広報誌「アウトルック」日本語版 2008 June ウィリアム・D・グリーン、ピーター・チーズ 今日の多極化する世界においては、優れた人材の獲得競争もまた世界規模に拡大している。新たなテクノロジーの出現により、業務の性質、求められるスキル、グローバル・ソーシング、さらには業務プロセスを実施し、イノベーションを生み出すための協働のあり方などが変容しつつある。この流れの中で、優れた人材の確保がかつてないほど重要な鍵を握ると共に、複合的な問題となりつつある。 世界規模の経済競争力という状況の中で、人材はどのような役割を果たしているのか。また、企業が事業展開する地域社会の人々に対する教育・支援活動への投資を行うにあたり、どのような義務を負うべきか。これらは永遠の疑問、頭の痛い問題である。 1つの視点は、「良き行いをすれば自分に返ってくる」というクエ―カー教の教えに代表される姿勢、すなわち、個人や企業は地域社会やその住民に対する慈善活動を通じて、より高いレベルの成功を手にすることができるという考え方である。 しかし一方で、「企業は利益を拡大することで社会的責任を果たす」という視点も存在する。この考え方は、ノーベル賞を受賞した経済学者ミルトン・フリードマンによって広く知られるようになったが、富の創出こそ企業が行うべき最も重要な社会貢献であり、そうすれば後は自由社会がこの富を社会の適切と思われる箇所に分配する、という趣旨である。 これらの伝統的な考え方も議論の枠組みとしては依然有用ではあるものの、21世紀の今日における地政的・経済的、あるいは労働力に関する実情を踏まえた上でなければ適切な回答を返すことはできない。現在、先進国の企業の多くは、深刻な人材不足と共に、若年就労者の多くに見られる学力低下という問題に直面している。同時に人材の輩出源も、従来のものはその規模を縮小させ、新たな人材源が出現してきている。 多極化する世界では、経済力のグローバル・バランスが変化しつつある。今や顧客獲得や革新的製品の開発のみならず、人材獲得についても世界各地でしのぎを削る戦いが繰り広げられている。新たなテクノロジーの出現により、業務の性質、求められるスキル、グローバル・ソーシングという仕事の進め方、さらには業務プロセスを実施し、イノベーションを生み出すための協働のあり方などが変容しつつある。 このような変化に伴い、人材の確保という課題はどの企業にとってもかつてないほど切実かつ複雑な問題となっている。その対応策として、2つの取り組みを並行して実施することが企業には求められている。 1つは、就労者の教育レベルを底上げすべく、政府・産業界・教育機関・慈善団体と協調しながら政策を纏め、これに関与することである。こうした取り組みはもはや単なる「良き行い」などではなく、自社の利益に繋がる活動である。 もう1つは、企業はこれまで以上に、人材の問題に対応する能力を企業レベルで戦略的に高めていくことである。人材という課題は極めて重要であり、どこかの専門部署が決められた手順に従って対応すればよいといった性質のものではない。たとえその専門部署の機能、手順が明確化されていても、それだけでは不充分である。人材に対しては、より全社的なアプローチ、つまり企業内の全ての部署における社員が人材を育てるという必要性の下に連携し、活性化を促進するというやり方が求められているのである。 新たなパワーバランス 「多極化する世界」とは何か。それは、以前は一部の先進国に集中していた経済力が、複数の経済・ビジネス活動の中心地に分散された世界を指す。なぜ、このような経済的パワーバランスの変化が起こったのであろうか。その背景には、以下のような要因が考えられる。 まず、通信およびコンピュータ技術の進歩である。これにより誰もが居場所を選ばず知識と情報を入手し、実際に仕事も行えるようになった。そして第2には業務のグローバル・ソーシングが挙げられる。これにより、勤務地を問わずにスキルの高い人材を最も有利なコストで活用できるようになった。業務が各地に分散される、もしくは世界中にアウトソーシングされることで、多国籍企業における日常業務の進め方が一変したのである。 さらに別の要素として、消費者の人口動態の変化が挙げられる。