イノベーションマネジメントの進化形とは
アクセンチュア株式会社
経営コンサルティング本部
戦略グループ
シニア・マネジャー
市川 智光 |
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イノベーションを企業価値に転換することが求められている
例年ファイナンシャルタイムス紙が公表する主要企業500社の中で、継続的に高成長を実現している企業の成長要因をアクセンチュアが分析したところ、「M&A」、「グローバル化」、「イノベーション」のいずれか一つ以上の要素において、競合より秀でていることが判明した。しかし、日本の研究開発に対する投資は対GDP費で見た場合に主要国の中で最高水準にあるにもかかわらず、この500社に含まれる日本企業の数は多くない。(図)。
【図:主要国における研究開発費の対GDP比の推移(1970-2000)】 日本の研究開発投資は主要国で最高水準にある
このイノベーション投資に対する成果創出力は、近年いくつかの業界で低下してきており、経営者の悩みの種となっているのだが、さらにイノベーションの創出スピードを早めることまでも求められている(図)。
【図:短縮化が求められるイノベーションサイクル】 日本の主要産業のほとんどにおいて、主力製品のライフサイクルは近年短縮している
モバイルや環境、ロボットなどに代表されるように、日本発の技術やもの作りの力は世界に決して引けを取るものではない。だが、日本企業が世界をリードしていくためには、イノベーションを生み出すのみならず、このイノベーションをより効果的に企業価値の向上という形へ転換していく取り組みが欠かせない。
イノベーションマネジメントは「繋ぐ化」へと進化する
従来は偶発的、自然発生的に「起きるもの」と思われてきたイノベーションは、「起こすもの」であるという認識が広がりはじめている。これまで、日本企業では社内を「見える化」し、より効率的に業務を推進、製品・サービスを提供することにマネジメントの力点が置かれることが多かった。だが、イノベーションが先進国や大手企業に限らず、多様な地域、さまざまな企業で生み出される中で、自国自社外のイノベーションの活用も含めてイノベーションから得られる効果を企業が実現する価値として最大化すること、すなわちイノベーションを「起こすもの」であるととらえていくことが求められはじめているのだ。本稿では、効率性を追求する「見える化」に加えて、イノベーションの効果を追求する取り組みである「繋ぐ化」に焦点を当て、ともすれば閉鎖的・自社完結的になりやすかった従来型イノベーションマネジメントの進化形を読者に提示したい。
イノベーションに不可欠な要素は「発見」、「新結合」、「育成」
古今東西、さまざまな論者によってイノベーション論が語られてきているが、イノベーションを生み出すために必要となる本質的な要素を抽出するならば「発見」、「新結合」、「育成」であると言えるだろう。このいずれかが欠けてもイノベーションとして世に浸透することなく終わる。
「発見」とは世にない知識を見いだすことであるが、何も科学技術の世界だけにとどまる話ではない。顧客の新たな行動の背後にある隠されたニーズを洞察することもまた発見であり、競合との競争の中で偶然に見いだされた常勝パターンをビジネスモデルに取り込む創発的な取り組みもまた発見であると言える。また、社内に蓄積された失敗という事実もある目的や用途に適合しなかったという知識であり、それ自身が新しい「発見」であると考えることができる。つまり、この「発見」とは過去から蓄積された成功と失敗に関する情報の総和を表している。
「新結合」とは、シュンペーターがその著書「経済理論の発展」の中で指摘した通り、企業が従来的な知識を「新結合」によって新消費財、新生産方法ないし新輸送方法、新市場、新産業組織という形で新たに構築することを指す。自社内で「発見」に恵まれない企業であっても、「新結合」に長けた企業は、企業の成長エンジンを起動させ、それを回転させ続けていくことができる。また、逆説的ではあるが「発見」だけにとどまる企業は、事業としてその芽を開花させることなく終わることが多いことも事実である。この意味で、「新結合」は「発見」を単なる新たな知識にとどまらせないための重要な要素である。
