イノベーションの本質を掴む
デイビッド・スミス、クレイグ・マインドラム
広報誌「アウトルック」日本語版 2008 June
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イノベーション成功の鍵は2つある。1つ目は企業全体にわたる鮮度の高い情報に基づく活発な対話。そして2つ目はその対話を「価値を生み出すアイデア」へと落とし込む内部ネットワークの提供である。
「イノベーション」の概念はその提示以来、着実に経営幹部や経営思想家の間に浸透してきており、その微妙なニュアンスまでもが次第に理解されるようになってきた。イノベーションに関する多くの研究は、自己満足的な経営論に陥ることなくこのテーマを積極的に解明し、イノベーションの実態やその様々な特色について、一定のコンセンサスを確立している。
だがここで、重大な疑問が1つ残る。企業は果たして、そうした理解に基づいて実際にイノベーションを生み出し、さらにそのイノベーションを利用してハイパフォーマンスを促進するという点で本当に成長を遂げているのであろうか。
これには「イエスであり、ノーでもある」としか答えられない。イノベーションを単に「新たな手法」と定義するなら、その答えはイエスと言えよう。世界中で毎年60万件以上の特許が認められ、米国だけで3万点以上の消費者向け新製品が発売されているからである。しかし、これはアクセンチュアが考える非公式な定義であるが、イノベーションを「株主価値を生む新たな手法」という角度から見た場合には、残念ながら答えはノーである。膨大な特許のうち、収益を生み出しているものはほんの一握りであり、新製品の90%以上は失敗に終わっているのが現状である。
しかしながら、製品におけるイノベーションは、パズルのピースの1つに過ぎず、それも決して最も重要なピースというわけでもない。実際には、多くの競合企業の中で自社を際立たせるのに真に役立つのは「プロセス・イノベーションと経営イノベーション」である。これは競争上の差別化の隠れた側面であり、華やかな製品イノベーションよりも魅力の少ない分野である。たとえて言うならば、グーグルの検索機能の背後に隠されたアルゴリズムや、インテルが生産する安価で高速のマイクロプロセッサのもととなる素材のような部分だ。
いずれにせよ、イノベーションの実体の明確性にかかわらず、確かなことが1つある。それは、将来価値を向上させるイノベーションは決して自然に現われるものではなく、企業の知的財産となっている人材から生み出されなければ存在し得ないということだ。しかし殆どの企業には、スタッフの様々なアイデアや経験という果実の在り処を把握し、その果実をイノベーションとして収穫するためのインフラが備わっていない。
そうしたイノベーション・ネットワークの構築、すなわち、学びから何かを生み出し、生み出したものからまた学ぶという豊富かつ的を射た双方向の流れを作ることが、ハイパフォーマンスを達成し続ける上で極めて重要である。その重要性は、画期的なIT技術の開発や、市場の状況を一転させるような新製品の発売といった事業にも引けを取らない。また、イノベーションは人から生まれるものであり、特に最前線で責任を担う人材が生み出すものであるから、ナレッジ・マネジメントの機能を備えた近代的な企業こそ、そうしたイノベーション・ネットワークを実現するのに最も有利な立場にあるといえる。
グローバル・トレンド
多くの組織がイノベーションの促進手法について抱えている問題は、ほぼ共通している。まずイノベーション・インフラにボトルネックがあり、優れたアイデアがどこにあるかを把握する能力、または、そのアイデアを収益に繋がる製品やサービスに転換する能力が発揮できていないのである。一方、そうしたボトルネックを生むインフラさえ整っていない企業も多い。
しかし問題が何であれ、経営幹部は今や、より包括的かつグローバルレベルでのイノベーション・インフラの再構築の必要性を充分認識している。アクセンチュアの考える「多極化する世界」の状況について実施した調査では、世界の経済力のバランスが変わりつつあること、イノベーションの性質も同様に変わりつつあることが浮き彫りになった。