今後10年余りの間に10億人が新たな消費者としてグローバル経済に参加するが、このうち圧倒的多数は、新興市場の人々なのである。 発展途上国では現在、国内消費が急増している。これらの新興市場における購買力は、現在の4兆ドルから2025年には10兆ドルにまで跳ね上がるものと見られている。こうした国々の2007年の国内消費は、特に中国およびインドに牽引され、対前年度比6.4%増と、高所得国の2.4%増に対し2倍以上のペースで伸びている。中国では、5億人以上が都市部に居住しているが、この都市部における1人あたり可処分所得が2006年の最初の9ヵ月だけで前年度比10%増となった。またインドでは、年間所得が10,000ドル以上の世帯数が年率20%超のペースで増加している。 このような新興国の発展ぶりを見ると、優秀な人材を輩出することが国家の競争優位性の確保にとっていかに重要であるかがよく分かる。産業、天然資源、交通・通信・ITインフラ、医療保険制度の充実なども強い経済力を実現するために欠くべからざる要素であるが、高いスキルを持ち教育を受けた人材を擁する国家・地域が長期的には優位性を獲得するのは明らかであり、それは短期的にも同様のことと言えよう。 人材力に対する依存度をますます高めつつあるグローバル経済において、人材源における基礎学力の水準は、人材をその競争力の源としている企業にとって極めて重要である。このような企業は、より進化した人材マネジメントと学習ケイパビリティの促進を、採用後の継続的な人材育成の土台とすべく進めていくべきである。
学力低下への警鐘 世界各国の若者は、知識集約型経済において、責任あるポジション、あるいは高い生産性が求められるポジションに就くための能力を果たしてどの程度備えているのだろうか。彼らの通う教育機関は、実務で成果を上げるのに必要な基礎的スキルを充分に提供できていないのではないかという懸念が高まっている。これは多くの研究結果が指摘するところである。 英国の経営者は、最近の大学卒業者が受けた理系教育の質の低下や、社会科学、メディアおよび文化研究などが時流に乗った分野として人気を集める一方で、物理・数学・言語科目を専攻する学生の数が不足していることに不満を抱いている。米国における、30社以上の企業における4,000名の採用を担当する管理職を対象に行った調査では、就職希望者の平均的な質が2004年と比べ10%低下しているとの結果が出ている。 トーマス・フリードマンの『フラット化する世界』をはじめとする最近の研究は、先進国における学力水準の低下と工学や自然科学分野を専攻する学生数の不足に警鐘を鳴らしてきた。発展途上国の一部と比較すると、こうした傾向が特に顕著である。もっとも、これらの比較結果に基づく主張の中には、誇張しすぎだという批判を浴びているものもある。最近行われたデューク大学の研究が明らかにしたところによると、中国とインドの工学専攻の大卒者数は、米国の6倍から10倍に上る、という統計にも実は誤解が含まれている。というのも、そうした数字には米国の4年制大学から授与される学位とは異なる「準」学士号と見做されるべき、2年制あるいは3年制の学校からの学位取得者も含まれているからである。 とはいえ、先進国が状況に危機感を抱くのも無理はない。中国では、4年制大学卒業生の59%が自然科学あるいは工学分野の学士号取得者であり、日本ではこの比率が6 6%である。これに対して米国は32%、またEU加盟国の大半でも理系分野を専攻する学生数の減少が報告されている。英国でも、数学、物理、化学および工学分野の各学科を専攻する学生の数は急速に減り続けている。 こうした先進国に対し、発展途上国の中でもリーダーと見做される中国・インド・ロシアにおける状況も、決してバラ色ではない。中国の大学では授業は講義中心で、クラス・ディスカッションやグループワークといった機会が殆ど与えられていないため、競争経済でイノベーションや成長をもたらすために必要な創造的思考がスキルとして身に付いていない卒業生が多いという。 インドには、インド工科大学と総称される7つの高等教育機関があり、最優秀の学生を輩出することで有名だが、それ以外の教育機関については国際水準に 達しているとはいい難い状況にある。インド工科大学自体も、国際的なランキングでは最上位の大学に遠く及ばない。高等教育の全般的現状に関する ある報告書は、高等教育機関の施設、講義、および責任体制に大いなる疑問を呈している。 *1またロシアに関する別の報告書では、社員のスキルが低下している原因の一端は義務教育の弱体化にあると指摘している。 *2
