多くの分析結果は、実際の行動や変化にはほとんど結びついていないというコメントも挙げられた。背後には、データ自体が数週間から数ヶ月前のものであるため、分析に基づくと判断を誤るという状況もあると想定されるが、分析力に対する組織内での認識が高くないことも1つの大きな要因となっているようだ。
多数の企業が弱いということは、同時に競争優位の源泉となり得ることでもある。このことに気づき、実行に移し始めたいくつかの企業では、年間計画の立案や、営業販売の戦術を練り直す時期だけに分析を行うのではなく、将来予測や示唆抽出に重点を置いた取り組みを進めている。過去の状況を把握、整理し、レポートを作成するのではなく、分析から興味深い現象が明らかにし、次にどのような行動を起こすべきかに関して示唆を抽出するやり方へとシフトしているのだ。
実行に移すためには、従来よりも広い範囲で情報源を押さえ、この情報を適切に組み合わせ、分析するアプローチを新たに構築しなくてはならない。従来の「リーチ&フリークエンシー」型モデルではない効果を測定するためには、リレーションの強さや、医師に提供する「価値」の定義も必要となる。分析から示唆を求め、直ぐに営業販売活動への行動に反映した結果を再び測定し、次の示唆を得るというサイクルを効率的・効果的に回るためのプロセスも不可欠だ。また、このプロセスを支える仕組みや、人材配置も重要な論点となる。分析が「付け足し情報」程度であった企業にとっては大きな変化が求められるが、ひとたび営業販売活動の戦力とすることができれば、強固な競争力を確立することが可能となるだろう。
(大幅なコスト削減)
今回の調査に参加したすべてのエグゼクティブは、現状モデルのやり方、機能面での変革に加えて、マーケティングと販売に関する抜本的な効率性の改善も重要な課題と認識している。強まる一方の医薬品価格に対する圧力、新製品の不足などを背景として、よりムダのない合理化された販売業務が必要とされているためだ。特に、以下の項目に対する関心と危機意識が高い。
- 組織内における冗長な役割・機能の排除
- 顧客を機軸とした、プロセスのリエンジニアリングと合理化
- 支出管理体制の確立
- テクノロジの有効活用による情報への迅速なアクセスと、効率性の改善
- 業務機能間でのシナジーの追及
- 新しいソーシング体制の確立
- 非コア業務の特定とアウトソースの活用
いくつかの企業では、自社の組織、機能に関して「どこに資源配分の過不足があるか」、「どの程度の過不足が生じているか」という観点からの精査が今まさに進められている。営業部門や、マーケティング部門もこの精査の対象となっているが、特に顧客の関係性強化、質向上を中心としたプロセスから見ると、現行の活動が必ずしも効率的でない領域や、顧客が得る価値と直接結びつかない業務が見出された。また、取引業務や非コア業務の一部を撤廃、縮小、あるいはアウトソース対象として検討中だ。取引業務としては、販売業務、顧客照会業務/コールセンターと帳票処理業務を、また非コア業務としては情報技術、人事、そして財務などの組織サポート部門が対象となっている。
これらの効率化によるコスト削減効果は平均して20%から40%に達するが、更に積極的な企業では、グローバル規模でのアウトソースやオフショア体制も計画されている。この戦略は、他業界でも広範囲に採用されており、高いコスト削減を実現した企業もすでに登場してきた。このような一連の大幅なコスト改善の背後には、現状を乗り切るだけでなく、獲得した原資を将来の成長に向けて投資することで、持続的な成長を図ろうという戦略的な狙いが存在している。
<(2)現状と将来モデルの双方に対応するための3つの取り組み>
組織が行うべき対応の時間軸を、少し先へ進めよう。中央のカテゴリー(2)「新ケイパビリティ獲得」は、短期と長期の双方に対応できる、新たなケイパビリティを作り出す対策である。このケイパビリティによって、現状モデルにもプラスアルファの効果を与えパフォーマンスを活性化するとともに、将来モデルを確立し、競争優位を実現する際にもカギとなるケイパビリティを構築することを目的とする。このカテゴリーには、以下の3つの施策が含まれている。
- マルチチャネル・マーケティング機能の構築
- 営業活動におけるコンプライアンスの徹底
- メガ・ブランドに依存しない体質の確立
(マルチチャネル・マーケティング機能の構築)