これまで、米・欧・日の所謂「3大経済圏」が世界経済において圧倒的な地位を占めてきたが、この三者が握っていた経済力は今や世界中に分散しつつある。新興国が世界全体の生産、貿易、投資に貢献する割合が、かつてない水準にまで高まってきたためである。そしてこの経済力の多極化と共に展開しつつあるのが、イノベーションの多極化である。
「インドや中国といった新興諸国は、真のイノベーターになることを通じて、バリューチェーンの上流を目指す方針を大胆に推進している。」
3大経済圏は特に研究開発の分野で、世界のイノベーション・リーダーとしての地位を保ち、バリューチェーンの末端に位置する新興国は、基本的に低賃金労働力と低付加価値活動の提供源と見做されてきた。しかしこうした構図は今や変わりつつある。インドや中国といった新興諸国は、他で生み出されたアイデアの模倣や、そのアイデアの生産だけを受注することには飽き足らず、自らアイデアを生み出す真のイノベーターになることを通じて、バリューチェーンの上流を目指す方針を大胆に推進している。
この新しい「イノベーション地図」では、創造的活動の中心が特に中国やインド、さらにはチェコやブラジルといった様々な国々にわたって地理的に分散している。多国籍企業は、この新たなイノベーション地図に沿って研究開発計画を急速に多角化し、この変化の波に乗ろうとしている。
たとえば、ゼネラル・エレクトリックとマイクロソフトは既にインドのバンガロールに研究開発センターを設置し、米国の金融機関は世界の資本市場に関する高度なリサーチをインドにアウトソーシングしている。また、イーライ・リリー、グラクソ・スミスクライン、ノバルティスは、シンガポール政府が自国を生物医学の研究開発と臨床試験の中心地とするために積極的 な施策を講じたことを受け、同国に創薬部門を立ち上げた。
こうした経済バランスの変動が意味するのは、価値を生むイノベーションを巡っての企業間競争がグローバルレベルに拡大するのみならず、そうしたイノベーションを生み出す人材も、地理的により拡がったネットワークを活用して見出すことができるということである。したがって、イノベーションは経営陣主導で、などという旧来の偏狭なマインドセットを是正できないならば、その企業は、グローバルレベルで展開されている人材の知識と経験から生み出される斬新なアイデアを得ることは 困難になるだろう。
斬新なマインドセットが生み出す新たなモデル
多極化する世界で必要とされるのは、価値を生むイノベーション創出のための新たなモデルである。これは以下の想定に基づいている。
a) 複雑を極める世界と市場においては、いかなる経営陣も、優れたアイデアや問題解決に対する的確な案を単独で導き出すことはできない。
b) 創造力、経験、そしてこれが最も重要なことだが、現実に即したアイデア―これらを備えているのは経営陣だけではなく、社員全員もまた同様である。なぜ なら、社員は業務の中で日常的にアイデアを活用し具体化しているからである。
c) こうした社員たちの意識の中に、または日常経験の中に潜在的に宿っているかもしれないアイデアを呼び覚ますためには、実際的または仮想的なもの、あるいはその両方を含めた対話とコラボレーションが鍵となる。
この新たなイノベーションモデルは、社員に既に現実化したイノベーションの実行だけを命じるようなものではない。また、イノベーションを研究開発担当社員、スペシャリスト等の一部の人が担当すれば事足りるものでもない。社員を活気あふれる対話と発見のプロセスへと積極的に導き、その生むアイデアに落とし込む、それがこのモデルの特徴である。
全ての社員の意見、感情、思考を吸い上げることは不可能だが、このモデルは社員全体に「皆の頭脳は会社の知的財産研究開発投資の主な対象国 である」「会社の将来の方向性に関する1人ひとりの意見が重要である」という明確なメッセージを送る。 |
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一部の企業は既に、このモデルを利用している。世界的通信会社、BTの一部門であるB Tグローバル・サービシズ(BTGS)で学習戦略・方針責任者を務めるデイビッド・バシェル氏が推進した最近の取り組みを例に挙げよう。バシェル氏の任務は、BTGSのセールス部門および顧客サービス部門の社員を、個々の製品やサービスの販売ではなく、価値重視のセールスやソリューションの販売を中心とする新しい販売環境に適応させることだった。
