エルドリック・”タイガー”・ウッズは1996年8月のプロデビュー以来、今日に至るまで比類なきプロフェッショナル・キャリアを築き続けています。デビュー以来の戦績は、トーナメント通算77勝、うちPGAツアーで57勝を上げています。メジャー4大会の勝利数は、1997年、2001年、2002年および2005年のマスターズ、1999年、2000年および2006年の全米プロゴルフ選手権、2000年と2002年の全米オープン、そして2000年、2005年および2006年の全英オープンの12勝を数えます。2004年2月、タイガーは世界ゴルフ選手権の1つであるアクセンチュア・マッチプレー選手権で、史上初の2年連続優勝を果たしました。また、2001年に成し遂げた2度目のマスターズ制覇により、ゴルフ史上で初めてメジャー4大会タイトルを同時に手中に収めたゴルファーとしての栄誉に輝きました。現在彼は、通算勝利数ではPGAツアー参戦の現役選手中トップであり、通算獲得賞金では歴代トップを走っています。
中でも2000年は、個人競技の世界において過去に例を見ないほど圧倒的なパフォーマンスを発揮したシーズンとして特筆に値します。タイガーはこの年だけで、PGAツアー9勝、欧州PGAツアー1勝、そしてPGAグランドスラム1勝による合計11勝を上げました。さらにアメリカ代表としてデビッド・デュバルとチームを組み、世界ゴルフ選手権でも優勝。このシーズンの年間獲得賞金総額は、PGAツアーだけでも918万8,321ドル、全ツアー合計では1,103万4,530ドルに達し、1999年に彼が達成したPGAツアーでの記録661万6,585ドルを更新しました。
2000年シーズンのタイガーはメジャー大会3勝を上げ、マスターズ、全米オープン、全英オープンの3大会で優勝したベン・ホーガンの記録に並びました。全英オープンの勝利によって、タイガーは、生涯の間にメジャー4大会すべてを制覇するキャリア・グランドスラムを達成した史上最年少プレーヤーとなりました。彼の他にキャリア・グランドスラムを達成したのは、ホーガン、ジーン・サラゼン、ゲーリー・プレーヤー、そしてジャック・ニクラウスの4人に過ぎません。彼はまた、マスターズを史上最年少の21歳3か月14日で制覇しましたが、これはアフリカ系もしくはアジア系プレーヤー初のメジャー大会優勝という偉業でもありました。
タイガーは、アマチュアゴルフ界史上最高のゴルファーの1人でもあります。1996年8月27日のプロ転向に先だって、USGAナショナル選手権での優勝6回、またNCAAのタイトルも獲得しています。彼はアマチュアとして前人未到の全米アマチュア選手権3連覇を果たし、マッチプレー18連勝という記録を樹立してアマチュア時代を締めくくりました。彼はまた1991年、15歳で全米ジュニア・アマチュア選手権を最年少で制し、1994年には18歳で全米アマチュア選手権の最年少優勝を果たしていますが、これに加えて全米オープンに優勝したことで、全米3選手権で優勝した史上初のゴルファーとなりました。
タイガーはアマチュア時代、そしてプロ転向後においても多数の受賞歴を誇っています。その主なものは以下の通りです。 - スポーツイラストレイテッド年間最優秀スポーツ選手(1996年および2000年)
- AP通信年間男性最優秀スポーツ選手(1997年、1999年および2000年)
- ESPY年間男性最優秀スポーツ選手(1997年、1999年および2000年)
- ワールドスポーツアカデミー選出の世界年間最優秀スポーツ選手(1999年および2000年)
- PGAツアー年間最優秀選手賞(1997年、1999年、2000年、2001年、2002年、2003年および2005年)
- ゴルフダイジェスト年間最優秀選手(1991年および1992年)
- ゴルフワールド年間最優秀選手(1992年、1993年および1994年)
- ゴルフウィーク年間最優秀アマチュア選手(1992年)
- ゴルフワールド年間最優秀選手(1994年)
- フレッド・ハスキンス年間最優秀学生選手賞およびジャック・ニクラウス年間最優秀学生選手賞同時受賞(1996年)
タイガーは、元米陸軍中佐である故アール・ウッズとその妻でタイ出身のクルチダの間に誕生しました。ニックネームのタイガーは、父の友人であったベトナム人兵士ヴオン・ダン・フォンのニックネームに由来しています。彼もまた、自分の父親からこのニックネームを授かりました。 トップへ
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