教育の投資対効果 各国政府による教育への投資を対GDP比で見ると別の一面が浮き彫りになる。この比率は米国で1.41%、英国で1.07%であるが、中国およびインドはそれぞれ0.5%、0.37%であり、英米との差は大きい。もっとも、全世界的にみれば政府による教育への支出水準は過去10年間で40%以上増加しており、今後の10年間についてもこのような教育投資の着実な伸びが見込まれる。また、この伸びは発展途上国において特に顕著である。 教育支出の全般的な伸びの中で、ここで最も重要なのは、支出に対し着実にリターンを得ている国はどこかという点である。経済全体から見れば教育への積極的な投資のメリットは明らかである。経済協力開発機構(OECD)の最近のデータによれば、高等教育の水準が高くなるほど一般人口における失業率は低下するという相関関係が確認されている。またこの相関関係は、教育水準が相対的に低い場合に、より顕著に表れる。教育への投資は、より多くの雇用を生み出し、国の競争力を高めるというわけである。 ところが、知識集約型経済における適性を備えた頭脳労働者の供給を増やすとなると、また話は違ってくる。下のグラフが示すように、教育投資を増やすだけでは適性のある労働者を生み出すには不充分なのである。数学を例に取れば、投資額が最も多い米国の学生の成績は、工業国中最低水準である。これに対して韓国やチェコにおける教育支出は米国などには遠く及ばないものの、学生の成績は米国を遙かに上回っている。
換言すれば、教育投資は経済活動において生産性のある卒業生を生み出せるかという物差しで評価した場合、必ずしも充分なリターンをもたらすわけではないと言える。このような状況に、理工学やI T分野のスキルに依存する今日の企業はほぼ例外なく大きな懸念を抱いている。激化する人材獲得競争の中で、持続的成長とハイパフォーマンスを実現するために必要な社員を必要な数だけ、果たして採用・確保できるだろうか、という懸念だ。 たとえば米国労働統計局では、米国において直近10年間に創出されたIT関連職のうち、300,000ポストについては今後適任者が見つからない状態に陥るだろうと予測している。また欧州では、先端ネットワーク技術分野において必要な人員のスキルが足らないために発生している労働力不足が、2005年時点で約160,000人であったが、今年中にこれが500,000人にまで増加するだろうと見られている。インドでは、インド・ソフトウェア・サービス協会(NASSCOM)が、2010年までにITセクターにおける専門家の不足は500,000人に上ると予測している。 状況がここまで差し迫っているにもかかわらず、産業界では、自分たちがここで担うべき役割、つまり、持続的なハイパフォーマンスの実現を支えるスキルを備えた労働力を生み出すための役割を、充分には認識していないようである。全米産業審議会が最近発表した調査結果によれば、米国における雇用者のうち、労働者に実務能力を身に付けさせる役割を主として担っているのは産業界であると答えた者は、全体の僅か11.4%であった。 今後、長期的雇用関係の希薄化、本社所在国以外の国・地域からの人材調達の活発化、さらに労働組合の組織率の低下(組合のある組織は一般に社員研修に多くの時間を割いている)といった傾向が強まることが確実視される中で、将来を見据えて社員のスキル開発への投資に対する経営者の意識を高めることが重要である。 教育へのアクセス、コスト負担軽減、教育者側の責務の遂行 労働者に期待されるスキルと実際のスキルとのギャップは、今日世界各国で発生している問題であり、政府、教育機関、慈善団体および産業界を含めた共通課題として捉える必要がある。教育投資からのリターンを高めるには、各界の連携と協力を基本精神とした取り組みが必要である。 連携を深めるための基本原則として、以下の3点が挙げられる。 - 教育へのアクセス:誰もが教育機会にアクセスできること