バシェル氏はこの目標を達成するため、「協働ネットワーク」または「社会的学習」と自ら呼ぶ手法を取った。同氏は次のように述べている。「まず、一度に40~50人というかなり大勢の社員を集めて集中的なワークショップを行いました。ここで最も重要視していた要素は、集まった社員同士に対話させることでした。対話を通じて彼らは、新しい業務環境がどのようなものか、また、学習プログラムをどのようにすべきなのかを自ら突き止めました」
次に、3ヵ月間にわたり、様々なグループがそれぞれ固有の業務環境の問題解決に取り組んだ。バシェル氏が「実務プロジェクト」と呼ぶこれらのプロジェクトは、同僚またはファシリテーターの管理職やコーチとのやり取りを通じて、その基盤が作られ内容が洗練されていった。3ヵ月後、各グループは再び集合し、プロジェクトの結果を報告し合った。
バシェル氏はこうコメントしている。「参加者たちには実質的に、業務改善と同時に自分自身の能力開発にも取り組んでもらったのです。彼らは最初のワークショップと、その後の同僚との対話から生まれた変革のアイデアを利用して、素晴らしいプログラムを作り上げました。これはセールス担当およびサービス担当の社員の能力開発に対する会社の取り組み方を大きく変えるプログラムとなりました」
このプログラムが果たして、どの程度の成功を収めたのだろうか。バシェル氏は次のように語っている。「プログラムの最終回には私も必ず参加するようにしました。すると、既に豊富な経験を積んでいた社員も含め、多くの参加者が私のところに来てこう言うのです。『実に画期的なプログラムでした。プログラムを進めていくうちに、別人に生まれ変わりました』と。参加者たちによると、このプログラムを通して、セールス手法を改善するための小手先の方法などよりも、遥かに高いレベルの成果が得られたそうです。彼らが、自分が生まれ変わったように感じたのには、それなりの理由があったのです」
このプログラムの成功の証は、こうしたエピソードだけにとどまらない。バシェル氏とBTGSの経営陣が調べたところ、このプロジェクトの投資収益率は500%を超えていたことが明らかになった。
バシェル氏によると、BTGSの計画に成功をもたらした特徴は以下の点であったと言える。(1)参加者同士が主導して行われる学習プログラムだった点。(2)経営陣による指針はあったが、束縛はされていなかった点。(3)上から教え込むような 方法ではなく、助言と対話に基づいていた点。
多極化する世界でイノベーションを生み出す構造
このような対話志向のマインドセットを促進するためには、どのような手法が考えられるだろうか。さらに重要なこととして、その対話やコラボレーションから生じる可能性のある「価値を生むイノベーション」を見出し、記録し、その成果を価値として活用するインフラやネットワークを整備するための方法を検討してみよう。
組織における価値創造の過程は、ネットワークを概観することによって、その仕組みを明確に理解することができる。ネットワークのノード(中継点)間を流れる情報と同様、価値創造の過程においてもエネルギーが会社のステークホルダーとして何らかの形でかかわっている多数の人々の間を流れていくからだ。エネルギーはイノベーションを通じて組織に流れ込み、製品やサービスの形で顧客へと流れ出て行き、利益として組織に戻ってくる。もしくは、配当として株主へと流れ出て、追加投資として戻ってくる。組織に流れ込むエネルギー、すなわち利益としての財務エネルギーや、研究開発というイノベーション・エネルギーが不足すれば企業は衰弱し、そのまま生存機能が停止するかもしれない。過去の「工業の時代」の企業は、こうした知的エネルギーの流れを、垂直的なピラミッド型の組織構造を通じてトップダウン方式で管理しようとしていた。そのような手法は決して理想的でもなければ、成功が保証されているわけでもなかったが、シンプルで馴染み易く、場合によっては目を見張るような効果を発揮することもあった。