調査対象となったエグゼクティブの多くは、新たな代替チャネルの活用が、将来の営業活動を支えるカギと確信している。事実、回答者の94%は、新規の代替チャネルは利益を生み出す、あるいは今後3年間で医師との関係を構築し、存続させるために必要である、と答えた。また、回答者の89%は製薬企業と患者とのコミュニケーションが必要になる回答している。すなわち、複数のチャネルを用いた営業、マーケティング活動が今後必要になるという認識を持っているのだ。
顧客が持つ接点を体系的に押さえ、一貫したマーケティングメッセージを発信していこうという考え方は、他業界を中心に発展してきたが、製薬業界でもこのマルチチャネル・マーケティングが必要とされ始めている。マルチチャネル・マーケティングとは、顧客を中心として、顧客が接点をもつ全てのチャネルを通してマーケティングを体系的に企画、実行、評価するマーケティング方法を指すが、これにより以下のようなことが可能となる。
- 顧客の持つ嗜好に関する深い理解の獲得
- 顧客理解の部門間での共有、及び部門間での一貫した行動の実現
- 顧客が価値を感じる情報に富むメッセージのすべての顧客接点での発信
- 顧客に影響を与える主要な関係者への認知度・影響力の向上
- 分析、およびクロスセル能力の向上
マルチチャネル・マーケティングのケイパビリティを構築する際には、一般的に3つのステップを段階的に踏むことが多い。ステップ1では、顧客理解(注1)にもとづき、ブランド戦略、及び新規と既存チャネル戦略を統合する。顧客に対して、一貫したメッセージを提供するには、どのチャネルに対して、どのような役割を与えるかを定義する。次にステップ2では、この顧客理解にもとづき、顧客に対して経験価値(注2)を与え、同時に企業側が望む結果につながるような整合性のとれた戦術的施策を複数のチャネルで実施する。最後のステップ3では、企業は、展開した戦術的施策から得られた反応や、結果としての行動に基づき、キャンペーンを測定、評価、改善していく。
注1) 顧客の嗜好やニーズ、また顧客との交流や行動の観察から得られた情報
注2) 製品・サービスの機能や、それを利用した結果ではなく、その使用・消費・所有などを通じて顧客が認知する有意義な体験のこと
幾つかの企業では、マルチチャネル・マーケティングのケイパビリティ獲得に向けた取り組みが既に進められているが、ステップ3までの一連の能力を完全に定着化させいる企業は少ない。たが、ある企業ではマルチチャネル・マーケティング導入企業の場合、全体的なマーケティング・プログラム・サイクル時間が平均25%から45%短縮され、生産性はマーケティング組織全体で平均15%から40%も改善されたという報告もある。また、マルチチャネル マーケティング戦略を効果的に実践することで、顧客経験価値や顧客からの反応率、そして顧客1件あたりの収益も増加するため、将来モデルへの基盤という意味合いだけでなく、現状モデルの維持・延命にとっても影響力を持つ対策であるといえるだろう。
(営業活動におけるコンプライアンスの徹底)
現在、米国の製薬業界は、コンプライアンスに関連した課題に直面している。これまで、営業パーソン(MR)は、医師のプロフィールや処方情報データを重要な営業ツールの一つとして利用してきた。だが、米国医師会(AMA)が立ち上げたPrescribing Data Restriction Programでは、医師の処方データの利用を制限するための方策を立案し、いくつかの州が製薬企業による処方データの利用を禁じる法律の制定へ動きはじめている。
一方、米国規制当局は、製薬企業が医師に対してどのようにサービスを提供し、全体の金銭的な便益はどの程度のものかを把握しようとしはじめており、この結果、製薬企業は医療プロバイダとの関係に関して説明責任を求められるようになってきた。更に、米国弁護士事務所が未処理案件として持っている150件以上のFDA認可外処方に関するケースに関しては、認可外処方の強要や、不当な要求に関して製薬企業が関わっていなかったかどうかといった点が注視されている。
コンプライアンスに違反した場合の損害は甚大だ。1992年以来、大規模な医療調停では139億ドルが償われ、ここ最近5年間では94億ドルが支払われてきた。この中には、病院が支払い側であるケースと、製薬企業が支払い側になっているケースが含まれるが、先の5年間の調停額のうち58億ドルが製薬業界の支払額となっている。