そして「育成」は、「発明」と「新結合」により生み出された新たな潜在的価値を、世に広く普及させることで、社会に対する実際的な「価値」として認識させることを指す。この際に障壁となるものは2つあり、一つは新たな価値の創出に一枚岩となれない自社組織の問題、もう一つは、市場が持つキャズム(深い溝)を超えるための壁である。企業は過去に成功したが故に存続しているという側面をもつが、その成功体験ゆえに過去の成功ロジックに沿わないものに対して保守的になることもまた多い。ようやく社を挙げて取り組んだ製品やサービスも、技術や製品性能が優れているだけでは、普及することなく途絶えてしまうことも少なくない。
これら3要素をどのように企業内に取り込み、マネジメントしていくかが経営者や、イノベーションに直接責任を持つ担当者にとって大きな課題であるが、「繋ぐ化」はこの要素を自社内に確立していくための取り組み方として位置づけることができる。「繋ぐ化」は5つから構成される【図】。(1)技術とビジネスを繋ぐ、(2)顧客と企業を繋ぐ、(3)国・地 域を繋ぐ、(4)企業同士を繋ぐ、(5)社内の人と組織を繋ぐ、である。まず、(1)技術とビジネスを繋ぐ、から詳細に説明しよう。
【図:繋ぐ化の5要素】 企業のイノベーションマネジメント高めるためには、「見える化」に加えて、「繋ぐ化」を実現させていく必要がある
「繋ぐ化」の方法(1):技術とビジネスを繋ぐ
イノベーティブな企業の代表格として挙げられることの多いApple社のiPodが市場で成功したことは明らかだろう。だが、このポータブルオーディオプレーヤーの中でApple社の技術が反映されている部品はごくわずかであり、HDDやシリコンメモリー等の部品や電子回路部品の大部分が他社からの供給によるものだ。iPod touch の場合、iSuppli社の調査によればソフトウェアや知的所有権関連のコスト、パッケージングコストを含まない材料費および製造コストは、販売価格のほぼ半分にまで押さえられており製造業としては極めて収益率の高い製品となっており、ビジネスとしても魅力あるものに仕上がっている。
さらに、このiPodを単なる物売りビジネスでなくしている本質も見逃してはならない。iPodのためだけの音楽ショップの役割を果たすiTuneが個々人のパソコンや端末に組み込まれることで、製品を競合製品から囲い込むことができるという秀逸なビジネスモデルが構築されている。
この例からも分かるとおり、技術を生み出すことと、事業として成功させることは全く別ものと認識すべきだ。翻って多くの企業では、やはり自社技術をいかに日の目を見させるか、という視点に偏りがちではないだろうか。自社技術を主役とおいた視点ではなく、顧客に提供する価値や用途を、どのような仕掛けで提供するかという文脈の中で、自社技術と市場に既に存在している技術とを同じ重みで扱いながら検討することが技術とビジネスを繋ぐために求められる。従来から、技術者は市場を知らないため極端にシーズ指向に陥りやすいことが指摘されてきた。技術とビジネスを繋ぐための基礎としては、営業・マーケティング部門と連携をした取り組みが必要となるが、より実践的な事業を作り出していくためにさらに一歩進めて社内にビジネス・ディベロップメント(BD)や、ビジネスコーディネーター(BC:イノベーションコーディネーター(IC)と呼ぶ企業もある)を置く企業も現れはじめている。
BD/BCは、自社技術がもつ優位性や特徴から考えられる用途、市場でまだ充足されていないニーズ、市場で存在する技術を組み合わせながら、自社として魅力的なビジネスを構想し、事業として実現させることに責任を持つ。この点で、自社製品をどの様なセグメントに対してどう訴求するかに力点を置くマーケティング部門とは、異なるミッションを負っている。また、BD/BCは市場技術に対する幅広い情報を押さえる役割も担っており、社外とのアライアンスの窓口を兼務しているケースも多い。このBD/BCが中心機能となることで、技術開発→製品開発→上市・販売という従来の流れが、技術開発→事業・製品開発→上市・販売となり、ビジネスを作るステップが社内プロセスに組み込まれるのである。