- コスト負担軽減:全ての社会的・経済的レベルにある人が等しく教育を受けられること
- 教育者側の責務の遂行(アカウンタビリティ):教育機関や産業界が提供する教育内容が、教育を受ける人のニーズに合致し、かつ高い費用対効果が得られるものであるよう万全を期すこと
教育へのアクセスは、産業界、政府および民間の慈善団体が連携することで大きな成果の上がる分野である。たとえば、ビル&メリンダ・ゲイツ財団のような民間の慈善団体は、発展途上国の人々に教育機会を提供する活動をこれまで以上に積極的に行っている。また政府の各機関では、ブロードバンドやワイヤレス・テクノロジーの簡便性を図り、居住地域を問わず国民がインターネットによって情報および様々な機会を利用できるようにするための環境作りを行っている。 その他の連携による取り組みの例としては、英国における分野別技能委員会(Sector Skills Councils, SSCs)がある。SSCsは雇用者主導型の組織で、25の産業分野を対象に各業界における就労者のスキルおよび生産性を向上させると同時に、スキル・ギャップと適格労働者不足の解消を目指した活動を行っている。またイングランド高等教育財政協議会(HEFCE)という組織では、高等教育を受ける学生が、各自のニーズに合致し、また社会のニーズにも沿うような質の高い教育プログラムを受講できるようにすることを目的とした活動を行っている。高等教育の充実は国家の経済競争力にとって不可欠であるとの信念に基づき、高等教育による恩恵を誰もが享受できるよう教育機会をより多く提供し、進学率を高めることがHEFCEの目標として明記されている。 教育へのアクセスをより高める施策としては、企業がある地域に拠点を置き、その地域の教育機関と直接連携を取りながら、実務で必要なスキルを磨くプログラムに対し、金銭面あるいは税務面でインセンティブを与えるといった事例も効果を上げている。たとえばデルは、ノース・カロライナ州に生産施設を新たに建設したが、この場所が選ばれた理由としては、地域のコミュニティ・カレッジと提携し、そこでデルの施設で働く社員に必要なスキルを身に付けさせるプログラムを実施できるからであった。この生産施設の建設によって、少なくとも1,500人分の雇用が生み出され、今後20年間で数十億ドル規模の恩恵が同州にもたらされるものと予想されている。 最近では、教育への「アクセス」という表現を使う場合、成人のために提供される継続的な教育機会を意味することが多くなっている。教育問題の改善に関する議論の多くは青少年に焦点を当てたものであるが、2020年には労働者の約7割はすでに学校を卒業した者で占められるであろうことは明白である。したがって政府および産業界は、成人を対象とした教育および能力開発のために資源を投入しなければならない。 現状では、生涯学習機会に対する取り組み姿勢において地域間でかなりのばらつきがある。EU諸国の中では、オーストリアと北欧諸国の一部がこの領域で先行しており、これらの国の成人教育への参加水準はドイツやスペインに比べて2倍近い。 今日の企業にとって不可欠なeラーニングあるいはWBT(ウェブ・ラーニング)は、生涯学習の普及と発展をもたらすものとしても重要な手法である。各国がまずブロードバンド環境を整えた上で、民間企業がもたらした革新的な教育の提供技術を活用すれば、広く一般の人々への教育提供機会を増やすことができる。フィンランドでは、「情報社会における教育訓練と調査研究」と呼ばれる国家プロジェクトによって、中・高等学校、専門学校および大学を含む“バーチャル・スクール”が運営されており、ここでは時間や場所といった制約の一切ないオンラインによる教育サービスを受けることができる。