では、米国企業はどのように対応しようとしているのか。幾つかの企業では、営業部門がコンプライアンスに確実に対応していくために、法律、規制を踏まえた営業・マーケティングに関する販促方針や標準手順を作成するといったポリシーレベルの取り組みや、顧客情報、販売・取引プロセス、財務情報などの一連の情報連鎖を追跡可能な形で管理するといった仕組みレベルの対策を進めている。また、組織がコンプライアンスに違反した場合の影響を最小化するためのリスクマネジメントや、様々な倫理的制約条件下で、どのように他社との競争を進めるかに関する検討も不可欠となる。
この企業に対する倫理面での規制強化は、短期的には逆風と言えるが、将来的には好機して生かすことも可能ではないだろうか。製薬企業は、今後も現れる様々な法律と規制に対処するため、州ごとに異なった販売アプローチが必要となる可能性が高い。営業販売組織は、ますます複雑な対応を求められ、大企業に有利に作用するケースも登場してくるだろう。一方、中小規模の企業の営業活動では、コスト負担が増大し、販売提携という方策に戦略の力点が変わる可能性もある。全ての企業の取り組みが同じでなく、自社の差別化要素の見極めが、今まで以上に必要となるのだ。今、まさに自社の営業販売コンプライアンスがどのような状態にあるか、そのケイパビリティでどれほど自主的に(もしくは受動的に)環境変化に対応するのかを問い、準備を始めることが肝要だ。
(メガ・ブランドに依存しない体質の確立)
10億ドル以上級の大型ヒット製品を生み出すことで成長するモデルは、これまでの製薬企業では成功を収めてきた。しかし、この成功方程式を維持することが難しくなってきた今、調査対象となったエグゼクティブの多くは、より特定の患者を狙った中規模製品による市場獲得に期待を寄せている。これは、かつての少数のメガ・ブランドに依存してきたモデルから、より小規模な製品を成長の核としたモデルへと、軸足をシフトしなくてはならないことを意味している。
非メガ・ブランドを提供することで成長するためには、これまでよりもターゲットを絞った営業販売戦略と戦術が必要となる。また、顧客に対して1つの製品で価値を提供するだけでなく、顧客が必要とする複数の小規模製品を包括的に提供することで、より大きな価値を提供するフランチャイズ型アプローチも有効となるだろう。扱う製品数が増え、製品ポートフォリオが複雑になると、ますますポートフォリオ間での資源配分の最適化が重要となる。また、特定の患者を対象とした製品となることは、患者と病態に特化した新たなスキルを持つ営業パーソンが必要となることに繋がり、更にマーケティング・キャンペーンは、ターゲットとする患者及び医師を中心においたものへと新たに開発する必要が生じる。
勿論、多くの企業にとってはヒット製品への希望を完全に捨てることはできないし、またその必要もない。実際、これまでに上市された幾つかの製品は、限定的な患者を対象としているが、売上高は不特定多数の患者を対象とした製品に勝るとも劣らない規模に達しており、ニッチ・ブロックバスターとも呼ばれている。要するに、今後の製薬企業は、発想もケイパビリティも異なる2つのモデルに対して軽重の差はあったとしても適応しなくてはならないということだ。
<(3)将来モデルに対応するための2つの取り組み>
現状モデルの閉塞感を打破し、将来的な変化に適応できるビジネスの仕方、つまり将来モデルを構築するための対策は、右端のカテゴリー(3)「将来モデルの構築に含まれる。競争ルールを変え、競合状況を変えてしまうような取り組みもこのカテゴリーの対策だ。製薬企業の場合、このカテゴリーには、以下の2つの施策が含まれている。
- 革新的な製品差別化の実現
- 患者関係性マネジメントの構築
(革新的な製品差別化の実現)
製品の差別化を図ることは、将来のマーケティング、及び営業販売にとっても究極の目標であり、将来モデル構築の中核となる。当然のことながら、数社の製薬企業のトップマネジメントは、この取り組みを積極的進めている。差別化の第一歩は、製品によって得られる医療効果を、医療経済学や様々な方法論を駆使して評価し、優先順位をつけ、製品の臨床的な有効性と経済的な効果を顧客ならびにステークホルダーへ伝達していくことである。現状モデルでは、ほとんどの製品の訴求ポイントは患者を対象とする臨床的効果であり、その製品が医療プロバイダを含めた複合的な医療環境の中で占めるインパクトが明示されていない。また、これらの効果は経済効果へ翻訳されていないことが多いため、相互比較が難しいという困難を抱えていたのだ。