企業が技術とビジネスを繋ぐ際には、まずは過去の技術開発に対する投資が、ビジネス的な成果として結びついたかどうかを精査し、過去の失敗が事業化構想の段階か、実行推進の段階であったかについて共通認識を作ることで、自社のビジネス化能力を把握することが最初のステップとして必要になる。この上で自社に求められる変革が明らかになるだろう。またこの際、これまでの研究開発投資のROIを把握することに加えて、現状の技術ポートフォリオ/イノベーション活動を、その事業化実現時期と事業化実現確立、事業化成功時の事業規模を用いながらパイプラインとして可視化してみることで、将来的な時間軸での自社の課題も浮かび上がることが多い。
「繋ぐ化」の方法(2):顧客と企業を繋ぐ
顧客の求めるものを製品やサービスとして生み出していくということは企業としての基本的な命題だ。顧客アンケートや問い合わせ・クレーム等の分析、フォーカスグループと呼ばれる集団から商品イメージや使用感を収集するなど、さまざまなマーケティング調査を通じて製品開発やマーケティング施策に反映することが行われている。さらに進めて、エレクトロニクス製品や家庭用消費財などの業界では、顧客の声を直接聞くのではなく、既存製品や試作品を使用している際の行動自体を観察し、声なき声やユーザーエクスペリエンス(顧客が感じている体験そのもの)をあぶり出す取り組みが行われている。そして、彼らの価値観や生い立ちといった個人的な履歴、観察対象顧客の年齢や収入、家族構成を踏まえ、仮想的な顧客イメージであるペルソナを作りだす。このペルソナ一人一人には、価値観や考え方を表すエピソード、語調やお気に入り、仮想的な顔写真までも貼り付けられる。そして、ペルソナである彼ら/彼女らが期待する体験を想像し、よりきめ細かい点で新しい体験価値を提供するような商品と作り挙げるためのインプットとするのだ。このペルソナを通して、顧客に接する機会をもつことの多い営業や商品開発部門だけでなく、広告、製造部門や市場や顧客が最も見えにくい技術開発部門との間で「同一人物」イメージを共有しながら活動できるという効用が得られ、企業と顧客との繋ぐ化に大きく貢献することができるのだ。
また、玩具のブロックで有名なレゴ社では、インターネット上でレゴブロックを組み立てながら、子供や大人が自由な形を作り遊ぶことができるサイトを用意している。ここで作られた作品は、レゴ社の商品開発部門にとって貴重なインプットとなっており、実際に製品となったものも登場した。マウンテンバイクは、もともと山道走る遊びのために普通の自転車をユーザーが改造していたものを、企業が発見したことから生まれたイノベーションだ。これらの例から分かるように、顧客自らが利用する中で見いだした意外な使い方、うまい使い方を企業のイノベーションプロセスの中に組み込む取り組みが活発に進められている。
この取り組みで先進的な3M社の例を紹介しよう。3M社では、既存商品を使うユーザーの中で、特殊な環境や高頻度で利用するヘビーユーザーに着目することに加え、似たような目的で全く異なる製品を用いているユーザーにアクセスし、彼らが製品を利用している姿や、時に自前で改造して用いている姿を観察する中で、新しい製品を生み出している。従来の手術用ドレープ(手術中に感染が広がることを防止する被布)は高価であったが、このドレープを使用しないで感染率を非常に低く抑えている獣医師に着目した。動物は入浴せず、また毛に覆われているので衛生条件としては劣悪だ。また動物は医療保険にも加入していない。そのため動物病院として感染防止に費用をかけられないのだが、この状況下で感染率を抑えていることに関心を持ったのである。この環境下で、獣医は通常のドレープに抗菌剤を塗布する工夫をしていたことを知り、3Mは新たな手術用ドレープ着想した。現在ではこの過程を定型化し、イノベーションの種を見いだすプロセスを製品開発プロセスの中に組み込んでいる。まさにイノベーションを「起こすもの」という思想での取り組みと言えよう。