コスト負担軽減は、教育へのアクセスという問題の中でも特に注意すべき要素である。すでに述べた通り、政府による教育投資は増加し続けているものの、それを上回るペースで1人あたりの教育へのコスト負担が増大している場合も少なくない。米国では昨年度、公立および私立大学の授業料および諸費用の上昇率がインフレ率の2倍以上となり、なかでも公立大学における上昇率がより高くなっている。英国、オーストラリア、日本、韓国など多数の国においては、教育費の負担が学生とその家族の生計を圧迫している。ただし低利のローンが増えたことで、負担が部分的に軽減されるケースも見受けられた。 こうした状況下では、高等教育の学資を賄うにあたって、今までにない革新的な手法を見出すことが重要である。1つのアプローチとしては、官民一体型の資金提供スキームをこれまで以上に奨励することだ。ただしこれを進めるにあたっては、この資金によって実際に正しいスキル学校制度から生み出されるアウトプット、すなわち卒業生の主たるエンドユーザーである企業が、これまで以上に深く教育に関与する必要がある。が育成されたかどうかの検証が不可欠である。そのためには、企業側も教育プログラムの設計段階から直接関与することが求められよう。 この点について、教育者側の責務の遂行(アカウンタビリティ)は多くの意味で最難関な課題といえる。OECDが2007年度に公表した教育に関する報告書では、教育以外の分野の専門家が付加価値を提供するために、既に実施されている手法を用いて教育のあり方を一から見直す必要性が強調されている。しかしそれ以上に、学校制度から生み出されるアウトプット、すなわち卒業生の主たるエンドユーザーである企業側が、教育の内容と質にこれまで以上に深く関与する必要がある。
米国における「ビジネス・ラウンドテーブル」が、そうした企業の関与のあり方を考える際の好例となろう。米国を代表する企業のCEOをメンバーとするこのグループは、力強い経済成長とグローバル経済の発展を促進するというスローガンのもとで、特に米国の教育水準の向上に焦点を当てた公共政策の提言を使命としている。このグループでは、学校教育で身に付く能力と将来就職する上で求められる能力とのギャップを埋めるべく、数学および自然科学教育プログラムの強化など、いくつかの目標を掲げている。具体的には、たとえば科学、科学技術、工学技術および数学の学士取得者数を2015年までに倍増させるといった目標を置いている。 これとは別に、同グループのメンバー企業の中には、「メキシコ湾岸地域人材開発イニシアチブ」(Gulf Coast Workforce DevelopmentInitiative)に対する資金の提供と指針の提示を行っているところもある。これは連邦・州・地方政府の各省庁、企業、地域社会組織および建設業界の各団体によるパートナーシップであり、2005年のハリケーンによって壊滅的な被害を受けたメキシコ湾岸地域の再建に向け、新たに20,000人規模で建設業に従事する人材を採用し訓練することを目標としている。この取り組みに参加する企業は、5百万ドルを上限とする資金提供を行っている。 ビジネス・ラウンドテーブルでは、タスクフォースによって幅広いテーマの調査研究が行われ、教育政策を担当する政府幹部も積極的に参画している。実務で必要とされるスキルを身に付けた人材が産業界に一定数輩出されるという状況を作り出すために、政府および産業界のリーダーの間でどのような取り組みおよび対話が行われるべきかを示唆する好事例といえよう。 戦略的タレントマネジメント ここまで述べてきたように、人材獲得競争に勝ち抜くためには、政府あるいは民間の基金組織等と連携しつつ、教育へのアクセス、コスト負担軽減、教育者側の責務の遂行が必要となるが、それで問題が全て解決するわけではない。企業は戦略的なタレントマネジメント機能を向上させ、アクセンチュアが「人材活用型組織」と呼ぶような組織を構築していかねばならない。 真の意味での人材活用型組織の中核には、競争優位の長期的持続に不可欠となる、突出した人材マネジメント・ケイパビリティが不可欠である。戦略的人材マネジメントにおいては、特に以下の3点、「タレントの定義とコンピテンシー・プランニング」、「タレントの調達」および「人材開発」に注目したい。 タレントの定義とコンピテンシー・プランニング 企業は、事業戦略を遂行するために必要なコンピテンシー、すなわち重要なスキルセット・知識・行動特性という観点から、自社のタレントへのニーズを把握することができなくてはならない。ハイパフォーマンスを実現しこれを持続させるためには、適正なコンピテンシーを社員が身に付け、これを最も効果的に特定の業務において発揮・適用する必要がある。 