更に革新的な差別化を目指そうと、単に薬剤を購入することで顧客が得る価値を超えた製品やサービスを提供していくこと姿を考えている企業もある。この将来モデルでは、顧客に対して包括的なサービスを提供することで、顧客経験価値を高めること狙いとしており、具体的には、下記のようなサービスが検討されている。
- 疾患の原因・遠因となっている患者の行動を確実に変えていくプログラムの提供
- 包括的な治療マネジメント・サービスの提供
- 診断サービスの提供
- 価格保証サービスの提供
- 医療経済学評価と連動した医師向けの製品情報提供サービス
革新的な製品の差別化によって、新しい価値が提供できれば、最終顧客、すなわち患者に対する総合的なブランド価値が増大するだけでなく、患者を取り巻く多数の利害関係者も満足するようになると考えられる。この結果、保険機関や医療機関からの企業に対する信頼が増し、競合優位を確立できる可能性が高い。また一部の企業が先行して顧客への提供価値の革新に取り組んだ結果、医療機関や規制環境が、新たな提供価値を業界標準とする可能性も高く、将来モデルへの取り組みが遅れた企業にとっては致命的な事態となるリスクもある。長期的な視点に立てば、これらの取り組みの多くは業界に浸透化し得る提供価値の在り方でるため、企業にとっては、やる・やらないという議論ではなく、いつからはじめ、どの程度徹底して行うのかに関する明確な方針を定めていく必要があるだろう。
(患者関係性マネジメントの構築)
過去に成功をもたらした「リーチ&フリークエンシー」型モデルによって、製薬企業の営業パーソンは医師と接点を持つことは可能となったが、現在はその関係の質に問題を抱えている。この点を解決すべく、「現状モデルの維持・延命」カテゴリーでは短中期的視点から、医師とのリレーションシップの質向上のための対策を議論してきた。
一方、製薬企業と患者との関係はどうだろうか。現在、最終消費者である患者対しては、マスメディアを中心としたメッセージの伝達が中心となっているが、患者と長期的な関係を確立し、維持できるような取り組みは行われていないのが実情だろう。言い換えると、ほとんどの製薬企業は、患者向けアプローチというものに習熟していないということだ。だが、これは同時に差別化の機会を示してもいる。患者との関係性強化に力点を置いたマーケティングおよび営業販売活動を確立することで、長期的かつ質の高い関係を確立することが可能となるだろう。調査に協力してもらったエグゼクティブのコメントから、いくつかの取り組みアイデアを紹介しよう。
- より効果的なガイドラインに基づき、ブランドチームは患者へマーケティングを行う。(このマーケティング活動には、全ての患者接点を統合し、患者との相互関係を管理することを目的とするマルチチャネル・マーケティングが含まれている)
- 患者関係を長期間にわたって効果的に管理する顧客管理基盤を構築する
- 患者との効果的かつ継続的なつながりを作り上げる
- 医療プロバイダの役割を尊重し、継続的な連携を図る
- 製品の適用可能範囲内で可能な限り、製品の患者個別対応化を図る
製薬企業にとっては、最終消費者である患者との関係性を確立し、それを維持することができれば、これまでのビジネスモデルを超えた競争優位を構築することが可能となる。無論、規制や制度条件面での条件はあるが、定められた競争ルールの中で何が患者の行動を活性化し、影響を与えているのかを理解し、自社の行動に反映させることで、患者や医療プロバイダとの緊密なパートナーとなることが可能となる。その為には、これまで縁の無い世界であると感じられた、消費財やメーカーが消費者に接している方法も重要な教師となるであろう。製薬企業が今後も成長するためには、現状モデルを超え、患者と真の長期的関係を構築する戦略、戦術、ケイパビリティを獲得することが必要になってくるのだ。
製薬企業の例から学ぶ、将来モデルに対する取り組み方