その後に出現したフラットで水平的な組織構造を通じた価値創造という斬新な発想は、先進的な考えを持つ経営思想家や経営幹部によって取り上げられ、現在も息づいているのだが、全面的な賛同は得られず、多くの組織を見る限り、ピラミッド型の経営が今も健在である。
しかし今日に至って、状況はもはやフラット化の是非を論じる段階ではなくなった。既にフラット化が既成事実となった現在、それを依然として認めないというのは、多極化する世界においては経済的自殺行為に等しい。
残念ながら、一貫し、かつ成果予測が可能なイノベーション創出を実現するフラットな組織構造の成功モデルは数少ない。「新しい世界における企業のエネルギーの流れは、垂直から水平へと大きく方向性を変え、ロンドンからバンガロールへ、マニラへ、そして米国カンザスへ…」などと理想論を述べるのはいいが、それが現実に実行されなければ意味がない。つまり、そうした業務の流れを可能にする物理的なネットワークを整備し、エネルギーの流れを最適化しなければならないのだ。
私たちはエンタープライズ・ラーニングこそが、多極化する世界でのイノベーションを促進し支援するインフラ整備、という課題に挑むに相応しい手法と考えている。こうしたインフラを構築するのには、次に述べる3つの手段が役立つと思われる。
1. 知的エネルギーとパフォーマンスを結ぶ 研修活動
複数の研究者が近年、グローバルレベルで情報が行き交う状況下で他社と競い合う企業にとって有用と思われる様々な種類のネットワーク組織構造に関する論文を発表している。ネットワーク化された組織、すなわち「クモの巣型」の組織は、フォーマルな命令階層を殆ど、あるいは全く持たずに活動することができる。
こうした組織に存在する個々のノードは、ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネス教授のジェームズ・ブライアン・クイン氏が述べるように、「基本的に組織に蓄積された全てのナレッジを持っており、殆どの場合、正式な権限者同士のやり取りを伴わずに効果的に機能する」。 *1 こうした組織にも何らかの「中心」が存在することはあるが、それはむしろ「街の中心」のようなもので、命令発信のためではなく人々が集まるために存在する。このような中心的機能は、情報を各ノードから収集し、必要とするノードに提供する役割を果たす。
クイン氏は、10年以上前にナレッジ・エコノミーで成功する組織構造の詳細を明らかにしたという点で時代に先駆けていたが、現在の状況は加速度的に複雑化している。多極化する世界では、内外のネットワークに存在する1人ひとりが「ノード」なのである。つまり組織の中には、社員、パートナー、および顧客の数だけノードがある。
前述したように、ピラミッド型構造ではエネルギーの流れが集中管理されていた。それに対してフラットで水平的構造の組織では、常に「シグナルロス」に注意しなければならない。シカゴのノードから発せられたエネルギーの力が、ムンバイやプラハやニューヨークまで全く弱まることなく伝わると考えるのには無理がある。
家庭内の無線LANでも、部屋の位置によって信号の強度に差があるため、中継機や増幅機を設置する場合があるが、水平構造の組織にも同様に、競争力を阻むシグナルロスを低減するため、エネルギーの「中継機」が必要となる。その機能を果たし得るのは人材開発部門に他ならない。なぜなら、既に社内の各部門の人物と幅広く接点を持っているからだ。
インターナル・コミュニケーション担当部門でなく、人材開発部門がこの任務に相応しい理由は、社内で送受信されるこの「信号」の強度を左右する要因の1つに、各ノードがどれほど能動的にネットワークに参加してくれるかという積極性が挙げられるからである。水平構造の組織のネットワークを適切に機能させることは、単にノードに「コミュニケーションを送る」よりも遥かに複雑である。コミュニケーションはもちろん不可欠だが、ノードの繋がり全体が積極的に業務および研修に取り組んでこそ、信号の強度が維持されるのである。