特定の業務とコンピテンシーを連動させる上で企業側に求められるのは、社員の能力およびスキルに対する自社のニーズを明確に定義することであり、この定義は企業の事業戦略に直結していなければならない。つまり求められているのは人的資本戦略そのものであり、人的資本戦略は今や、マーケティング戦略や財務戦略に匹敵する重要性を帯びている。企業は、自社が有する人的資源および組織力の現状と将来のニーズを把握し、ギャップを明らかにした上で、そのギャップを埋めるための施策を実行していかなければならない。 ここで役に立つのが、自社の人材ニーズをマッピングする際の基準となるコンピテンシー・フレームワークである。このフレームワークのポイントは、企業が追跡すべき自社内のコンピテンシー分類であり、様々な業務グループに共通のコンピテンシーと特定の業務グループ・職種のみに必要なコンピテンシーとの両方を視野に入れて設計する必要がある。コンピテンシーを増やしすぎると管理が難しくなるため、管理可能な項目数で作成され、なおかつ社員が高い成果を生み出すために必要なものとは何かについて、充分な洞察を与えてくれるものでなければならない。 アクセンチュアでは、このようなコンピテンシー・フレームワークを使って、自社の現状および将来の人材ニーズを明らかにしている。このフレームワークは、「プロフェッショナルとして要求されるコンピテンシー」のような全社員共通のコンピテンシーと、個々の業務領域において必要とされる特定の技術的スキル・役割スキルとを組み合わせた形になっている。 こうしたコンピテンシー・モデルは、それが現状を反映した状態になるよう適時更新する必要がある。アクセンチュアでは、自己評価、スキル調査、同僚および上司による評価を行い、現時点での人材ケイパビリティをたな卸しすることで、コンピテンシー・モデルが現状における社員の能力水準と整合しているかどうかを確認している。このたな卸しによって得られた情報は、採用計画の策定、採用先の選定および実際の採用活動、採用した人材の育成および流出の抑制、報酬体系および人事管理、さらには社内における人員配置のための基盤となっている。 タレントの調達 多極化する世界の特徴の1つとして、人材の獲得競争がグローバル化したことが挙げられる。企業の社員構成は、年齢、性別、民族、個人的状況および勤務地などあらゆる面において多様化してきている。
今日の先進企業においては、現在のスキル・ギャップと将来のスキルニーズを把握した上で、より戦略的な観点から人材を理解し調達するための機能を構築しつつある。これにはいくつかの特定のケイパビリティが必要となる。企業は以下のような事項を把握しておく必要がある。 - 自社のニーズを充たすために現在利用できる人材源(調達先)にはどのようなものがあり、そうした人材源は今後どのように変化していくのか。また、今後新たに利用可能となりうる人材源にはどのようなものがあるか。
- 上記の人材源にはどのような形でアクセスするのが最も効果的か。また、人材市場における企業イメージやブランド、採用担当者の数および能力、ならびにインターネット上でのプレゼンスといった面で、会社として人材を引き付けるだけの力はあるか。
- 契約社員、非正規雇用、共同調達やアウトソーシングなども含めて、人材の代替的調達手段としてどのような選択肢があるか。
- より多様な人材を獲得するために社員へ提供できる価値を差別化しようとした場合、どのような変更が求められるか。たとえば雇用条件、福利厚生、報酬および研修プログラムをどのように変えていくべきか。
- 多様化する従業員を効果的にマネジメントするために開発すべき。
- マネジメントおよびリーダーシップ力とは何か。
- 世界各地の社員の業務を支援するための自社のオペレーティング・モデルをどのように変えるべきか。具体的には、業務をどのように体系化し、どのような評価システムを運用し、必要なIT投資をいかに行うべきか。