これまでに述べた3つのカテゴリーに含まれる対策は、どの企業でも均質的に行われるものではない。ある大手製薬企業はコスト削減、販売の見直しといった現状モデルによる対応を特に重視し、一部の資源をマルチチャネル・マーケティングという新たなケイパビリティ構築へ振り向けた。一方、重大なパイプラインの問題を抱えており、またリスクに対して高い許容度を持っていた別の製薬企業は、より積極的な取り組みを採用している。この組織では、現状モデルを維持する試みや、新しいケイパビリティの構築に取り組むだけでなく、患者との関係性を管理するパイロットに取り組むことで競合状況を変えることを狙っている。これらの事例が示すように、自社にとって意味のある対応を選択し、資源を配分していくことが重要となる。
実際に将来モデルに対する取り組み方を定める際には、各組織ですでに進められている取り組みや、活用可能なリソースなどを含めた、様々な観点から検討が必要となるが、下記のポイントに関しては特に十分な考察が必要だ。
- 変革の緊急度
- 変革に対するリスク許容度
- 変革を実行するケイパビリティの充足度
現状モデルによって、市場での良好な立場を獲得している企業や、製品ラインナップが短中期的に充足している企業は、将来モデルよりも、現在の地位をさらに強固とする取り組みに注力するかもしれない。たとえ同じ条件下にある場合でも、良好な現状ビジネスから得た余力を将来モデルの構築へと振り向けるケースも考えられる。どちらの立場を取るかは、まさに将来モデルへ変革することに対して、組織がどの程度まで緊急性を感じているかによる。ただ、一般的な傾向としては「将来の実り」よりも「現在の繁栄の維持」が重視されるようだ。
変革リスクに対する受け入れ方も企業によって大きく異なる。他社事例を重視し、先行他社の取り組みの様子を踏まえてから一歩を踏み出す企業にとっては、将来モデルの変革は敷居の高い取り組みとなるだろう。先陣を切った企業に追いつけるだけの瞬発力を備えているのであれば、このWait & See (様子見)型の戦略も可能といえる。ただし、将来の市場環境が、先行者利益の獲得にとって有利な状況とならないことが必要条件だ。一方、積極的にリスクを取る傾向の強い企業では、将来モデルを構築するための取り組みをいち早く進めることで累積経験知を蓄え、将来モデルを確立した後の競争優位に生かすことも有効な戦略となるだろう。将来現実化する環境変化によって、当初描いた将来モデルに修正が求められるという事態も起こりえるが、同時に思いがけない事業機会を発見する可能性も併せ持っている。
同程度の緊急性とリスクを認識した場合でも、より高いケイパビリティを持つ企業とそうでない企業では、将来モデルに対する取り組み方は変わってくる。現状モデルを改善する場合、業務の知識やスキル、ケイパビリティといった要素の多くは共用可能な場合が多い。だが、このモデルから大きく離れた将来モデルに取り組む場合には、事情が異なる。よくある失敗例を示そう。テストパイロットとして、新たなビジネスのやり方を「ちょっとかじってみる」程度の試みを行ったある企業では、目覚しい成功もなく、その取り組みを終えた。社内変革の経験を持たず、新業態が対象とする業界でのビジネス経験もない担当チームによって推進されたことが主因と考えられるが、チームの活動に対する現業部門からの協力や、通常のビジネスよりも長期的な視点で成果をとらえるといった組織的な配慮が無かった点も大きく関係している。このような事態を避けるためには、まず変革を実行するために必要なケイパビリティを洗い出し、充足し、その上で着実に将来モデルの構築を進めるという進め方を検討すべきだろう。
持続的な成長に向けて今、行うべきこと
程度の差こそあれ、環境変化の圧力を受けない業界は無い。ある時期に有効に機能した競争優位の源泉や、ビジネスモデルは決して永続するものではない。それにもかかわらず、企業は成長を考える際に、現状モデルとその延長線上の解に引きずられやすい性質を持っている。
これまでに紹介したインフレクション・ポイント戦略は、ビジネスモデルやケイパビリティの観点から、現状モデルで対応すべきことと、将来モデルのためになすべきことを峻別し、時間軸の中での相互の関連性を踏まえたうえで、それぞれに適切な資源を配分し、実行に移していくための考え方だ。現在をリードするだけでなく、将来もリードを続け、持続的な成長を真に実現するためにも、この考え方を取り入れることを強く推奨したい。
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