顧客と企業を繋ぐためには、まず今の顧客がどの様な属性や嗜好を持っているかをつかむことが不可欠であるが、繋ぐ化のエキスパートとなるには、さらに一歩進めた取り組みが必要となる。すなわち、プロ並みに製品知識をもつプロシューマーや、既存製品では満たせない自身のニーズを自作・改造により解消しているリードユーザー、仕事場などの公的な場では目立たないが、プライベートで参加するコミュニティーでリーダーシップを発揮しているような多重なパーソナリティーをもつユーザーなど、統計処理ではとらえられない個を深掘りする取り組みが求められるのだ。そして、この情報が研究開発や商品開発、事業開発といったイノベーションを担う人々に組織として届く仕掛け、定常的にプロセス化する努力が必要となる。市場が飽和したと嘆く前に、イノベーションの観点で取り組むべき活動はまだまだ多いのではないだろうか。
「繋ぐ化」の方法(3):国・地域を繋ぐ
日本企業の海外展開が活発化しているが、ここで国内産業のグローバル化の流れを振り返ってみよう。自動車産業を始めとして、典型的に見られるパターンとしては、国内生産された製品の輸出を中心とした販売から、現地生産・現地販売へのシフト、それに続く製品開発の地域による分担、そして基礎研究のグローバル展開へと発展してきた。
この流れに伴い、国外地域を活用する位置づけは、安価な海外労働力の確保という側面から、その地域で実現することができる付加価値創出力を最も効率的に獲得するという役割へと変化しつつある。医薬品開発で必要となる治験のデータの統計解析や、重工系企業でのプラント設計における3D CADデータの作成作業など、従来はコア業務と呼ばれていた業務は今は中国やインドで実施され、これらの分析結果をもとに日本国内でそれ以降の業務を進めるプロセスが行われはじめている。また、デザインは欧州で、モジュールの組み立てはアジアで、最終製品化は販売対象国で行い、日本は本社機能として全体をマネジメントするという企業も現れてきているが、日本全体として見た場合、研究開発のグローバル展開はまだ大きく後れを取っている現状だ(図)。
【図:日本企業の研究開発のグローバル化の現状】 他国と比べて日本企業の研究開発投資のグローバル化は大きく後れを取っている。
一方、企業マネジメントのグローバル化で日本企業より先行している企業では、適切な地域に適切な機能を配置させるのみならず、世界各国に所属する自社従業員がどの能力や経験を持ち、現在どのプロジェクトにかかわっているかまでの業務状況をグローバル統一基準で把握し、ある地域で発生した課題に対して所属地域を問わずに最適な担当者から構成されるバーチャルチームで対応していくというダイナミックな企業経営が行われている。また、このような企業の中には、登記上の本社こそ存在するものの、運営実態としてマーケティングは欧州、研究は米国、開発は各国が責任を持つという形で、グローバル機能を束ね、各エリアの収益責任を持つエリアマネジメントと連携をとりながら企業経営を進めている組織形態も多い。
これら企業の動きから読み取れることは、付加価値創出力を最も効率的に生み出すために、地域を単なる市場としてとらえるのみならず、そこでの経営資源の獲得環境やサプライチェーンを始めとする効率性を加味した上で、企業活動の中での担うべき役割をもとに、国や地域同士を企業が戦略的に繋いでいる姿である。
この姿を実現するためには、先進国やBRICsに限らず、Vistaやその他の国々まで含めた政策、人材や教育水準、税金等の制度や公共インフラなどの生の情報を見える化し、その上で企業運営にとって必要なる機能がどのような人材や経営資源を必要とするか、スケールメリットを活かすべき機能か、地域性が高いか否かといった多面的な検討が必要になる。さらに、自社にとってコア機能であるかを見極めた上で、各国・地域の技術サプライヤーや研究施設との提携も積極的に活用することで、自社経営資源を最も重要な活動に振り向けなければならない。これらを踏まえた全体最適解として、本来の国・地域の繋ぐ化が実現されるのである。
国内企業の中には、英語を自在に操る人材を確保することも容易でないと嘆く企業もある中で、この国・地域を企業活動として繋ぐ取り組みはハードルが高い経営課題と思われるかもしれない。だが、グローバル規模での人材獲得競争が激化する中、国内にすべての中核機能を置くが故の機会損失が生じてきているのではないだろうか。まさにグローバル視点での経営判断が求められている。