こうした「イノベーション中継機」機能の活性化に既に取り組んでいる企業もある。たとえばウェルズ・ファーゴは、行員の力を利用してカスタマー・エクスペリエンスを改善するために「イノベーション・ネットワーク」を作り上げた。このネットワークの利用が開始されると、250人以上の行員が参加して合計50件のアイデアが提示され、そこから非常に質の高い7件のイノベーションが生み出された。そのうちの多くが同行に大きな価値をもたらし、このイノベーション・ネットワークは今や、同行のラーニング・インフラの確たる基盤となっている。
2.ノードとナレッジを結び付ける研修活動
ナレッジ・マネジメントとは、単に情報やニュース、コンテンツを簡便化することでもなければ、業務上のニーズ別にコンテンツを分類することでもない。そんなナレッジ・シェアリングやコンテンツ・マネジメントでは受動的すぎる。フラットな組織に必要なのは行動に移行できるナレッジであり、そうしたナレッジは社内の他部門から入手できることが多い。「そのことなら、うちで以前やったら、上手くいったよ」という会話が交わされる状況こそが望ましいのである。
こうした情報が、ノード全体で能動的な反応を生む。ナレッジ・マネジメントとコラボレーションのテクノロジーを有効に機能させるには、この種の実行可能なナレッジ、すなわち実際の業務上のニーズに基づいた研修を、できるだけリアルタイムで提供しなければならない。
3.コラボレーションを支える研修活動
ビジネスリーダーの中で、多極化する世界の未来に最も強い期待を抱いているのは、イノベーションが促進する科学や技術の進歩が今後、これまで以上に重要になると認識している人々である。彼らがそう考えるのは、グローバルレベルでのコラボレーションが実現できるからだ。今ではコラボレーションの発展のお陰で、人材開発、その人材の活用、および人材を結集した「水平的な価値創造」が世界のあらゆる場所で実行できる。
洗練された新しいテクノロジーは、多極化する世界が持つこのコラボレーションの力を支えると期待されているし、また、そうした支えは不可欠である。たとえばワークフロー・ソフトウエアは、単一のプロセスを実行するだけで、様々な部門や拠点にまたがって業務をスムーズに進めることを可能にするシステムである。私たちは水平構造の組織において、エネルギーやナレッジ、または業務をノードからノードに送ることができると述べたが、実際にそれを行うのはワークフロー・ソフトウエアである。こうしたプログラムを利用すれば、インターネットの接続さえ可能なら、世界中どこにでもリアルタイムで社員同士を結び付けるバーチャル・オフィスを作ることができる。
コラボレーションに対するテクノロジーのもう1つの影響は、Wiki、ブログ、およびその他のソーシャルネットワーキング・サイトの利用者が自主的に形成するコミュニティによく表れている。これらのグループの在り方は、多極化する世界を象徴している。命令されて集まったのではなく、共通の利益を守るために、または共通のニーズに対するソリューションを求めて、自発的に形成、組織化されたグループなのである。
水平構造の組織のノード同士が持つ相互連結能力が、多極化する世界における今後の勝者と敗者を分けるポイントとなるだろう。こうした能力は、自発的に発揮される場合もあるだろうし、適切な管理のもとに発揮されてもよい。かつては個々の才能が多国籍企業の成功をもたらしたが、今日のイノベーションと成長を促進するのは、ネットワーク化した組織全体の才能なのである。
収穫期
人材開発部門が成すべきことは、事業、プロセス、および技術に関する専門能力を開発し、イノベーションを「収穫」するインフラを作ることである。このインフラは、価値を生むイノベーションになる可能性を秘めた具体的なアイデアや協働エネルギーを把握する手段である。ウェルズ・ファーゴのイノベーション・ネットワークは、その成功例だ。
「社内目安箱」の設置のようなありふれた単純なものでは充分な機能は望めないので、先述したような、実際の行動と結び付いた形でインフラが構築される必要がある。つまりイノベーション・ネットワークを有効に機能させるには、それを総合的な研修、ナレッジ・マネジメント、およびコラボレーション・インフラに基づいたものでなければならないのである。また、生み出されるアイデアの量だけでなく、活気あるネットワークとなることも大事だ。