これらは多くの企業・組織にとって回答の難しい課題である。確かな基礎学力と適切なスキルを備えた若年層の人材源を有する地域が次々と出現している中、こうした人材に対する獲得競争は、グローバル企業と地元企業の間で争奪戦の様相を呈している。5年ほど前には東欧でそうした状況が見られ、現在は東南アジアでそれが再現されている。 このような人材獲得競争は、今後ますます熾烈になっていくものと予想される。インドでは、IT人材の獲得競争が加熱する余り、人材発掘の場がバンガロールのような都市部から他地域へと広がりつつある。インドに限らず世界中のどの地域においても、企業は人材の新たな供給源を探し当てて、素早く対応できるだけの規模と柔軟性を兼ね備える必要性に迫られている。また有能な人材を採用するだけでなく、そうした人材が流出することのないよう、様々な環境の変化に対応できる統合的な人材マネジメント・プロセスを整備しなければならない。 人材育成 即戦力となり得る人材を獲得するための人材源の質を高めることについて、企業はもっと注目し支援する必要性が生じていると先に述べた。だが同時に、採用後の人材育成方法についても大いに改善の余地がある。
企業内研修の分野において見られる以下のような傾向は、長期的な成功に必要な人材を育成し、流出を抑制したい企業にとって特に重要である。 - ナレッジ・マネジメントを組み込んだ 統合的学習
「学習する組織」を見事に実現させている企業の多くが、学習をナレッジ・マネジメントやパフォーマンス・サポート(業務支援)の仕組みと一体化させている。これにより、ある知識や経験を実際に必要としている社員に対して、的確にそのニーズを把握した上で提供することが可能となる。ナレッジの提供はより効果的な顧客サ―ビスに結び付き、社員の生産性も向上させるため、こうした成功経験が充実感を与え、社員のモチベーションを高めるために極めて重要である。 また、学習とナレッジ・マネジメントの仕組みの一体化は、社員の定年退職に伴い、幅広い知識や豊富な経験が失われるという状況への対策としても有効である。多極化する世界における人口動態が劇的に変化している中にあって、このような機能の重要性はますます高まるだろう。
- 多様な学習提供手段の活用
知識は、それが複数の手段によって伝達されるときに学習効率が最も高くなると言われており、特に体験学習の効果が高い、とされる。学習を提供する手段を多様化し、学習内容の業務への直接的な関連性を高めるために行われるテクノロジーへの投資は、期待通りの成果を上げつつある。たとえばブリティッシュ・テレコム・グループでは、社員に対して、業務シミュレーションの技術・ツールによる学習機会を提供している。これは実際の業務での行動をシミュレーションできる訓練環境を提供する学習アプリケーションだが、大きな効果を生んでいる。顧客対応を指導する社員がeラーニングやナレッジ・サポート・システムを利用することで、生産性、顧客サービスおよび顧客満足度を著しく向上させるための実務上で必要とするデータや知識を入手することができる。
- 学習のビジネスへの連動
社員研修への投資の実態は、多くの場合単発的かつ充分に調整されないまま行われ、業績の悪化など環境が厳しくなると真っ先に削減の対象となりがちである。しかし「人材活用型組織」では、社員研修が業務にもたらす影響を考慮しながら教育を実施しており、社員研修から得られるリターンについても、多くの洞察が得られる評価システムを開発している。オーストラリアの大手通信企業テルストラでは、学習が自社のビジネスにとってどれほど重要であるかをよく認識しており、経営幹部が社員教育に対して強いコミットメントとスポンサー意識を持った上で、主要な職種向けの社員アカデミー設立のための投資を行っている。
- 政府および教育機関との連携
すでに指摘した通り、産業界、政府、および教育機関の連携を強化すれば、社員のスキルを向上させる重要な機会を生み出すことができる。政府や公的機関の多くは、企業の社員教育に対して何らかのインセンティブを提供しており、それは多くの場合地域教育機関との連携の下で行われている。英国の大手小売業テスコは、世界中の拠点において現地の地域社会と共同で教育機会を増やすべく、多くのプログラムを率先して運営している。たとえばタイでは、テスコ・ロータス・バリュー・ストアを1店舗新たにオープンするたびに50名分の奨学金プログラムを提供し、経済的に困窮している地元の高校生を支援している。