「繋ぐ化」の方法(4):企業同士を繋ぐ
冒頭で触れたように、業界レベルで見た場合、いくつかの業界では、研究開発の生産性が低下してきていることが明らかとなっている。一つには技術の高度化が関連しているのだが、これを半導体製造のための微細加工技術を例に取って説明しよう。パソコンのCPUに代表される半導体の製造技術は、高速化と同時に微細化を進めてきたのだが、微細加工が進むにつれて電子の通り道同士が近接し、通り道同士を隔てる電子的な壁の絶縁性が保てなくなるという原理的な限界に近づいてきてしまった。業界企業はさまざまな方法で、この限界を迂回する解決策を探索しているが、克服すべき技術課題が山積みだ。また、解決策として見いだされた技術が新しいものであると、その技術を評価・検証するための装置も必要となる。つまり、高度化した技術からさらにもう一段技術的なブレークスルーをするための投資が膨れてくるということが大きく影響しているのだ。
一方、自動車の例を見ると、もともとエンジンの制御を行うために搭載されたエレクトロコンピューターユニット(ECU)は、安全、環境、情報化、快適性など自動車に要求される技術の高度化に伴い、最近の高級車では100個以上も搭載されている。もはや、自動車は電子工学なくしては成り立たないのだ。さらにガソリン・エンジンから電気自動車に向かうことで、電池を作るためのコア技術である電極や触媒といった材料技術が競争力を決定する要素となりつつある。このような有望領域でイノベーションを生み出すには、従来の自社技術基盤と全く異なる技術を駆使することがもとめられてきており、これに対応するための投資もまた企業の負担となっているのである。
イノベーション受難とも言える環境の中で、先進的な取り組みをはじめたP&G社ではイノベーションの半分を社外から獲得する取り組みを開始、イーライリリー社では研究開発費の半分を将来的に外部に委託する方針を提示するなど、いわゆるオープンイノベーションを目指した取り組みがはじめられている。だが、この取り組みは安易に推奨できない側面も併せ持つ点に注意すべきだ。企業側が抱える問題をインターネットで公開し、解決策に対して懸賞を与える公募方式である一方向型のオープン化と異なり、本来の意味で協働する双方向型のオープン化では、自社の機密保持や、生み出された知的財産権の帰属問題などに加え、中長期的な観点で自社の独自性や知識の蓄積に偏りが生じてしまう懸念がつきまとう。
自社外との提携・アライアンスを中心にオープン化で対応しようとしている企業の中には、提携企業との間で自社が担当することになった技術開発を推進することに加え、提携先に分担させた技術を理解・評価するミラーリングチーム(鏡像チーム)と称して準備することで、社内に知識を蓄積しようとするところもある。提携先と技術投資を分担できる上、自社よりも得意な提携先が解決策に至る過程をトレースすることで、不得手な自社が試行錯誤を繰り返すよりも高速に知識を吸収することが狙いだ。
また、先に紹介したiPhoneと並び、日本でも期待値が高まってきたグーグルの携帯電話では、アンドロイドと呼ばれる携帯電話のプラットフォームを提供し、第三者が自由にアプリケーションを開発できるソフトウェア開発キット(SDK)を公開した。ドキュメント類やサンプルコードも公開し、開発者がすぐにアプリケーションを開発できるようにすることで、自社が能動的に干渉しなくとも自然増殖的にコラボレーションが増えるオープン化の仕掛けを取り入れている。これまでの日本企業は、米国や欧州と異なり提携が不得手であったが、社内でクローズに進める取り組みにとどまらず、オープン化を活用する機会が増えていくであろう。
一方、オープン化よりもM&Aによって自社で不得手な能力を取り込むことで、投資に対する技術獲得の生産性を高めようとする企業もある。有名な例であるが、ブラシレスモーターで業界トップの日本電産では「動くもの、回るもの」に焦点を当て、技術にこだわった買収を行いながら成長を続けている。規模を獲得して、スケールメリットを追求する“足し算型”のM&Aではなく、イノベーションを行う上で不可欠な要素である「発見」、「新結合」、「育成」の中で、どの要素を自社が欲しているのかを見極め、その要素を持つ企業を探索、評価することで、“掛け算型”のM&Aを実現しながらイノベーション力を高めている点が特徴だ(図)。