イノベーションはもちろん、どこからでも生じ得る。しかし発展性があり、価値を生むイノベーションは、実際にパフォーマンスの問題に取り組んでいる社員、新しいサービス提供方法を模索している社員、日常的なニーズに対応している社員から生じることが圧倒的に多い。ある世界的なエネルギー企業が社員に画期的なアイデアを求めたところ、現場で働くガス田のオペレーターたちが1つの提案を寄せた。彼らは掘削作業において、海底面に設置した噴出防止装置(BOP)にトラブルが生じた際、BOPをウェルヘッドから切り離すことで、トラブルを回避できるという、今まで誰もが見過ごしていた効果的な対応策を提示した。この提案が実行に移されると、同社は年間75万ドルの利益を易々と手に入れた。なぜ今まで誰もこれを思いつかなかったのだろうか。「我々に訊かなかったからさ」とオペレーターの1人はさらりと言った。
多極化する世界における経営幹部は、常時稼動している人材のネットワークから生じるエネルギーを得るために、ピラミッド型組織の伝統である支配力を多少とも緩める必要がある。そうしたネットワークこそが、ワークフォースに対するコミュニケーションとサポートを促進させていくのである。しかしさらに重要なのは、このネットワークは信号を送り出し、またそれを受け取る機能を持つという点である。ネットワークはポテンシャルを秘めた知的エネルギーの宝庫を突き止め、ブレイクスルーとなるイノベーションやハイパフォーマンスの実現エンジンとなるプロセスを活性化していくのである。
*1 James Brian Quinn, Intelligent Expertise: A Knowledge and Service Based Paradigm for Industry (New York: The Free Press, 1992), pp. 120-121.
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筆者について
デイビッド・スミスは、北米におけるアクセンチュアの人材・組織パフォーマンス・サービスラインを指揮しており、ハイテク産業グループにおいて17年以上の経験を持つ。専門は、人材パフォーマンス戦略および顧客のためのソリューションの策定・開発だが、それ以外に産業界の様々な協議会やイベントで頻繁に講師を務め、直近では人的資本サミット(Human CapitalSummit)で講演を行った他、Talent Management誌の2007年1月号に “Defusing the Talent Time Bomb”を寄稿している。同氏はコネチカット州ハートフォードを拠点に活動している。
クレイグ・マインドラムは、アクセンチュアの客員リサーチ・フェローであり、アウトルックの寄稿編集者を務める他、戦略・人材管理コンサルタントも兼ねている。ビジネスマン、研究者、作家、ならびにデポール大学とインディアナ大学の教員として、計2 6年以上のキャリアを通じて、学習、コミュニケーション、リーダーシップ、および組織のモラル設計を初めとする人材パフォーマンスと組織変革の分野を担当している。直近の共著書に “Return on Learning”(Agate, 2006)がある。
マイケル・E・ベクテルは、アクセンチュア・テクノロジー・ラボのシニア・マネジャーで、Web 2.0およびマス・コラボレーションのプログラムを指揮している。同氏はシカゴを拠点に活動している。
ローレン・M・チューニングはアクセンチュアの成長・イノベーション戦略チームのシニア・マネジャーを務め、あらゆる業界の顧客と共にイノベーションの様々な側面に関する業務に取り組んでいる。 同氏はワシントンDCを拠点に活動している。
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補足記事
口コミの効果
マイケル・E・ベクテル、ローレン・M・チューニング
企業、とりわけ大企業は、どのような手法で膨大なアイデアを価値を生み出すイノベーションへと落とし込んでいくのであろうか。その鍵の1つとして考えられるのは、社員全体の想像力と経験の活用である。これはアイデアそのものの源泉となるだけでなく、一定レベル程度のアイデアと素晴らしいアイデアを区別する評価プロセスの重要な要素にもなる。