タレントの発掘とマネジメントという仕事は、かつてないほど複雑で変化が激しく、ときに矛盾を抱え込むような業務となりつつある。これまで述べてきた3つの領域、すなわち「タレントの定義とコンピテンシー・プランニング」、「タレントの調達」および「人材育成」に注力していくことで、企業は今後の困難な時代においてもハイパフォーマンスを維持していく上で必要な人材戦略を策定し、さらに必要なタレント人材を採用・育成し、定着率を上げるのに役立つインフラを作り出すことが可能となる。 企業の成長が人材難によって阻まれるような状況が間近に迫っている。業界によっては、もしくは地域によっては、その状況は既に到来しているのかもしれない。いずれにしても、優秀な人材を引き付け、育成・支援し、定着させるために、新たな形の協業とアプローチが求められている。 官と民が協力して事業を行うという観点から考えると、そこで教育と競争力がテーマとして取り上げられることは、企業の社会的責任のあり方を見直す1つの機会である。このように、社会が求めているものが企業の利益と完全に一致するケースは、惑星直列のごとく、極めて稀であるといえる。
充分な訓練を受け、即戦力として期待できる社員を一定数採用できることを前提とした経営はもはや叶わない時代となった。ハイパフォーマンスを実現しこれを持続させるには、企業は本社所在国だけでなく、海外、特に発展途上国において、教育プログラムの設計と運営にこれまで以上に関与していくことが求められている。またこれと同時に、マーケットは教育に関して自助努力する企業を評価する。企業は教育に投資しながら、人材活用型組織としての独自のケイパビリティ構築に努めなければならない。いかなる組織であれ、長期的に繁栄しうるか否かは人材を採用・育成した上で適材適所に配置し、モチベーションを高めつつ活性化させることを通じた、価値を創出する企業の能力如何にかかっている。 企業目標の、そして国家目標の実現に向けた、人々の能力と意志の結合ともいえる「タレント」は、他の経営資源とは全く異なった生産資源であり、ハイパフォーマンスを生み出すかけがえのない原動力である。このことを企業は充分に認識すべきである。 ### 筆者について ウィリアム・D・グリーンは、アクセンチュアのCEOで、アクセンチュアの取締役会のメンバーとして2001年の設立当初より参画しており、殆どの産業別グループで経営管理職を歴任している。アクセンチュアにおける社歴は30年になるが、競争力を高める鍵は教育にあるとして、常にその役割の重要性を主張してきた1人でもある。同氏は産業界と政府のリーダーに働きかけ、両者の一致団結によって教育の機会均等とコスト面での負担軽減を実現し、アカウンタビリティを徹底させることに尽力しており、米上院財政委員会で教育問題について証言を行ったこともある。同氏はまた、経営者円卓会議の教育および労働力問題タスクフォースの副議長でもある。同氏はボストンを拠点に活動している。 ピーター・チーズは、人材マネジメント、人事部門、組織および変革マネジメントに重点を置いたコンサルティング・サービスを提供するアクセンチュアの人材および組織パフォーマンス・サービスラインのマネージング・パートナーで、世界中のあらゆる産業セクターに属する企業をクライアントとして、25年以上にわたりコンサルティングに従事してきたキャリアを持つ。幅広い分野におけるカンファレンスやセミナーなどのイベントで講演を行っており、直近の著書に” The Talent Powered Organization Strategies for Globalization, Talent Management and High Performance(Kogan Page, 2007、共著)”がある。同氏はロンドンを拠点に活動している。 1出典: “Tiny at the Top,” by Philip G. Altbach, Wilson Quarterly, Autumn 2006, p. 50. 2出典: “Talent War 2012: U.S.A. Set to Win,” Accenture Global Services, October 3, 2007. 記事全文ダウンロード(PDF, 1287KB) PDFヘルプ オピニオン一覧へ⇒⇒ トップへ
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