【図:掛け算型M&A】 日本の過去の大型案件にあるような足し算型のM&Aではなく、ケイパビリティを獲得するための掛け算型のM&Aがイノベーション力向上に求められている
だが、このためには財務情報ではとらえにくい企業の内なる能力を見極めるには、自社の企業能力を総動員した評価力が求められる。通常のデューデリジェンスで行う、第三者として入手可能な公知情報の収集と分析に加え、さらにM&A候補企業が生み出した製品や特許、外部発表している技術論文の履歴を追いながら技術的蓄積や現状の注力領域を自社の技術者とともに読み解く作業や、自社の保有技術を候補企業のビジネス基盤を用いた場合にどのような事業構想を描くことができるかといったアップサイドシナジーの検証など、財務情報ベースの評価よりも一段深い検討が求められる。
また、業界にとって基盤とすべき新たな技術に関しては同じ方向性を指向する企業を募ってコンソーシアムを形成し、投資を分担する形で強調する動きも現れている。政府機関が音頭を取ることも多いが、業界首位企業が先導し、私企業のみで構成されるコンソーシアムも存在し、今後活発となっていく可能性が高い。
本章では、企業同士を繋ぐための方策として、オープン化、イノベーション力強化のため“掛け算型”M&A、コンソーシアム形勢を紹介したが、いずれの取り組みも自社の現在のイノベーション力を客観的に見極める作業なしでは検討することができない。企業同士の繋ぐ化を検討する際には、自己肯定的にならず、かつ表層的ではない自社能力の精査を行ってほしい。
「繋ぐ化」の方法(5):社内の人と組織を繋ぐ
クライアント企業のイノベーションに関するコンサルティングを通して課題を掘り下げていく中で、何人かの方からはほぼ必ずといってよいほど「結局は人次第」という意見を頂く。一面で真なりと思うのだが、見落とされがちな点には注意が必要だろう。個々人のレベルで見ると、見通しのついた仕事を確実に行う適性を持つ人材と、不透明な中で試行錯誤を経ながら解を見いだすことに適性を持つ人材とは確かに分かれる。また、イノベーションを実現するには研究職だけでなく、多様な能力を持つ人材が不可欠だ(図)。
【図:イノベーションに求められる人材多様性】 目利きや事業化センスを持つ人材、技術経営のできる人材など、イノベーションを推進する上で多様な人材が求められている
だが、組織がイノベーティブであるためには、個人力だけでは不十分だ。植物でたとえるなら、個人が生み出したイノベーションが種であり、組織として資源配分する人に正しく伝わり、育てるべき種だと評価され、水と肥料を割り当てられる。種を成長させるためには、割り当てられた水と肥料を決められたスケジュールで与えながら、実となるまでさまざまなケアを組織がもつ各機能が分担していく。
まず、個人のイノベーション力からみてみよう。多くの企業では、部署や職級が必要とするスキルとこのスキルの取得度合いを可視化し、評価に用いている。だが、企業内で実際にイノベーティブな成果を上げる人材の特徴を、幾つかのクライアント企業に対してアクセンチュアが分析した結果、社内人脈の豊富なタイプ、社外人材との非公式な交流に時間を割いているタイプ、社内の政治力学を熟知し清濁併せ呑みながら自身の提案をうまく組織的に推進させる力など、従来からスキルで呼ばれている業務知識やプロジェクトマネジメント力といった項目とは全く異なる側面が浮かびあがった。つまり、このイノベーション人材をよく知る上司や同僚からみると把握されている行動特性も、組織としての正式な評価や配属を決める際の情報には含まれていないものが多かった訳だ。職務を行う上で、知識やスキルといった就業後に比較的容易に獲得できる能力は当然必要であるが、この能力を可視化することから一歩進めて、成果を上げる人材の行動特性を見極め、このソフトで隠れた能力を人材の登用や配置に反映させていくことが組織と人を繋ぐ上で重要な取り組みとなる。