これが、アクセンチュア・イノベーション・ソリューション・ネットワーク、すなわちイノベーション・プロセスを管理するためのマス・コラボレーションの背景にある考え方である。社内ではイノベーション・グレープバイン(グレープバインには口コミとブドウのつるの意味がある)と呼ばれる最初のツールとして見出される。謂わば、イノベーションの種子であり、戦略上の課題や事業のアイデア、たとえば「どうしたらオペレーションを改善して、世界一流のカスタマー・エクスペリエンスを提供できるだろうか」「どのような採用プログラムを実施すれば、人材獲得競争において優位を獲得できるか」といったものである。
次のステップは、そのトピックについて豊富な知識を持つ人々や、自身の経験や他者とのコラボレーションに基づいてブレイクスルーや価値を生み出すアイデア有した人々の中から、その種にとって肥沃な土壌となる人材を見つけることである。これは通常は組織内の人材だが、ビジネスパートナーや顧客でも構わない。この土壌となる人々は、中央管理されるデータ・リポジトリに自分のアイデアを記録する。そうすることで、アイデアが失われたり、その出所が分からなくなったりすることが避けられる。
ここまでは比較的簡単かもしれないが、記事本文でも述べたように、単に巨大な「電子社内目安箱」を設置するだけでは、イノベーション・プロセスにはあまり役立たない。誰がどのような基準で全てのアイデアを「ふるい」にかけるのだろうか。誰が良いブドウと悪いブドウを選り分けて、おいしいワインに仕上げるのだろうか。
ここで活躍するのが、Wikiテクノロジーとクラウド・ソーシングの応用である。イノベーション・グレープバインでは、Wikiのコンセプト、つまりWikipediaのような共通の構成と編集環境を採用しているが、Wikipediaとは流れが逆になっている。多くの人々に特定のトピックについて考えを持ち寄るように呼びかけるのではなく、人々に1つのアイデアを与えて、できるだけ多くの用途やバリエーションを考えてもらうのである。これを「コンバージェントWiki」に対して、「ダイバージェントWiki」と呼ぼう。
グレープバインの枝分かれしていく性質が、単なる気の利いた比喩にとどまらないことがここで示される。人から人へと伝えられるうちに、アイデアが枝分かれし、変化し、改良されていくことこそが、価値を生むイノベーションが作り出される現実的な可能性をもたらすのである。
最終的に「金のなる木」に育つのは、最初の発明ではなく、それに続く発明であることが多い。後の発明が、前の発明を一段上の水準へ押し上げるのである。その典型的な例が蒸気機関だ。当初は商業的応用の可能性は限定的だと思われたが、ピストンの上下動を回転運動に転換する仕組みが発明されて、状況が一変したのである。
イノベーション・グレープバインでは次に、アイデアを出してくれた人たちに、総合リポジトリに収められたアイデアを評価してもらう。これはAmazon.comなどのWebサイトが巨大な顧客基盤を使って商品の評価を行っているのと似ている。人気クイズ番組“Who Wants to Be a Millionaire?”(クイズ$ミリオネア)でも、クイズ挑戦者は「テレフォン(協力者に電話で聞く)」作戦よりも「オーディエンス(会場の皆さんに聞く)」作戦を選んだ場合の方が、正解を得る確率が高いのと同じだ。
経営幹部が新しい戦略構想に対する意見をイノベーション・グレープバインに求めたとしよう。2~3週間後にプロセスの結果を見に来ると(謂わば、ワインの樽を開けに来ると)、沢山のアイデアが書き込まれているのみならず、それらが組織全体の知恵と経験にしたがって評価、ランク付けされているのを目の当たりにすることになる。
現在、ビジネスの最前線において、最先端の技術のもとに経験を積んでいる社員から情報を得てアイデアを形にしていき、さらに磨き上げていけば、価値を生み出すイノベーションを作り出す確率はより高まっていくであろう。
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