では、組織のイノベーション力はどうだろうか。先の植物の例でも述べたように、企業が「発見」、「新結合」、「育成」を通してイノベーションの実現に向けた活動を行う中で、研究開発部門と営業・マーケティング部門、調達・生産部門などの複数部署を巻き込んだクロスファンクショナルな連携をとることが求められる。この際、判断や意志決定にかかわる部門が増えてくるのだが、新たな技術開発の取り組み、これまでに先例の無いビジネスモデルの実施、全く市場に無いタイプの製品開発など、イノベーションを生み出す観点から見た場合には注意が必要だ。
これまでに市場で成功した製品・サービスが生み出されてきた過程をひもとくと、多くの場合は社内での冷ややかな反応や抵抗勢力などの困難があったことが伺える。組織として投資すべき対象を、組織がもつ多様な観点から選別するためには、この困難は当然だという考え方もできるだろう。だが同時に、これら多様な観点から承認を受けた新商品、新事業が、大きく育たないと嘆く企業もまた多い。特に、社内の価値基準が過去の成功体験や成功ロジックといった負の遺産に侵されている場合、バイアスとなって組織の意志決定を鈍らせることに繋がりやすい。
イノベーションが多階層の大企業よりもベンチャーや、組織階層の少ないフラットな組織で生まれやすい実態を見てもわかるように、イノベーションにとって組織体としての判断力は、必ずしも正しく機能しないことが生じるのだ。社内の意志決定力を高める取り組みを進めている企業の中には、社内で前例の無い提案に対して、トップマネジメントが実質的な判断を委譲したリーダーを定め、必要な検証やリスクを低減させる工夫を行った結果を踏まえ、Go/ No Goに対する答申を出す。Goの答申を受けたトップマネジメントは、リーダーの判断を尊重し、関係部署のマネジメントとの調整を通して提案内容の推進を支援するという分担をしている。
リーダーは、提案者とは異なる客観的な観点でありつつも、可能性を伸ばす視点から原提案を磨くための支援を行い、磨かれた結果を判断して答申する。難しい立場を担うことになるのだが、誰も正確な判断ができない中で、不用意にイノベーションの機会を逸してしまうことを避けているのだ。つまり、これまでの画一的な意志決定ガバナンスから一歩進めて、通常の社内の意志決定のガバナンスと、イノベーション機会に対するガバナンスを使い分けているのである。個人のイノベーション力を高めることと合わせ、イノベーション指向型の組織が人と組織を繋ぐために必要となる取り組みであると言えよう。
ここまで、企業のイノベーション力を進化させる取り組みとして、5つの繋ぐ化を紹介してきた。(1)技術とビジネスの繋ぐ化では、製品を開発して売るというサイクルにビジネスを作るというステップを組み込む仕掛けを用意することで、「新結合」や「育成」に関するイノベーション力を高める。(2)顧客と企業の繋ぐ化は、顧客のとらえ方をより深化させ、その情報をイノベーションにかかわる部署が共有できる仕掛けを通して、「発見」や「新結合」に貢献する。また、(3)国・地域の繋ぐ化は、付加価値創出力を最も効率的に生み出すための全体最適解として機能配置や経営資源の調達方法を定めることで、3つのイノベーション力全体に影響を与える。(4)企業同士の繋ぐ化では、オープン化やM&A、コンソーシアムの活用を通して、3つのイノベーション力要素の中で自社の弱みを補完し、強みを強化することに役立つ。そして、(5)社内の人と組織の繋ぐ化では、人材のソフトで隠れた能力を人材の登用や配置に反映させ、イノベーション機会に対しては組織的なガバナンスを使い分けることによりイノベーション力を総合的にまとめあげる(図)。
【図:繋ぐ化のまとめ】
今後当面は経済環境に関して予断を許さない状況が続くと想定され、経営のかじ取りを誤れば縮小均衡に陥る危険性もある。だが、このような環境下でも企業は持続的に成長を遂げなくてはならない使命を持っている。まさに今こそ、イノベーションを「起こすもの」であるととらえた取り組みが求められているのではないだろうか。イノベーションをその言葉通り「マネジメント」するための第一歩としてぜひ踏み出していただきたい。
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